CHAPTER-54
アクアティックシティ上空を、1機のヘリコプターが飛んでいた。
流線型のボディや、サイド部分に取り付けられた2基の大型サーチライト、激しく回転するプロペラ。それらが陽の光を反射しつつ、空に浮かんでいた。
そしてリサは機室の床部分に座り、乗降用ステップにその足を掛け、ライフルのスコープを覗き込んでいた。
レティクルには、暴走する大型トラックの姿が捉えられている。そしてトラックの側を走る1台の車、そこに乗る少年の姿も。
(ネイト……てことはユースケも……!)
運転席に座っているのは間違い無くネイトだった、だが車は裕介の物。車の天井が開いている事から考えて、裕介は既にトラックに乗り込んだのだろう。
イヤークリップヘッドセットの電源を入れ、リサは言った。
「レイに電話!」
数秒の呼び出し音の後、電話は繋がった。
『リサちゃん!?』
玲奈の声に、リサはスコープを覗き込んだまま応じた。
「こちらリサ、ターゲットを確認。いつでも撃てるよ!」
視力増強デバイスも起動し、リサは狙いをトラックの後輪に定めていた。
TH2033の威力で防弾タイヤを撃ち抜くのは難しい。しかし、リサが構えるライフル、RRCA独自開発のD-2032メタルイーター(D-2032 METAL EATER)ならば、十分に貫く事が出来る。
弾道も気流も計算済み、引き金を引けばトラックのタイヤは即座に吹き飛ぶだろう。
『待ってリサちゃん、今撃ったら駄目!』
直ぐにでも発砲許可が下りると思っていたリサは、玲奈の言葉に内心驚く。
しかし、玲奈の指示ならば従うしかない。
「オッケー。このまま待機してるね、いつでも指示して!」
◇ ◇ ◇
時間は過ぎ、タイムリミットが確実に迫りつつある。
制御不能状態のトラックの運転席で、焦りを隠そうともしない裕介、けれど頭ではこの状況を打開する策を必死に考えていた。
残り時間は2分も無い。指定ポイントに到達すればIMWの一斉攻撃が始まってしまう。かと言ってトラックを強引に止めれば、その時点で攻撃が始まる。
(考えろ、絶対にある筈だ……!)
額に手を当てて、裕介は頭の中に浮かぶ事柄を処理していく。
こうなればIMWを放出させ、その全てを自身とネイトで蹴散らす事を考えるべきか。一瞬その事が頭に浮かんだものの、裕介はそれを早々に廃案にした。
裕介は勿論、ネイトも恐らく万全の状態ではないのだ、その上トラックに積まれているIMWのタイプも判明していない。現状では、IMWを放出させるという選択肢は危険が大き過ぎる。
IMWは、絶対に放出させてはならない。
(だったらどうすればいい、どうすれば食い止められる……!)
その時、裕介は先程の玲奈の言葉が引っ掛かった。
“セキュリティーを突破する事は不可能じゃないけど、どう短く見積もっても10分以上は掛かるわ!”
その言葉の意味を、裕介は考える。
そして彼は、イヤークリップヘッドセットを耳に押し込んだ。
「玲奈、セキュリティーを破れば、トラックが停止した場合のIMWの自動起動設定も解除出来るのか?」
『それは出来るけど……どうして?』
キーボードを叩く音が聞こえてくる事から、玲奈は必死にセキュリティーを破ろうとしている事が伺えた。
「なるほど、つまりトラックを停止させずに、指定ポイントに着くまでの時間を稼げばいい……そういう事だな」
解決策が見えた。
IMWの起動条件は、トラックが目的ポイントに到達する、または目的ポイントに到達する以前に、何らかの方法によってトラックが止められる事。
残り時間は約2分、だが玲奈は恐らくセキュリティーを破る作業を続けていたので、進行具合は少なくとも半分程度には達しているだろう。
『裕介、確かにエリア設定よりも自動起動設定の方が解除の難易度は低いわ、それでも所要時間は約5分、間に合うかどうか……!』
「間に合うようにしてやるよ」
残り時間は2分、自動起動設定解除に必要な時間は残り5分。3分間の差を埋めれば、IMWを放出させずにトラックを止める事が出来るのだ。
『でも、どうやって……!?』
玲奈が質問を重ねるが、裕介は答えなかった。答えずに彼はトラックの運転席から出て、そしてデバイスによって身体能力を増強し、キャブの上によじ登る。
登った瞬間、裕介の右足を鋭い痛みが走り抜けた。
「ぐっ!」
右足に視線を向けると、エンニに手当してもらった傷が大量の血液を吐き出していた。
(ちっ、傷が開きやがったな……!)
だが、そんな事に構っている時間は無い。暴走するトラック、そのキャブの真上に登った裕介は、前方を見つめる。エリアDとEを結ぶ斜張橋が見えた、トラックが橋を渡り切る前に止めなければ、全て手遅れだ。
『裕介、まさか……?』
言ったのは、ネイトだ。彼は車の運転に集中している、暴走するトラックに追い付く程のスピードで走っている為、デバイスの使用に気を割いている余裕は無いのかも知れない。
「……」
裕介は、何も言わなかった。
『やめろ裕介、危険過ぎる!』
普段のネイトからは想像もつかない声色だった。どうやら、裕介が何をしようとしているのかが分かったらしい。
『裕介、まさか……ダメよそんな事!』
「これ以外に方法はねえだろ」
玲奈に止められても、裕介の決意は揺らがなかった。
『前にも言った筈だ、少しは自分の身の事も考えろ、そんな無謀な事……!』
「うるせえッ!」
裕介は、ネイトの言葉が終わるのを待たなかった。ネイトの言う事が間違っていた訳ではない、けれど、裕介はもう引き下がるつもりは無かった。
ジーノの事を、自分が死なせてしまった彼の事を、思い出していたのだ。
あの時は、何も出来なかった。自分の命を犠牲にして街を守ろうとしているジーノを前に、泣きながら引き金を引く事しか出来なかった。
けれど今は違う。裕介はもう、あの頃の無力な子供ではないのだ。
成長した分、RRCAエージェントとして戦ってきた分、昔の裕介には無かった物を備えている筈だ。
「危険だとか無謀だとか……んな言い訳並べて立ち止まってたら、何も救えやしねえんだよ!」
ジーノから、『父親』から教わった事を叫ぶように口にし、裕介はキャブからトラックの進行方向へと飛び降りた。
道路に降り立ち、すぐさま振り返る。トラックが裕介に向け、突っ込んできた。
デバイスを起動し、片足を下げて両手を広げた直後、トラックのキャブが裕介に直撃する。
「ぐうっ!」
裕介の体中を凄まじい衝撃が走り抜ける。自虐的で、無謀極まりない方法だった。
トラックを止める為、裕介が考え付いた苦肉の策。それは裕介自身がストッパーとなり、真正面からトラックを食い止めるという物なのだ。
もしも裕介が身体能力増強デバイスを使っていなければ、即死だったに違いない。
『裕介、裕介っ!』
ネイトの声に応えている余裕など、ある筈が無かった。声を聞き取れた事自体が奇跡のようにも思える。
「がああああああああッ……!」
全身の骨が、筋肉が、内蔵が、脳が、無造作に揺らされる感覚。痛いなどという段階は軽く超え、ただただ苦しかった。
それでも裕介は、トラックを食い止めて街を守るという使命感を失わなかった。




