CHAPTER-53
「トラックは無人だわ、だけど自動操縦で指定のポイントへ向かうようになってる……裕介、ネイト君、追跡して!」
数分前まで玲奈とメイシーしか居なかった第23オペレーティングルームには、沢山の少年少女達が集まっていた。
既に、事態は多くのRRCAエージェント達に通達されている。バルツァーによって放たれた無人トラック、そこに積まれているIMWは指定のポイントに到達すると同時に起動し、一般市民への無差別攻撃を始めるのだ。
何としてでも、食い止めなければならない。
『玲奈、トラックの自動操縦プログラムを中断させる事は出来ないのか?』
このような最中でも、ネイトの声は冷静だった。
その事は玲奈は既に思い当たっており、彼女は裕介とネイトと会話をしながらも、トラックを制御するコンピューターにアクセスしようとしていた。
警告音と共に、画面上に『ACCESS DENIED』の文字が表示される。
「……っ! 駄目だわアクセス出来ない、こんな強力なセキュリティーを用意していたなんて……!」
『バルツァーの野郎……!』
裕介が忌々しげに言ったのが分かる。バルツァーの知識網はIMW等の開発だけでなく、PC系統にまで及んでいたらしい。
「セキュリティーを突破する事は不可能じゃないけど、どう短く見積もっても10分以上は掛かるわ!」
『それでは間に合わないな。玲奈、命令プログラムの解析は?』
ネイトの問いに、玲奈は画面上に別のウインドウを表示した。そこには、彼女が解析したIMWへの命令プログラムの情報が書き出されている。
「命令内容はバルツァーの言った通り、一般市民への無差別な攻撃。指定ポイントはX-040768、Y-301894、アクアティックシティエリアDとEを結ぶ斜張橋の終着点よ」
トラックがその地点を通過した瞬間、IMWは一般市民への無差別攻撃を開始すると言う事だ。
ヘッドセット越しに、裕介が声にならない叫びを上げたのが分かる。
「一般市民が集まる時間帯を狙って攻撃が開始されれば、甚大な被害が出るわ!」
現在は昼間の時間帯で、斜張橋の交通量はピークと言っても間違いでは無い。さらに橋の上ならば逃げ場も無いだろう。
バルツァーはその事を視野に入れ、この場所を攻撃ポイントに選んだに違いなかった。
『玲奈、トラックの位置は!?』
玲奈は今度は、アクアティックシティの地図を画面上に表示した。中心に、トラックの位置が示されている。
「エリアDメインストリート……今第17ブロックを通過したわ、エリアE方向に向かって暴走中!」
『くそっ、急がねえと』
正に、一刻を争う事態だった。
『玲奈、交通規制とRRCA私設部隊の出動を要請してくれ。それから……』
「分かってる……!」
玲奈はネイトに返すと、後ろを振り返る。
直ぐにメイシーと視線が合った。彼女は携帯電話を耳に当てており、「お願いします、急いで!」と言う。
「玲奈、私設部隊出動の要請、完了したわ!」
直後、メイシーの隣に居た秀文が告げる。
「交通規制の要請も出しました」
2人に頷き、玲奈は再び画面に向かった。
キーボードを操作し、市長へと通信を繋ぐ。相手が応答すると、玲奈は直ぐに言った。
「こちらRRCAアクアティックシティ支部、緊急連絡です! 大至急アクアティックシティエリアD、及びエリアEの住民に避難命令を発令して下さい!」
◇ ◇ ◇
フロントガラスの速度表示は、130km/hに達していた。
制限速度を3倍近くも超過し、裕介は車を走らせている。傍から見れば正真正銘の暴走車両、サイレンを鳴らしていなければ間違い無く逮捕されるだろう。
「っく……!」
右足が痛む。エンニに手当てを受けたものの、水琴を庇う際に負った傷は完全に治っていない。
いや、治っていないのは足の傷だけでは無かった。裕介は本来、直ぐにでも病院にて治療を受けなければいけない状態なのだ。
だが、裕介は自分の身の事など僅かも気にしない。トラックを止める事、それこそが今の彼の最優先事項なのだ。
「よし、あのトラックだな……!」
かなり離れた位置ではあるものの、裕介は前方にトラックの姿を捉えた。
『警告、前方に障害物あり』
直後、車のフロントガラスに警告表示が現れ、同時に電子音声が告げる。
『危ない!』
「っ!」
玲奈に告げられた時、裕介は既にハンドルを切っていた。トラックに気を奪われていて、彼は前方を走る乗用車に気付かなかったのだ。
ハンドルを切るのがあと数秒遅ければ、車の衝突被害軽減ブレーキが作動していたに違いない。
「裕介」
ネイトが自身を呼ぶのが分かった、けれど裕介は答えない。
(くそ、痛みがぶり返し始めてきやがった……!)
