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GLORIOUS DELTA  作者: 虹色レポートブック
EPISODE-01 "RETRIBUTION OF SADNESS"
52/93

CHAPTER-52

 

 工場には、沢山の少年少女達が集まっていた。

 皆腕にRRCAの腕章を付け、戦闘の爪痕が至る所に刻まれた工場内にて、それぞれの仕事に取り掛かっている。ある少年は現場の写真を撮影し、ある少女は人手が足りないと感じたのか、携帯で応援を要請している。そして数人の少年少女が水琴と、そして意識を取り戻したバルツァーを連行しようとしていた。

 そんな中、裕介は工場の壁に背を預けて座り込み、傷の手当てを受けていた。


「一先ずはこれで良し。けど、直ぐに病院で治療を受ける事。特にこの右足の傷はね」


 包帯や薬等の治療キットを片手に、エンニがそう告げる。

 事後処理の為に召集されたRRCAエージェントの中には、彼女も含まれていたようだった。エンニはグレードBながら医療知識に秀でており、負傷者の手当てを担当しているのだ。

 どこか素っ気無さを感じさせるエンニの性格とは裏腹に、彼女の救護の腕は確かな物だった。エンニから数分程度の処置を施されただけで、裕介は幾分体を動かしやすくなった。

 しかし、あくまで応急的な物。エンニに告げられた通り、裕介には本格的な治療が必要だろう。


「ありがとな、お蔭で大分楽になったわ」


「別に、これが仕事だから」


 裕介が感謝を告げると、2歳下の後輩は視線を外して素っ気なく言った。

 治療キットを全てケースに仕舞うと、エンニは立ち上がる。視線も合わせずに「それじゃ、私はこれで」と告げ、彼女は両端を結ばれた長い銀髪を揺らしつつ歩き去っていく。


「ああ、またなエンニ」


 座り込んだまま、裕介はエンニの小さな後ろ姿に言う。

 彼女は振り返らなかった。しかし裕介に背中を見せたまま、エンニは少しだけ手を振った。


『裕介、具合はどう?』


 裕介はゆっくりと腰を上げる。右足の傷が痛み、彼は一瞬だけ体をふらつかせた。


「とりあえず良好。エンニ様々だな」


 先程まで動けなかった状態だった事が嘘のように思える程、体が軽かった。

 腕をぐるりと回して、裕介は工場内を見渡す。数人のRRCAエージェントの少年少女が水琴を連行しているのが見えた。

 裕介は、彼女に駆け寄った。


「裕介君……」


 手錠で拘束され、俯いていた水琴が顔を上げた。彼女と、その周囲に居たRRCAエージェントの少年少女達が一旦、足を止める。

 裕介は、真っ直ぐに水琴の瞳を見つめた。

 水琴の表情には、不安な気持ちが浮かんでいた。彼女を励ましたい、元気付けたいと思った裕介は、口を開く。


「負けんな」


 たった数文字の言葉だった。

 けれど、裕介はその中に込めた。水琴を信じているという気持ちを、そして水琴が決して独りではないという事を知っていて欲しい、その思いを。

 水琴の表情から暗い色は消えなかった。しかし、彼女は確かに頷いた。

 そして裕介は、連れ出されていく水琴を見送った。


『立ち直れるよね……群崎さん』


 玲奈が言う。


「何も心配する必要なんて無いさ」


 遠ざかっていく水琴の後ろ姿を見つめながら、裕介は応じた。

 今後、彼女がどれ程の困難に直面する事になるのか、裕介には想像も付かない。だが、裕介は水琴を信じると決めていた。彼女ならば忌まわしい過去に打ち勝ち、正しい道を見つけ出せる――そう確信していた。


「ジーノの娘だぜ、水琴は」


 ジーノの優しさも、正義感も、強さも、彼の娘である水琴は受け継いでいる筈。裕介はそう思いたかった。

 水琴は自力でナノマシンの洗脳に打ち勝った、それが何よりの証拠だ。


「早く歩け!」


 少年の荒い声に、裕介は振り返る。手錠で拘束されたバルツァーが、数人の少年少女に囲まれて連行されていた。

 男の視線が、裕介と合わさる。


「勝ったつもりか」


 裕介は何も答えなかった。ただ、威圧的な眼差しをバルツァーに向け続けた。

 裕介がジーノを撃たなければならない状況を作り出し、しかも水琴を騙して洗脳したこの男。有無を言わさずに殴り倒してもおかしくない相手だった。しかし、裕介は手を出そうとはしない。

 彼が手を下さずとも、男は然るべき場所で裁きを受ける事になるからだ。


 すれ違う間際に、バルツァーが不敵な笑みを浮かべた。


(何だ?)


