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GLORIOUS DELTA  作者: 虹色レポートブック
EPISODE-02 "INVISIBLE DAMAGE"
68/93

CHAPTER-68


 車の中から、少年はモニター越しに数ブロック先の様子を見つめていた。

 そこには爆風と電撃を避け続ける一人の少年の姿が映っている。

 彼の名は逢原裕介。少年は彼を、裕介の事を知っている。彼がグレードSのRRCAエージェントである事も、そして裕介の過去の事に関しても。

 裕介には3人の刺客を差し向けた、無論返り討ちにされる事は分かっていた。だがそんな事はどうでもいい。

 裕介を倒そうなどとは思っていない。少年の真の目的は、他にある。


(俺と同じ苦しみを味わってもらおうか……)


 モニターに映る裕介の姿を見つめ、少年は口元を歪ませて笑った。



  ◇ ◇ ◇



 爆風と電撃から逃れるように、裕介は物陰へと身を隠した。

 その瞬間ポケットの中で彼のY-Phoneが着信音を吐き出す、画面を見なくとも、その音を聞けば誰からの通話なのかは分かる。

 ジャケットの内ポケットからイヤークリップヘッドセットを取り出して、電源を入れつつ右耳に装着する。


「応答!」


 音声認識機能が働き、通話状態へ移行する。


『裕介、大丈夫!?』


 玲奈だった。

 何らかの方法で、裕介が襲撃されている事を知ったらしい。

 

「オレは何ともないさ、だけど……」


『だけど?』


 先程の出来事を思い出しながら、裕介は続けた。


「敵の1人が、結構深い傷を負っちまってる。銃で撃たれてな」


『それって、裕介が……?』


 玲奈に芽生えたであろう誤解を、裕介は慌てて解いた。


「オレが撃ったんじゃない、敵の仲間が撃ったんだ。何の迷いもなくいきなりな」


 警告の為に銃を抜く事はあるが、敵がどんな犯罪者であろうと撃つのはあくまで最終手段だと裕介は考えている。更に言えば、裕介は相手の生命を脅かすような銃弾は携行していない。使うのは常に、相手を気絶に追い込む程度の威力しか持たないショックウェーブ弾だ。

 裕介が実弾を用いて誰かの命を奪ったのは、過去にただ1度だけなのだ。


『同士討ちって事? 一体どうして……!』


「オレだって聞きてえさ」


 その時、裕介は自身の頭上にコガネムシ型IMWが滞空している事に気付いた。

 隠れたからと言って油断は禁物だ、IMWに搭載された熱感知システムで居場所を特定されてしまう。


「うっ!」


 逃げ場のある位置に身を潜めたのは正解だった、すぐさま飛び退き振り返ると、煙の中から3人の人影が浮かび上がる。

 パーカーの少年、先程サムに右肩を撃たれた彼は痛がる様子も無く、ゆっくりと裕介に迫って来る。流れ出た血液が腕を伝い、指の先から滴り落ちていく。


『あんな傷を負って平然としているなんて……』


 まるで痛覚など存在しないかのように、パーカーの少年は自身の傷に目を向けない。

 洗脳されて痛みを感じなくなっていると考えれば合点がいく、しかし仲間を撃たせるという行為に関しては、どう考えても理解出来ない。

 

「全然分かんねえよ、こいつらを操ってる奴が何考えてんのか!」


 少女が発電デバイスを使い、その右手に電気を纏わせていた。バチバチという音が裕介の耳にも届く。


『気を付けて、あれを喰らったら感電どころじゃ済まないわ!』


「ああ、だろうな!」


 少女が腕を振り抜くと同時に、裕介はデバイスの力を駆使して跳躍した。

 数秒前まで裕介が立っていた場所を電気の槍が通過し、後方に停まっていた自動車を大破炎上させる。

 追撃に注意しながら、裕介は手近にあったビルの屋上へ着地した。


『裕介、まずはあの撃たれた彼を止める事を優先して。あんな傷を負ったまま動き続けたら命が危ないわ!』


 裕介も同じ事を考えていた。

 洗脳されて痛覚を失っているとはいえ、体は生身の人間のままだ。


「何とかやってみる!」

 

 そこでふと、裕介は思い至った。

 あの3人を洗脳し、自分を襲わせた黒幕の思惑が、何となく掴めたような気がしたのだ。

 黒幕にとってあの3人は所詮ただの手駒、使い捨ての道具に過ぎない。

 互いに傷付け合わせれば裕介は下手に手出しが出来なくなる、それを狙ってあえて銃で撃つなどという事を行わせたのかも知れない。死んだ所で不利益など無いし、同時に証拠隠滅にもなる。

 人道など欠片も考慮されていない、冷酷な策だ。

 

(赦せねえ……!)


