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GLORIOUS DELTA  作者: 虹色レポートブック
EPISODE-02 "INVISIBLE DAMAGE"
75/93

CHAPTER-75


 夜闇に支配されたアクアティックシティの中、ネイトは瞬きもせず、表情を変える事もなく、その影をひたすらに追い続ける。

 足が地面を蹴った瞬間、ネイトは重力操作デバイスの力を用いて自身に掛かる重力を弱め、十数メートルにも及ぶ高さにまで跳躍する。それを繰り返す事によって、彼は常人には成しえない速度で進んでいた。

 それでも、ネイトが追うその男との距離は縮まらない。寧ろ、広がっていっているようにすら感じられた。

 だがどんな理由があれど、ネイトはあの者を逃がす訳にはいかなかった。


(逃がしはしない)


 どれくらいの時間、追い続けたのだろうか。

 前方の暗闇の中から突如、何かがネイト目掛けて飛んできた。銀色で巨大な物体――どこぞの乗用車だった。


「!」


 かなりの質量を備えていて、吹き飛ばされる事など到底ありえない筈のそれは、間違いなくネイト目掛けて迫ってくる。

 ネイトは重力操作デバイスを起動する、彼の空色の瞳がエメラルドグリーンに変じる。

 そして彼は払うようにその右手を振り抜いた。すると作り出された重力の壁が見えざる盾となり、そこに衝突した乗用車は木端微塵に砕け散る。凄まじい轟音と、乗用車の残骸が飛散した。

 命を失っても何ら不思議ではない状況だった。しかしネイトは表情を曇らせる事もなく、瞬きもせずにただ、前を見つめていた。

 エメラルドグリーンに変じたままのネイトの瞳に、人影が映っていた。


「よォ」


 ――その男は、ポケットに両手を突っ込んでネイトを睨み付けていた。

 一見すれば無防備で、隙だらけに見えたかも知れない。だがネイトには、彼が纏う威圧感、そして殺気が感じられる。

 隙を見せれば殺される、あの男は腕1本で人を殺す事が出来る。

 他の何者でもなかった、見間違う筈などない。

 男の正体は、10代にしてクリミナルグレードS、つまり最上位の凶悪犯罪者としてRRCAに手配され、数か月前の事件の際にも裕介とネイトと交戦した少年。

 裕介や玲奈やネイトのような正義の『S』ではなく、幾人もの血で染め上げられた、邪悪な『S』の称号を与えられた男。本名や国籍は一切不明、その少年に関して唯一判明しているのは、オーストラリアの凶悪な野犬に由来しているそのコードネームだ。


「やはり貴様か、ディンゴ」


 ネイトの言葉に、少年――ディンゴは、狂気に酔ったような笑みを浮かべている。刃物のように鋭い瞳が、長く伸ばされた前髪の向こうからネイトを射抜いていた。

 警戒を緩めないまま、ネイトは問うた。 


「今回の事件にも、お前が絡んでいるのか?」


 ディンゴは首を捻り、ごきりと音を鳴らした。


「ハッ、随分と大きく評価してくれたモンだな。だが俺は何もしちゃいねェよ、ただ俺はオマエに興味があるだけさ」


 言葉の全てに、大人ですら震えて逃げ出しそうな程の威圧感が滲んでいる。


「信じると思うか?」


 ネイトの返答に、ディンゴはポケットに突っ込んでいた両手を出し、今度はその拳を鳴らす。


「思わねェさ、今までブッ殺した人間なんざ、両手の指じゃ数えきれやしねえ……RRCA共が俺をどう思ってるかなんざ、嫌という程知ってンだからな」


 RRCAエージェントで、ディンゴの名を知らぬ者など恐らくいない。10代にして若年化社会における闇の世界の頂点に君臨し、要人暗殺を初めとする世界中のあらゆる凶悪犯罪に関与しているとすら噂されている。

