CHAPTER-77
「あいつだけは赦せない……ジーノ・カルデローネ、エマを裏切って死なせた、あの男だけは……!」
憎しみをぶつけるような剣幕で語るエディ、裕介は何も言えない。ただ、彼の言葉に耳を預けている事しか出来ない。
かつて裕介が慕っていたRRCAエージェントを罵倒するエディ、裕介はまるで、自分自身が糾弾されているかのような気分になった。
反論する事は、確かに可能だった。
だが、裕介は今はそれをしてはいけない、そんな気がしたのだ。
「最初の頃は、確かにあの男はエマを守ってくれていた。エマを狙っていた連中の何人かを拘束してくれもした……お陰で怖がってたエマは、笑顔を取り戻し始めていたよ」
ジーノは、どんなミッションにも手を抜かなかった。人の命が懸かったミッションならば、なおの事だ。
それに子供好きな彼の事だから、保護対象のエマからも好かれていた事だろう。
事実、裕介がRRCAアクアティックシティ支部に異動になった時、同僚となった面々の中で一番最初に裕介に話し掛け、打ち解ける切っ掛けを作ってくれたのは他でもないジーノだ。
出会ってから、裕介はジーノから多くの事を教わった。
バスケットボールや少しのイタリア語、ミッションの事や、RRCAエージェントしての心構えも。何より裕介の心に残っているのは、いつかジーノの言った『危険だとか無謀だとか、そんな言い訳を並べて立ち止まっていては何も救えない』という言葉だった。
今の裕介がいるのは、ジーノがいたから。そう言っても決して過言ではない。
誰かを死に追いやり、その隣人の憎しみの対象となる、少なくとも裕介には、ジーノがそんな人間だと思える筈はなかった。
「確かに俺も一時期はあの男に感謝したよ、それなのに……!」
エディが、拳を握った。
「ある時を境に、あの男は全くエマと会わなくなった! 俺も連絡したけど、一向に行方が分からなくなって……エマはまた、怯え始めたんだ!」
裕介は、眉をひそめた。
エディの言葉を促すように、裕介は黙る。
「それから間もなく、エマは殺された……この場所で撃たれたんだ!」
今裕介とエディがいるこの噴水広場、この場所こそが、エマが命を落とした場所なのだ。
「撃った犯人はすぐに捕まったが、エマはもう帰ってこない! 何をしても、絶対にだ!」
エディの怒りの対象は、ジーノだけではなかった。
彼の憎しみの矛先は、エマが命を落とす切っ掛けになり、そしてエマを救わなかったRRCA。そして、ジーノと親しかった裕介にもその矛先は向けられていたのだ。
「人の命を守るのがRRCAの仕事だと? 人の命を奪いやがって……あの男はエマを見捨てたんだ!」
「っ……!」
裕介は、エディを見る瞳を細めた。
「あいつは結局、エマの事なんて所詮どうでも良かった、彼女を守る気なんて初めから……!」
その時、黙っていた裕介が初めてエディの言葉を遮り、中断させる。
「違う!」
エディの叫びにも劣らない声だった。
裕介は、その右手に持っていたTH2033を懐へ納めた。ジーノの汚名を晴らすのに、武器は必要ない。
呟くような小さな声で、語る。
「見捨てたんじゃない、助けられなくなったんだ……」
怪訝な表情を浮かべるエディを見つめ、裕介は続ける。
出来れば、言いたくなかった。しかし言わないわけにはいかなかったのだ。
「彼女を、エマを守るミッションを受けてから間もなくして……ジーノは亡くなったんだよ。殉職したんだ」
エディの顔から、表情が消え去ったのが分かる。
「死んだ……?」
裕介は重々しく頷いた。
そこに偽りが無かった、と言えば嘘になる。やむを得ない状況だったとはいえ、ジーノの胸を撃ち抜いて致命傷を与えたのは他でもない裕介だ。