 裕介は歯を噛み締めた。

 何の手掛かりも掴めていない黒幕、つまり犯人に対する怒りが込み上がる。

 だが、今はあの3人を助ける事が先決だった。彼らは加害者ではなく、黒幕に操られた被害者なのだ。

 

(けどどうすればいい、どうやって止めれば……)


 肝心の方法が、思い浮かばない。

 武力によって戦闘不能に陥らせるのは簡単だが、何の罪も無い彼らにそんな事をするのは道理に反する。そもそも彼らに今の恐らく痛覚は無いのだから、どんな攻撃をしても無駄かも知れない。恐らく彼らは洗脳によって恐怖も痛みも忘れている、どんな傷を負っても命を失うまで戦い続けるだろう。

 結束用バンドで全員動きを封じるという手も思いついたが、裕介は早々に断念した。単独ならまだしも、相手は3人も居るのだ。1人を拘束した所で、他の者にバンドを切られてしまうだろう。

 考えを巡らせている間に、パーカーの少年が裕介に歩み寄ってきた。

 今度はコガネムシ型IMWを使わずに、直接殴り掛かって来る。

 避けるのは簡単だった。だが彼が動く度に右肩の銃創から血液が噴出し、周囲に飛散する。


「おい、やめろ!」


 無駄だと分かっていても、呼び掛けずにはいられなかった。

 それは裕介自身ではなく、少年の為の言葉だった。玲奈の言った通り、彼がこれ以上動き続ければ命の危険がある。

 しかし、少年が裕介の言葉に従う事は無い。耳を貸す事すらも無い。

 反撃など出来なかった。ただ殴るだけでも、今の彼には致命傷になり得るからだ。


『あっ……!? 裕介、上っ!』


 玲奈の声に、裕介は少年の殴りや蹴りを受け流しながら上空を瞥見する。

 ――銀色の何かが、宙に浮かんでいた。


「IMWか……!?」


 裕介の予感は、玲奈の言葉で正しかったと証明される。


『間違いないわ、IMW……タイプ:アノトガスターシーボルディー!』


 銀色の物体の正体は、オニヤンマ型IMWだった。

 あれが如何なる性質を持つIMWなのか、裕介は知っている。同じ昆虫を模したオオスズメバチ型やコガネムシ型とは違い、攻撃の為に使用されるIMWではない。

 

「電波や通信の中継地点に使われるIMWだろ、何であんな物が……」


 武装されていない代わりに、オニヤンマ型IMWには高度な通信機能、指向性、電子戦専用装備が備わっている。

 用途としては指令を増幅して他のIMWに伝達したり、他には仲間のIMWのコンピューターへのハッキングを阻止したり等、後方支援が主だ。


『まさか、あのIMWを利用して洗脳を……!?』


 電気が走るように、裕介にはピンと来る物があった。

 あのIMWを破壊しろ、RRCAエージェントとして養ってきた直感が、裕介にそう告げた。

 自分に掴み掛って来た少年を手心を加えて突き飛ばして、裕介はショルダーホルスターからTH2033を抜いた。

 狙いを付けて発砲する。

 弾丸は威力の低いショックウェーブ弾だったが、オニヤンマ型IMWの羽を破壊するには十分だった。飛行能力を失い、オニヤンマ型IMWは地面に落ちる。止めと言わんばかりに、裕介はそれを踏み潰した。

 糸の切れた人形のように少年の体がぐらりと傾く、裕介は慌ててその体を両腕で支えた。

 裕介は呼び掛ける。


「しっかりしろ、直ぐに助けを呼ぶから」


 少年は肩を押さえて、苦し気な声を発していた。

 洗脳が解けた事で痛覚も蘇ったのだろう、肩を撃たれた痛みは裕介には想像も付かない。

 離れた場所で、他の2人も気を失って倒れていた。

 裕介はイヤークリップヘッドセットに指を当てて、玲奈に言う。


「玲奈、医療チームの出動を要請してくれ。大至急だ」


『もう手配してあるわ、あと数分で到着すると思う』


 玲奈の返事を受けると、裕介は苦しむ少年に再度視線を向けた。


(誰がこんな事を……!)


 彼らを洗脳し、自分にけしかけた黒幕への怒りを露にする。






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