CHAPTER-06 [illus.]
ウエストサイドハイスクールは裕介と玲奈が通う学校であり、RRCA研修学科も存在する。制服が存在しない事や、自由度の高い科目選択。概ね、アメリカの高等学校の多くに当てはまる特徴を踏襲する高校である。
生徒の車通学が許される点も、例外ではない。
「ちっとばっか早く着いたな」
生徒専用駐車場。裕介は現時刻を確認しつつ、駐車する。
「みたいだね。けど、お蔭で余裕が出来たんじゃない?」
玲奈は応じると、裕介は数度頷く。彼はダッシュボードのタッチパネルを操作し、車の動力を切った。低く響いていたモーター音が止み、フロントガラスに表示されていた速度表示等が消える。
裕介はさらにタッチパネルを操作する。すると、車のドアが上方向にスライドするように開いた。
「じゃ、行くか」
「うん」
裕介は車から降り、玲奈も彼に続く。
2人が降りると、車のドアが自動的に元の位置に戻り、ロックが掛けられた。
◇ ◇ ◇
「え、裕介今朝も『DANI CALIFORNIA』流しながらトレーニングしてたの?」
「日課だからな」
裕介と玲奈は、数多の生徒達が行き交う廊下に歩を進めている。
ウエストサイドハイスクールに通う生徒達はアメリカ系の少年少女が殆ど、しかし裕介のような日本人の少年や、カフェラテのような褐色の肌を持つタイ人の少女の姿もある。
留学生が多くを占めるが、中にはRRCAの所属支部異動の為に祖国を離れ、米国外からアクアティックシティに渡った少年少女達も存在していた。
裕介と玲奈も、その一例である。
「洋楽ばっかりじゃなくて、たまには日本人の歌も聞いたら?」
たしなめるような雰囲気で、玲奈は隣を歩く裕介に提案する。
「いいだろ別に、オレは洋楽のが好みなんだよ」
裕介は応じる。
「てゆうかいつも思ってたけど、早朝から部屋中に音楽流してしかもルームランナー……普通のマンションとかだったら、苦情殺到だよね」
玲奈は笑い混じりに話題を一新する。彼女が述べた言葉は、限りなく的を射ていた。
普通に考えれば、裕介の行う早朝トレーニングは近隣住民には大迷惑となるだろう。大音量で流される音楽やルームランナーは、騒音の元である。
「そこは感謝しなきゃいけねえな、あの学生寮設計した人に」
が、裕介が住む学生寮は特別な構造を持ち、高い遮音性と静粛性を備えていた。壁の内側や床下に防音素材を何重にも重ねた層を作り、部屋から出される音は一切外部に漏らさないのである。
その証拠に、裕介の隣に住む玲奈には『DANI CALIFORNIA』が全く聞こえていなかった。と言うより、玲奈は曲が流されている事すら知らなかったのだ。
「ユースケ、レーイっ!」
裕介と玲奈が2階への階段を上がろうとした時、鈴の音のように響き渡る少女の声が2人を呼び止めた。振り返ると、多くの生徒達が行き交う中、彼女は裕介と玲奈に手を振っている。
「あ、リサちゃん」
玲奈が呼ぶ。
彼女――リサは、高い位置でポニーテールにされた金髪を揺らしつつ、2人に走り寄る。
白絹のような太ももを付け根近くまでしか覆わないミニスカートに、真っ白なキャミソールを着ている。どこか色っぽく、それでいて可愛らしい服装をしているリサ。その顔には薄く化粧が施され、まつ毛は上に向くように曲線を描いている。
厚底サンダルの独特な足音と共に、リサは裕介と玲奈に歩み寄った。
「おっはよう。グレードSの2人で登校?」
ニコニコと笑みを湛えつつ、リサは裕介と玲奈に言う。
リサが愛用する香水の仄かな香りが、裕介と玲奈の鼻に届く。近づいてみると、リサの身長は男性である裕介と大差が無かった。比較的高い身長に、豊かに実った胸、細くくびれたウエスト、シャープな尖りを持つ顎。後頭部でポニーテールに束ねられた後ろ髪は毛束が広げられており、ふわりとしたカールも合わさってボリューム豊か且つ、洒落たヘアスタイルである。