ジーノは死んだのではなく、自分が殺した。一片の誤魔化しもなく本当の事を伝えるならばそう語るべきだったが、裕介は今はその必要はないと判断した。
驚いたような、放心した面持ちを浮かべているエディに、裕介は言う。
「やっぱり、その事は知らなかったんだな」
エマが亡くなる直前も、そしてエマが亡くなった後も、エディはジーノの行方を血眼になって探しただろう。
だが、見つかる筈はない。
単なる一般市民であるエディに、RRCAがジーノの情報を渡す事はないのだ。
「ジーノは本当にエマを助けようとしていたんだよ、彼はどんなミッションにも手を抜いたりしないRRCAエージェントだった。だからこそオレも、この人についていこうと思ったんだ」
エディは裕介から視線を外して、驚きに表情を塗り固めて黙っていた。
積年の恨み募る相手は、既にこの世にいなかった。それを初めて知らされたのだから、無理もないだろう。
その口がやっと動き、
「嘘だ……」
裕介の身内に沸き上がりつつあった感情が、エディのその言葉で燃え上がる。
「嘘なんかじゃない!」
広場中に響き渡る裕介の声に、エディがびくりと体を震わせた。
裕介はポケットから、データスティックを取り出した。ジーノの遺品だ。
「ジーノは事件に関する事は大抵、このデータスティックの中に記録していた。ここにはエディ、お前の事も、それからエマの事も書いてあったよ。この場所がエマの好きな場所だって事も、オレはこいつを見て知ったんだからな」
もう、信じるしかなかったのだろう。
エディは苦し紛れな様子で、反論してくる。
「だ、だが……あの男がエマを助けられなかったのは事実だ、そもそもRRCAにエマが入っていなければ、彼女は殺される事もなかったんだ、結局全て、RRCAの所為じゃないか!」
依然として、RRCAへの憎しみを曲げようとしないエディ。
こいつはどこまで愚かなのか。データスティックを胸ポケットにしまいつつ、裕介は思った。
殴り倒して黙らせる事は、確かに可能だった。しかしそれをする前に、ジーノやRRCAの汚名を晴らし、そしてこの愚か者に自分の行いの馬鹿さ加減を思い知らせなくてはならない。そうしなくては何も解決しないだろう。
エディを鋭い視線で射抜きながら、裕介は語る。
「RRCAは完全じゃない。RRCAであるオレ達が完全じゃないから……完全な訳がない」
告げられた真実が受け入れ難かったのだろうか、エディはただ、困惑したように視線を泳がせているだけだ。
裕介は更に、彼の心を揺さぶる言葉を投げかける。
「だけどな、少なくとも半端な気持ちでRRCAの手帳を持ってる奴なんざオレの周りにはいねえ、皆誰かを助けるために死に物狂いで戦ってんだ。中には戦いで傷ついて立てなくなっちまったり、命を落とした仲間だっている……!」
玲奈、ネイト、リサ、耀、そして他のRRCAエージェント達……彼らを代表するかのように、裕介はエディに真っ向から反論する。
こんな最中なのに、裕介は悲しみと悔しさ、そして怒りに心が震える。
戦いの末に、命を落とした裕介の仲間――それは、ジーノだけではなかったのだ。その者の事を思い出すだけでも、裕介は心臓が凍り付くような気持ちになる。
「エマだって昔は、RRCAエージェントとしてオレ達と同じように頑張ってきた筈だ。その頃の彼女の姿を、お前だって見てきたんじゃないのか?」
裕介の気迫に圧倒され、エディはもう何も喋れないようだ。
「お前、エマの事もそんな風に罵れるのかよ!」
その言葉で、エディが『爆発』した。
「黙れ! 黙れ黙れ黙れッ!」
半狂乱に陥ったように叫ぶと、エディは衣服の右袖を勢いよくめくり上げた。
その腕には、銀色の輪状の物体が装着されている。
(あれは、デバイス……!?)
それは紛れもなく、人間に超常的な力を与える機器、デバイスだった。




