CHAPTER-66
裕介は玲奈の差し出したタブレットPCを見つめる。同時にネイトも、彼の隣で同じようにした。
画面に表示されていたのは、意識不明者の年齢や住所、所属高校などをまとめたリストのようだった。玲奈が、収集したデータを見やすいように編集した物らしい。
その数総勢、200名以上。
「これ全部集めたのか? すげえな……」
これ程のリストを作り上げるには相当の労力が要る筈……しかし製作者の玲奈は、しれっとした顔で即答した。
流石、GLORIOUS DELTAの紅一点にして、史上最年少でRRCA特別情報管理官の称号を与えられた少女。PC系統やナビゲーションに留まらず、情報収集も玲奈の得意分野の一つである。
「何てことないよこんなの、事件解決のために3000人くらいの犯罪者をリストにまとめた事だってあるし」
裕介には最早、誉め言葉も見つからない。ネイトが惜しみもなく、玲奈に賞賛を送った。
「流石だ」
冷静沈着な彼には珍しく、感情の滲んだ声。裕介の時とは違って、玲奈は素直に受け取る。
「ありがと、ネイト君」
玲奈は照れたような面持ちを浮かべ、視線を外しつつ髪をかき上げた。
どこか複雑な気持ちを胸に仕舞いつつ、裕介は玲奈が作成した昏睡者リストを見つめ――すぐにその事に気付く。
「やっぱ、昏睡者の全員が学生か……」
リストには、昏睡者の年齢が記されていた。
ざっと見ただけでも、大多数が10台半ばから後半の少年少女達で、上の方は20台前半、下の方は10台前半まで。
全員が全員、件のアプリによる昏睡者かどうかは疑わしかった。しかし、それでもやはり多過ぎる。
「例のアプリとの因果関係は?」
ネイトが問うと、玲奈は応じた。
「その件についても確認が取れたわ。昏睡者のほぼ全員の携帯電話から、あのアプリがインストール・起動された形跡が残っていたの」
玲奈は、リストの端の部分を指さした。そこには『○』もしくは『×』印が打たれていて、例のアプリを入手していたか否かを示しているらしい。
殆どが『○』印だった、つまり、この怪しいアプリをインストールしていたのだ。
裕介は自身のY-Phoneを見つめ、補足する。
「いよいよもって、怪しいな……」
偶然にしては、出来過ぎていた。
そしてネイトが、これからの課題を提示する。
「残るは証拠を集める事だな。このアプリが学力向上と引き換えに意識を奪う、『悪魔の手紙』だという事を裏付けるための……確固たる証明が必要だ」
玲奈は頷き、困ったような面持ちを浮かべつつ言った。
「問題はそこなの。試してみようにも、下手にいじるのは危険だし」
どれだけ信じ難い事でも、疑いがある以上は闇雲に手を出す事は出来なかった。全ての元凶とも言っても過言ではない手掛かりが目の前にあるのに、何も出来ない。裕介には歯がゆくて仕方がなかった。
ならば、他に手は無いだろうか――そう考えてみて、裕介はふと気付いた。
「なあ、それなら……そのアプリを使った人間を知っている人物を当たってみれば、何か手掛かりが掴めるかも知れないんじゃないか?」
◇ ◇ ◇
その日の夜7時半頃、裕介は自宅近くのハンバーガーショップのレジ袋を片手に提げ、帰路についていた。辺りは人影もまばらで、閑散としている。
とは言っても、それはあくまで裕介の視覚のみで判断した情報だ。彼はその両耳にイヤホンをして音楽を聴いているので、周囲の音は聞こえない。因みに曲は勿論、お気に入りの洋楽である。
アクアティックシティを包む星空を見上げつつ、裕介はぼんやりと思った。
(しっかし、一体どうなってんだか)
昼間、裕介の提案は玲奈にもネイトにも受け入れられた。例のアプリを使って昏睡状態に陥ってしまった被害者達、その知人を探ってみれば、何か情報を掴めるかもしれないという提案だ。
あの後裕介は早速、その少年を探ってみた。昏睡したクライヴの友人のエディである。
だが結果的には何の進展も無かった。玲奈とネイトと分かれた後、裕介はエディを探しに彼のクラスまで足を運んでみたが、エディは今日登校していなかったのだ。担任の教師から話を聞いた所、体調不良が原因との事だった。
既に放課後で多くの生徒は帰宅したり部活動に行っている最中だったし、闇雲に探すのは効率的とは言えない。また明日エディに限らず、彼のクラスの者に話を訊いてみればいい。裕介はそう判断して、今日は引き上げる事にした。学校でなくとも、SNSなどを探れば例のアプリの事が載っているかも知れない。
(それにしても、どこの誰がこんなアプリを作って流したってんだ。そもそも、そいつは何が目的なんだ?)
ふと考えて、裕介はある仮説を思い浮かべる。
このアプリを作った犯人は、人をぬか喜びさせて直後に絶望に叩き落とす……そんな人間として外れた事を、楽しんでいるのかも知れない。
だとしたら、到底赦される事ではなかった。
裕介はポケットを探り、RRCAのIDカードが収められた革の手帳を取り出した。そこには彼が、最高位の権限を与えられたRRCAエージェントである事を証明する、『GRADE-S』の文字。
そしてもう一つ、幼き頃の裕介を抱え上げて満面の笑顔を浮かべる男性の写真が収められている。
彼の名は、ジーノ・カルデローネ。裕介が父親のように慕っていた、しかしもう二度と会えないRRCAエージェントだ。
裕介は写真を見つめ、自分以外の誰の耳にも届かないよう呟く。
「なあジーノ、オレ……」
その時だった。
突如裕介の周囲を流れる時間の速度が急降下し、遠くに居る通行人のまばたきや、木々の枝に生い茂った木の葉の動きや、どこかから飛んできた小さな羽アリの羽ばたきまでもが、裕介には見渡せるようになる。
超感覚。
裕介が持つ超人的な力であり、これが発動している間、裕介は時速200キロで突っ込んでくる車はおろか、銃弾をも見切り、回避する事が出来る。
しかし裕介が任意で発動させる事は出来ず、超感覚が発動するには一つの条件がある。
それは、『逢原裕介の生命を脅かす危険が、彼に迫っている事』。
(チッ……)
裕介はハンバーガーショップのレジ袋を手放し、両耳のイヤホンを外した。
そしてデバイスを起動し……後方から猛スピードで自分に迫っていた輸送車を回避する。
「ふっ!」
真上に跳躍した裕介の下を、輸送車が轟音を伴って通過する。
見た所警察などで使われる人員輸送車を思わせるその車両は、ガードレールを容易く突き破って歩道に乗り上げ、停止した。オート運転でこんな事が起こる筈はなく、何者かが裕介を轢こうとしたのは明らかだった。
着地した裕介は、輸送車に視線を向ける。多くの犯罪者を捕まえてきた裕介には、襲撃を受ける心当たりなど吐き捨てる程ある。
やがて、輸送車から襲撃者達が姿を現した。
「ん……?」
同時に裕介は、眉をひそめた。