 ディンゴがこれまで手にかけた者は数知れず、人間の姿をした化け物と称された事もあるのだ。

 刃の如く鋭い眼差しを向けながら、ディンゴは言う。


「何だったら、あそこにいたオマエのダチ共もブチ殺してやろうかァ? さぞや愉快な遊びになンだろォぜ」


 その瞬間、ディンゴの隣にあった廃車が何の前触れもなく『爆発』した。

 金属片や部品が周囲に飛び散り、大破する。ディンゴは眼球一つ動かす事無く、微動だにせず立っている。

 ネイトの右手の平が、その残骸へと向けられていた。

 そして、ディンゴのそれにも劣らない威圧感を内包した言葉が、ネイトの口から放たれる。


「いい加減口を閉じろ」


 ネイトは、デバイスの力で重力を凝縮させ、ディンゴの側にあった廃車に向けて放ったのだ。

 その威力はさながら、砲弾。金属の物体を弾き飛ばす事すら容易い。

 人体に命中すれば即死は免れない攻撃だ。しかしそれを間近で目の当たりにしたディンゴは、憶する所か笑みを浮かべている。

 

「いいぜ、そうこなくっちゃなァ」


 ディンゴはその手を懐に潜り込ませ、彼の得物である銃を取り出した。

 虐殺の鷲の名を関する強力な拳銃、カーネイジイーグル2019だ。

 

「少しだけ、遊んでやンぜ」


 カーネイジイーグルの銃口が向けられる。その先に立つネイトもTH2033をショルダーホルスターから抜き、ディンゴへ向け返した。

 正義の『S』と、血塗られた狂気の『S』。相反する最高位の称号を持つ2人が再び、対峙する。



 ◇ ◇ ◇



 裕介の予想通り、エディはその場所から逃走していなかった。

 商業施設1階、噴水広場。その名の示す通り大きな噴水がある場所で、その周囲には多数のベンチや自動販売機が設置されている。広くて見通しが良く、若者が待ち合わせ場所に指定する事も多い場所だ。

 いつもは多くの人々が行き交い賑わっている場所だったが、今はエディと裕介を除いて人の姿はなく、噴水の水音だけが寂しげに鳴り渡っていた。

 広場の真ん中辺りに立つエディ。裕介が歩み寄っていく最中、彼は広場の時計を見つめ、


「4分……思っていたよりも早かったな」


 その右手にTH2033を握ったまま、裕介は応じた。


「あんな物でオレを足止め出来るとでも思ったか?」


 エディは、鼻で笑った。


「流石、RRCAアクアティックシティ支部きっての凄腕エージェント。『GLORIOUS DELTA』の1人といった所だね」


 顔を上げて、エディがまた裕介を見やる。その時にはもう、彼の表情に笑みはなかった。

 エディが浮かべていたのは、憎しみと殺意に染め上げられた冷たく、恐ろしい表情。見る者全てを恐怖に叩き落すような面持ちだ。

 

「それでこそ、苦しませ甲斐がある」


 言いようのない腹立たしさに、裕介は舌打ちした。


「そこまでして憎いのかよ、オレ達RRCAが……!」


 裕介の言葉に、エディは叫んだ。


「ああ、憎いさ!」


 それまでのような冷静さは微塵も感じられない、血を吐くような叫びだった。

 裕介は既に、エディの背景については調査済みだった。彼が自分達RRCAをあれ程憎む訳、そして彼が今回の事件を起こした動機も、理解していたのだ。

 だからこそ、裕介はだじろいだような気持ちになる。


「なあ裕介君、どうして俺がここから逃走しなかったと思う?」


 エディからの予期せぬ質問。裕介は戸惑いつつ、答えようともしなかった。

 すると彼はまた、怒号を放つ。


「もう知っている筈だろう、答えろ!」


 裕介は眉間にしわを寄せつつ、口を開いた。


「ここが、お前の親友だった女の子が亡くなった場所だからか?」


「違う!」


 エディの叫びに、裕介の言葉がかき消される。


「亡くなったんじゃない……彼女は、エマは殺されたんだ、お前達RRCAにな!」





 

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