CHAPTER-71
裕介は自室で、事件に関する情報をコンピューターに打ち出して思案していた。
例のアプリによる学生の意識不明、それに伴う洗脳。
確証は無かったが、この事件の犯人が単なる愉快犯でない事は分かっていた。
大勢の人間を昏倒させ、更には洗脳によって自分を襲撃させ、しかもIMWまで使用していた。犯人は確実に、何らかの目的を持って動いているに違いないのだ。
(やっぱり、犯人の狙いは報復か?)
その可能性は、大いに考えられた。昔裕介によって逮捕に追い込まれた犯罪者が、彼への復讐で今回の事件を起こした。決してあり得ない話ではない。
だとするならば、過去の事件を洗うのも手かもしれなかった。
ふと、裕介は机の片隅に置かれたデータスティックに目を留めた。
(ジーノの……)
それは、裕介が父親のように慕っていたRRCAエージェント、ジーノ・カルデローネの遺品だった。
生前、彼が担当した事件のデータが保存されている記憶媒体で、裕介が譲り受けた物だ。
――何となく、気になった。
裕介はそれを手に取ってコンピューターに接続し、中のデータを表示する。
膨大な量のデータが、画面を埋め尽くした。
「やっぱ、すげえな……」
裕介はこれまでにも何度か、このデータスティックの中身は見てきた。
その度に、彼はジーノが遺した彼の事件記録に驚く。題名がずらりと並んで、それをクリックすれば彼が書き留めた事件の記録が表示される。
事件の概要やそれに携わった仲間のRRCAエージェント、更に犯人の事や、それに対するジーノの所感。とにかくどんな些細な事も事細かく記録されていて、それを読むだけで自分がその事件を担当したかのような気持ちになる。
その中には、裕介の名前が出ている事件もあった。それは、裕介がジーノと知り合ってさほど経ってない頃、彼と共に担当した強盗事件だった。
『裕介の活躍で強盗事件の犯人を逮捕出来た。まだ幼いが、彼は将来有望なRRCAエージェントだと思う。これからも育ててやりたい』
事件の最中だというのに、裕介は思わず笑みを浮かべてしまう。
そして、同時に罪悪感も浮かぶ。
例え不可抗力だったとしても、ジーノを死なせたのは他の誰でもなく裕介だ。それを忘れる事など出来ない。
RRCAエージェントとして戦っていく事こそ、ジーノへの償い。
裕介は使命感を新たに、データを閲覧する。
そして最後の部分、最も日付が新しい箇所にあった事件の記録に目を留めた。
「ん? この名前……」
誘われるように、裕介はその事件記録を開いた。
その内容を読み進めるうちに、彼の眉間にしわが寄っていく。
(これって、もしかして……?)
その時、裕介のY-Phoneが着信音を発する。
画面には、リサからの着信を知らせる表示が出ていた。
『あ、ユースケ? ちょっと気になる物見つけたの。今から送るからLIME見てね』
電話に出るや否や、リサはそう告げて電話を切った。
「ちょ、何だってんだ……?」
10秒も経たない内に、リサからLIMEでメッセージが送られてきた。
そこには、『これ、ちょっと見てみて』というメッセージと共にURLが貼ってあった。
一体何だと思いつつ、裕介はそのURLを開く。
行き先は、何かのアカウントページだった。
黒一色の地に、白でメッセージが書かれただけのシンプルで、手抜き感すら漂うサイト。そのメッセージとは、
『学生の皆様へ、現実から逃れたいと思った事はありませんか?』
よくある悪戯の類のサイトじゃないか、と裕介は初めに思った。
しかし、添付されていたアプリを見て息を呑む。
「これって、あのアプリ……!?」
そう、この事件の鍵とも言えるあのアプリだった。
裕介は、すぐにリサに電話を返す。
「リサ、このサイトは……」
『ほら前に言ったじゃん、LIMEでページ作って宣伝してる企業とかもあるって。このアプリを広めるために、誰かが作ったサイトなんだよ』
このサイトを作った人物が、アプリの製作者と同一人物である。その可能性はあった。
『何のスポンサーもついてない、一個人で作ったアプリの知名度なんてたかが知れてるもん。きっとLIME使って大勢に広めたんだと思うよ』
リサの言う通りだった。
犯人を突き止めるに当たって、このサイトは大きな手掛かりになる。裕介はそう感じた。
「ありがとよリサ、すげえ助かった」
有用な情報を提供してくれたリサに、裕介は最大限の感謝の言葉を贈った。
玲奈に、このサイトを作った人物を突き止めてもらおう。裕介はそう考えて、彼女にLIMEで連絡を取ろうとする。
と、先回りするかのようなタイミングで画面が切り替わり、着信表示が出た。
「うおっ、と……」
リサとの通話が終了した直後だった。
今度は、アリスからの電話だった。実体を持たない人工知能である彼女からの連絡であるが故、電話というのは正確ではないかも知れない。
応答すると、画面に青いドットで構成された少女の顔が映し出される。
「どうした、アリス」
『裕介、貴方に報告したい事があるの』
いつも通り、幼い外見には不釣り合いな、礼儀正しく堅苦しい口調だ。
『詳しく説明すると長くなるから、最も重要な事から報告するわね。例の昏倒した患者、それから貴方を襲った3人……彼らの脳波を例のエックス波に着目して調査していたら、ある一個人の脳波が検出されたの』
「一個人? まさかその脳波の持ち主が、例のアプリをばら撒いて皆を洗脳した犯人だって事か?」
『可能性は高いわ。それで、その脳波の持ち主を私のデータベース内で照合した所、該当者があったの』
事件の核心に迫っているのが分かる。
裕介は覚悟を決めるように間を置いて、アリスに促した。
「教えてくれアリス、誰だったんだ? その脳波の持ち主ってのは」
アリスは何も言わなかった。
ただY-Phoneの画面から彼女の顔が消え、次の瞬間別の人物の顔写真が表示された。
それが何を意味するのか、聞くまでも無かった。
「っ……!」
その者の写真を見た裕介は、ただ息を呑むしかなかった。




