CHAPTER-74
大型犬型IMWの軍団が襲ってくる。裕介はまず、最も前方の位置にいた個体の攻撃――レーザーカッターによる一閃を避け、その腹部に強烈なストレートを叩き込む。
身体能力増強デバイスによって何十倍、もしかしたら何百倍にも引き上げられたかもしれない威力を伴った一撃は、大型犬型IMWの装甲を容易に貫き、機能を停止させた。しかしレーザーカッターは展開されたままだ。
裕介は自身が破壊した大型犬型IMWを両手で掴み、更に迫る別の大型犬型IMWに投げつける。
すると展開されたままのレーザーカッターが、仲間である別の大型犬型IMWのボディを切断し、大破炎上させた。強力な武装が、仇となったのだ。
残りの1体が、懲りもしない様子で裕介へと走り寄ってくる。
『裕介、跳んで!』
この状況で何故玲奈がそんな指示を出すのか、傍で聞いている者には分からないだろう。
しかし、裕介には違った。彼女がどういう意図でそう命じるのか、それは裕介だからこそ理解出来るのだ。
「オッケー!」
裕介はデバイスの力を駆使し、見上げる程の高さまで跳躍する。
その瞬間だった、裕介の後方にいた大型犬型IMWが機銃を発砲したのだ。弾丸は裕介に襲い掛からんとしていたIMWに命中し、真正面から銃撃を浴びたIMWは爆発四散する。
それは本来、裕介に向けて放たれる筈の攻撃だった。しかし裕介が跳んだ事で目標を失い、代わりに仲間である筈の別のIMWを撃ち抜く事となった。
裕介は敵の武装を逆手に取り、同士討ちを誘ったのだ。玲奈のサポートがあってこそ、なしえた芸当である。
(仕上げだ……!)
空中で裕介はTH2033を構え、地上にいる残りの大型犬型IMWに狙いを定める。
どうやら彼らに搭載されたセンサーはさほどの感度を備えていないらしく、犬を模した戦闘兵器達は先程の爆風で視界を奪われ、裕介を見失っているようだった。
最早、慌てふためくように身動きするただの機械。仕留めるのはいとも簡単だった。
1発の銃弾でボディを撃ち抜かれる、たったそれだけの傷害で、残りの大型犬型IMW達も機能を停止した。
ものの数分で戦闘機械の集団を一蹴した裕介は、
「玲奈、エディは?」
事件の首謀者である少年の所在を、玲奈に尋ねる。
『施設1階の噴水広場……裕介が戦っていた間、ずっとそこから移動していないわ』
思っていた通りの答えに、裕介は確信めいた気持ちを抱く。
「やっぱり、あそこか……」
『分かっていたの?』
玲奈に問い返されて、
「ああ、おそらくそうだろうと思ってた。理由は現場に向かいながら話す」
裕介はTH2033に銃弾を込め直し、駆け出した。
◇ ◇ ◇
現場に到着してから数十分が経過していた、裕介の増援に駆け付けたネイト達3人はまだ、商業施設前の駐車場で待機している。
状況は逐一、玲奈からネイトへ知らされていた。
「裕介がIMWを撃退したらしい、犯人の追跡を再開したそうだ」
安堵の表情を浮かべつつ、リサが応じる。
「もう犯人に逃げ場はないよ、レイとユースケの連携プレーから逃げられる訳ないもん」
デバイスによって極限まで戦闘能力を高める力を持つ裕介、そして彼をバックアップする玲奈は『GLORIOUS DELTA』の頭脳と謳われる天才オペレーター。この2人にマークされて逃げ切った犯罪者は未だかつて存在しないと言われている。
更にこの場には裕介と玲奈と同じ『GLORIOUS DELTA』の一角であるネイト、そしてグレードSに次ぐ権限、グレードAを与えられたRRCAエージェントであるリサと耀も控えているのだ。
対するエディ・アルダーソンは、更なる隠し玉を持っている可能性はあれどもただの高校生。
状況的に、彼の逮捕は時間の問題だと考えられた。
「だが、安心は出来ない」
ネイトは、リサの言葉を否定する。
「どういう事?」
問い返してくるリサに、ネイトは応じた。
「裕介が手を出すなと言ってくるという事は、エディ・アルダーソンが彼に因縁のあった人物であると考えるべきだろう。先月の事件の時のように、彼が情に流されて捨て身の行動に出る可能性もある」
リサは納得したように、眉間にしわを寄せて頷いた。
「そっか、確かにユースケなら考えられるね」
耀が続ける。
「裕介は昔からそういう奴だった。自分以上に他人が傷つく事の方が怖い……他人を守る為なら、自分がどれほど痛い思いをしても構わないっていうな」
小さくため息をついて、耀は続ける。
「特に、あの一件があってからは……」
ネイトは耀のその言葉を聞き逃さなかった。
「あの一件?」
耀ははっとしたように否定する。
「いや、何でもない。忘れてくれ」
一体何の事なのか、気にはなった。しかしネイトはそれ以上の言及はしなかった。今は事件の事が先決だろう。
イヤークリップヘッドセットに指をあて、玲奈から状況を聞こうとした。
その時だった。
「っ……!?」
後方から感じた視線、そして気配にネイトは息を呑んだ。
無数の見えない眼球に見つめられているような、心臓を鷲掴みにされるかの如き感覚に、全身が凍り付く気分になる。
これ程の殺気を感じされる人間を、ネイトは1人しか知らない。
ゆっくりと振り返る、暗い駐車場に人影が浮かんでいた。その人物がどこを見ているのかなど分からないが、ネイトには理解できた。
獲物を視界にとらえた猛獣の如く、その者は自分に狙いを定めているのだと。
恐怖というより、畏怖の念が強かった。だがネイトは表情の一つも変えずに、その人物の方を見やる。
「ネイト、どうかしたの?」
リサが問うてくる。
彼女も耀も、どうやらあの者の存在に気付いていないようだった。この『気配』を感じ取れるのは、どうやらこの3人の中ではネイトだけらしい。
少しの沈黙の後、ネイトは応じた。
「耀、リサ……すまない」
突然の謝罪の言葉に、リサも耀も不思議に思った事だろう。
返事を待つ事なく、ネイトは重力操作デバイスを起動する。空色だった彼の瞳が、エメラルドグリーンに変じる。
「この場は任せる」
そう言い残し、ネイトは重力操作デバイスの力を用いて飛び去る。向かう先は、例の人影が見えた方向だった。
後ろから呼び止める声が聞こえたが、ネイトは応じなかった。




