CHAPTER-63
「……もの見事に、共通点がねえな」
ウエストサイドハイスクールの食堂で、裕介は昼食のホットドッグを片手に呟いた。
その理由は、彼がもう片方の手に持つY-Phone。そこに表示されているのはつい数分前に送られてきた、米国内で頻発している意識不明者のリスト、送信者は玲奈である。
氏名、年齢、国籍……裕介が発した通り、バラバラだった。
裕介はLIMEを立ち上げて、玲奈に『了解、ありがとな』とメッセージを綴る。数秒もしない内に『READ』、つまり『既読』の表示が付き、彼女からの返信が表示された。『もう少し集めてみるね』、という簡潔な内容だった。
「んー……」
唸るような声を発して、裕介はY-Phoneを置いた。代わりにチルドカップ入りのオレンジジュースを取り、ストローに口をつける。
と、そんな彼の傍に1人の少女が歩み寄ってきた。
「何か悩んでるの?」
裕介が顔を上げると、可愛らしいがどこか不機嫌そうな、ロングヘアの銀髪を両端で軽く結んだ少女が彼を見ていた。
エンニ・セデルストローム。裕介より2学年下で、救護の知識、技術に秀でたフィンランド出身の少女だ。RRCAエージェントであり、グレードはBである。
「おおエンニ、まあ……ちょっとな」
エンニは何も言わずに、裕介の向かいの椅子に腰を下ろした。
机に頬杖をついて、彼女は発する。
「どんな事件、担当してるの?」
内心裕介は面食らう。裕介が事件の事で考え事をしている、目の前の少女はほんの少しのやり取りでそれを看破したからだ。
ジュースのカップを置いて、裕介は応じた。
「エンニお前、ホント鋭くなったっていうか……人を見る目が肥えたよな」
エンニはポケットからスナック菓子の袋を出し、封を開けた。クッキースティックをぽりぽりと咀嚼する彼女の姿は、小動物のようでどこか愛らしい。
口をほとんど動かさずに、エンニは言う。
「散々見てきたもの、人間の嫌な所」
そう言いつつ、エンニは裕介に向かって手を伸ばしてきた。裕介が怪訝そうな面持ちを浮かべると、彼女は発する。
「見せて」
どうやら、裕介のY-Phone、正確にはそこに映っている意識不明者リストに興味があるようだ。
「ほらよ」
裕介がY-Phoneを渡すと、エンニは無言のまま、じっとその画面を見つめ続けた。
それが何なのか彼女はすぐに察したらしく、「ふーん……」などと声を発している。そしてエンニはY-Phoneを裕介に返し、テーブルに頬杖をついた。
「アメリカで立て続けに発生してる学生の昏倒事件ね。まあ、偶然にしては数が多すぎるわね」
裕介はふと頷いて、ある事に気づいた。
救護のエキスパートとも言えるエンニ、彼女ならばある程度、人体に関する知識も持ち合わせている筈だ。この事件、彼女はどう見るのだろうか。
「なあエンニ、お前はどう思う?」
エンニは視線を外して、ぶっきらぼうに応じた。
「知らないわよ」
投げ捨てるような言い方、普通の人ならば苛立ちを覚えるかもしれないが、幾度も経験している裕介は特に何も思わない。
さらさらの銀髪をかき上げて、エンニは裕介のY-Phoneを指さした。
「そのリストに載ってる意識不明者だって、国籍も年齢もバラバラ。共通点なんてまるで無いじゃない」
先程裕介が感じていた事を、エンニはそっくりそのまま口に発した。
エンニは袋から新しいクッキースティックを取り出した。しかし、菓子が口に触れる直前で手を止め、意味深な面持ちを浮かべる。
「ただ一つ……」
彼女に先んじて、裕介は言った。
「昏倒者約100人……その全員が学生って事を除けばな」
エンニは驚くように顔を上げた、裕介と目が合った瞬間、彼女は眉の両端を吊り上げて不機嫌そうな表情を浮かべる。自分が思い当たった事を言おうとしたが、裕介に先を越されて悔しかったのかもしれない。
エンニは視線を逸らして、クッキースティックの先端をかじった。
「ま、今の時代は低年齢若年化社会……昏倒者100人全員が学生だなんて事、単なる偶然かも知れないけどね」
と、その時。
エンニのポケットから裕介も知る耳心地の良い音が発せられた。LIMEのメッセージ受信を知らせる通知音である。
ポケットからY-Phoneを取り出すと、エンニは深いため息を漏らした。
「どうした?」
エンニは視線をY-Phoneに向けたまま、応じた。
「悟から。グレードBの学科試験にまた落っこちたって」
裕介は苦笑いした。
話題に出た悟というのは、エンニと同学年の少年である。RRCAエージェントだが、グレードはC。エンニよりも下だ。
エンニはだるそうな様子で、椅子から腰を上げた。
「行くのか?」
Y-Phoneをポケットに仕舞いつつ、エンニは答える。
「ええ。あのバカにグレードB学科試験、そろそろ合格させてあげなくちゃ」
「へえ、優しいじゃねえかお前」
エンニは弾かれたように裕介を振り返った、その頬は赤くなっていた。
「違うわよ、グレードBにもなれないバカと一緒にいると、私までバカだと思われるじゃない」
言い残して、エンニは足早にその場から去っていく。そんな彼女の後姿を、裕介は笑みを浮かべながら見送った。
と、不意に後方から話しかけられる。
「ねえ、ちょっといいかな?」
振り返ると、見覚えのある……しかし名前を知らない一人の少年が、裕介の目の前に居た。
裕介が何かを言う前に、彼は先んじて口を開く。
「いきなりごめん、俺、エディ・アルダーソン(EDDIE ALDERSON)。逢原君、君に話したい事があるんだ」