手当てを受けて落ち着き始めていた体が、再び悲鳴を上げている。裕介はそれを確かに感じていた。
前方の乗用車に気付かない、そのような初歩的なミスを生んだ原因も、もしかしたらそこにあったのかも知れない。
『裕介、大丈夫なの!?』
痛みに荒ぐ裕介の呼吸が、玲奈の耳に届いたのかも知れなかった。
「っ……どうって事ねえ!」
本当は、限界が近かった。だが裕介は精一杯の虚勢を張り、そう答えた。
さらにアクセルを踏み込み、裕介は一気にトラックとの距離を詰める。接近してみると、遠目で見る以上にトラックは巨大なサイズの物だった。
(急いで止めねえと……!)
これほど大掛かりなトラックならば、積まれているIMWは相当な数の筈だ。もしくは、タカアシガニ型のような巨大で強力なIMWの可能性もある。
いずれにせよ、一刻も早く止める必要がある事は揺らがなかった。
速度を一気に上げて、裕介はトラックの隣に接近する。
(タイヤは……防弾タイヤか)
真っ先に浮かんだトラックを止める手段は、即座に却下される事になった。
専用の弾丸でもあれば別だったかも知れない、しかし裕介が所持しているのは対人用のショックウェーブ弾のみで、防弾タイヤを貫通する威力は備えていない。
『トラック、エリアD第3ブロックを通過……ポイント到達まで残り4分!』
時間はゆっくりと、だが確実に過ぎていく。
(乗り込むしかねえか……!)
裕介は次なる手段に打って出た。
ハンドルを切り、横から一気に車をトラックへ寄せる。
「裕介、どうする気だ?」
ネイトからの質問に、裕介は車のモニターを操作しつつ応じた。
「タイヤを撃ち抜けないなら直接止めに行くしかねえ。ネイト、ハンドルを頼む!」
車の天井が、後部座席側にスライドする形で開く。日差しと同時に凄まじい風圧が車内に流れ込み、裕介とネイトを覆い包む。
髪や衣服を靡かせながら、裕介は運転席から立ち上がる。自身の代わりにネイトが運転席に移り、ハンドルを握ったのを確認して、彼は開いた天井から身を出した。
イヤークリップヘッドセットが耳から外れそうになり、慌てて抑える。
「ネイト、もっと車を寄せてくれ!」
トラックのキャブを見つめつつ、裕介はネイトに言う。
ネイトの操作によって車はキャブに接近していき、次第に手の届く範囲まで距離を詰めた。
『裕介、気を付けて!』
裕介はデバイスを起動する、だが出力を極限まで抑えざるを得なかった。
一歩間違えば猛スピードで走行する車から転落し、道路に叩き付けられる状況。そうなれば、ただでは済まないだろう。
裕介は手を伸ばして、トラックのドアの取っ手を掴んだ。
「ふッ!」
デバイスによって増強された腕力を駆使し、裕介はドアをキャブから引き剥がした。周囲の状況を確認してからドアを投げ捨て、トラックのキャブへと飛び移る。
即座にモニターやハンドル、手動ブレーキを確認する、結果は絶望的だった。
「モニターは操作を受け付けないようになってる……ハンドルとブレーキも効かねえ!」
バルツァーの仕業に違いなかった。途中で妨害されないよう、トラックを止めたり行き先を変更する手段を根こそぎ破壊しておいたのだろう。
デバイスを使って多少強引な形でトラックを止める。その事も裕介の頭に浮かんだが、万全の状態ではない今の裕介では、それも不可能だ。
『……仮に止める手段があったとしても、これじゃ使えないわ』
『どういう意味だ? 玲奈』
ヘッドセット越しに伝わる、玲奈とネイトの会話。
『IMWの命令プログラムを解析したら分かったの。もし仮にポイントに到達する前にトラックが止められた場合、その時点でIMWは起動し、即座に攻撃を開始するように設定されてる!』
「な……」
それがどういう意味なのか、考える必要も無かった。
ポイントに到達すればIMWは攻撃を開始する、それを防ぐにはトラックを止める以外に方法は無い、かと言って止めればその時点でもポイントに到達した場合と同様、IMWが攻撃を始める。
「指をくわえてる事しか出来ねえってのかよ!」
トラックを止める、止めない。どちらを選んでも結果は変わらない。
先程、玲奈はポイント到達まで残り4分と言っていた。残り時間は恐らくもう、2分も無い筈だ。
轟音を立てて疾走するトラックの中で、裕介はタイムリミットが迫っているのを感じていた。