派手な外見に放蕩無頼な印象を受ける者も居るだろうが、おおよそリサは同年代の少女が求めそうな身体的特徴の全てを備えていた。
総合的に見て、清楚な玲奈とは変わった方向のセクシーな可愛らしさ。容姿に欠点と呼べる物は見受けられず、まるで雑誌モデルのようで――リサもまた玲奈と同じく、『美少女』と形容しても何ら違和感は無い。
「昨日はお手柄だったねリサちゃん、あえて人質になったんでしょ?」
玲奈が応じると、リサは意味も無く胸を張った。
「もっちろん! ……ま、その代償に楽しみにしてた新作ドーナツは台無しになったけどね」
リサはため息交じりに、両手の平を上に向ける。
が、その表情は数秒と待たずに――陽気な面持ちへと戻された。
「けどノープロブレムかなっ、入荷日待って、またバイク走らせて買ってくるから」
語尾に星マークでも付きそうな声で、リサは裕介と玲奈に紡ぐ。
リサは、とにかく明るい性格の持ち主だ。いつも溌剌としており、彼女がそこに居るだけで場の雰囲気が明るくなる程。
「バイクのライセンス持ってっからってあんま乗り回すと、事故んぞ?」
「えー? ユースケジョークへたーっ、あたしが事故るとでも思ってんの~?」
その動作に何の意味があるのか、リサは両手の人差し指で裕介を指した。
「リサちゃん、バイクの運転上手いもんね」
玲奈が言うと、リサは裕介を見つめて得意げに紡ぐ。
「ほーらほら、レイのお墨付きだよ~?」
裕介は、「へいへい……」と漏らしつつ聞き流した。
玲奈は側で行われるやり取りが面白可笑しく感じたのか、笑みを漏らしている。因みにリサの口にした『レイ』と言うのは、玲奈の愛称である。
勝ち誇ったような表情を裕介に見せつけた後、リサは踵を返しつつ、
「じゃ、あたしちょっと売店でお菓子買ってくるから」
「あ、リサちょい待ち!」
売店の方向に走り去ろうとする彼女を、裕介が引き留めた。
リサが振り返ると、
「耀見なかったか? ちょっと用があるんだ」
裕介からの質問、リサは応じた。
「耀ならもうVRMS室に来てるよっ、それじゃ後でね」
「そっか、サンキュー」
と、裕介。
「後でね、リサちゃん」
続いて玲奈。
リサは裕介と玲奈に手を振り、売店の方向に振り返る。
金髪を靡かせつつ走り去って行く後姿を見送って、裕介と玲奈は目的地へと再び向かい始めた。
◇ ◇ ◇
「はわっ!?」
何もない場所にも関わらず、リサは蹴躓いた。スタイルの良い体がバランスを崩し、前のめりになる。
「わ! と、と……」
数度片足で跳ね――リサはバランスを保つ、一先ず転倒する事は回避した。
が、ミニスカートのポケットから茶色い本革が落下する。裕介やネイトが持っていた物と同じ品だ。
皮製の財布が落ちるような音と共に、本革は売店に続く廊下に不時着。その拍子に2つ折りにされた本革が開き、内側のIDカードが現れる。
リサの顔写真と彼女の名前、さらにID番号が記されていた。
RRCA-ID:5330-3694-0877
LISA VALENTINE
その下の部分には、リサのグレード。
GRADE-A
――グレード『A』。
「っと……いっけないいけない。ID失くしたら色々めんどくさいじゃん」
リサは本革を拾い、埃を払うように数度叩いてからポケットに仕舞い直した。彼女は売店へと向き直り、懲りる様子も無く駆けて行く。
「すいませーんっ、カスタードとホイップミックスのシュークリーム三つ下さーい!」
売店からリサの無駄に大きく、それでいて底抜けに明るい声が響く。
――『リサ・バレンタイン(LISA VALENTINE)』。
彼女は裕介と玲奈のクラスメイトであり、グレードAのRRCAエージェント。その振る舞いからは想像し辛いかも知れないが、その実はグレードSに次ぐ権限を有するエージェントなのである。
売店を後にし、リサは衣服に覆われていない両腕で三つのシュークリームが入った紙袋を抱え、満足げに鼻歌を歌いつつ教室へと向かうのだった。