 拘束されている上に、幾つもの銃口を向けられている。今のバルツァーに成す術など無い筈なのだが、裕介は何か拭えない違和感を感じた。

 あの男は、何か隠し球を用意しているとでも言うのか。


『裕介、ネイト君、お疲れ様。後は他のエージェントに任せて、引き上げて大丈夫よ』


 玲奈の言葉が、右から左に抜けていく。

 バルツァーの浮かべた不敵な笑みが頭から離れず、裕介に言いようのない居心地の悪さを与えていたのだ。


「裕介」


 ネイトに声を掛けられて、裕介はようやく反応した。


「ああ」


 裕介は、ネイトと共に工場の入口へ向かう。

 工場の外にも多数のRRCAエージェントの少年少女達の姿があった。水琴は既に護送された後で、バルツァーがもう1台の護送車へと連れて行かれている。

 

(何だ、この嫌な予感……)


 足を止めて、裕介は眉をひそめる。

 ――まだ、終わっていない。何故か、そんな気がしてならなかったのだ。


『裕介、どうしたの?』


 玲奈の言葉の直後だった。

 突然、轟音が裕介の、そして周囲の少年少女達の鼓膜を揺らしたのだ。


「!?」


 振り返った瞬間、工場入り口付近の車庫から1台のトラックが、裕介が工場に侵入する際に目にしたあの大型トラックが発進し、猛スピードで迫って来た。


『危ない!』


 直ぐにデバイスを起動し、裕介はトラックの進行ライン上から飛び退く。

 トラックはかなりの速さで工場敷地内を走破し、裕介が後ろを振り返った時には既に殆ど見えなくなっていた。

 突然の出来事に、周囲が騒然となる。


「玲奈、今のトラックは……!」


『工場に侵入する時に裕介が見たトラックだわ、設定時刻が来たら自動走行するようセットされていたようだけど、何であんな物を……』


 ふと、裕介の頭に何かが引っ掛かった。

 ――あのトラックには……何が積まれていた?


「まさか……!?」


『っ!』


 玲奈も裕介と同じ事を考えたのだろう、彼女が声にならない叫びを上げたのが分かる。

 直後、バルツァーが笑い声を上げている事に裕介は気付いた。すぐさま、裕介は男に駆け寄った。


「何をする気だ!?」


 胸ぐらを掴み上げ、裕介は怒鳴った。

 バルツァーは全く動じる様子も無く、言い放った。


「これで……この街は終わりだ」


 その言葉だけで、バルツァーのしようとしている事が分かった。


「あのトラックには大量のIMWが積んである……トラックが指定のポイントに到達した瞬間、IMWは起動し、一般市民への無差別攻撃を始める」


「……!」


 裕介だけでなく、その言葉を聞いた全員が耳を疑っただろう。


「ポイント到達まで10分……もう、止められない」


 裕介は、バルツァーを地面に突き放した。

 ヘッドセットから、凄まじい速度でキーボードを叩く音が聞こえる。


『……トラックに積まれているIMWの命令プログラムを解析したわ。裕介、ネイト君、バルツァーの言っている事は本当よ!』


 それを聞いた瞬間、裕介はバルツァーの思考回路が分かった気がした。

 バルツァーの真の狙いは、組織を潰された事への復讐をする事では無く、このアクアティックシティに対するテロ行為だったのだ。反アクアティックシティ過激派組織、ゾンネの残党だったバルツァーならば、十分に有り得る。


「くそっ!」


 吐き捨てるように叫ぶと、裕介は門の側に停めてあった自身の車に駆け寄った。

 その最中、裕介はネイトを振り返る。


「トラックを追うぞ、急げ!」


 エンニによる手当てを受けていても、裕介の体は傷だらけなのだ。デバイスを使う事は負担が大き過ぎて出来ない、ならば車で追うしか無い。


『けど裕介、今の裕介の状態じゃ……!』


 玲奈が裕介を引き留める。

 彼女は自分の身を案じてくれているのだと分かった。


「んな事言ってる場合じゃねえだろ!」


 玲奈の言葉を遮り、裕介は声を張り上げた。

 どれだけ危険かは、自分自身が一番分かっていた。しかし裕介はもう、引き下がるつもりは無かったのだ。


「ネイト、早く乗れ!」


 ネイトが車に乗るのを確認した後、裕介は運転席に乗り込んだ。

 動力を起動し、すかさずダッシュボードに備え付けられたパネルを操作する。


『マニュアル運転に切り替えます』


 現れたハンドルをぐっと握る。ふと裕介は、数日前の出来事を思い出した。

 車に乗って登校する時の、玲奈との会話だ。


“オート運転にばっか頼ってたら腕が鈍るだろ? いずれオレの運転技術が役立つ時が来るかもしれねえしさ”


 他愛もない会話のつもりだった事を覚えている。

 けれど、今は正しくその時だった。


(まさか……こんな早くに来るなんてな)


 ほんの数秒間、運命の悪戯を呪い――裕介はアクセルを踏み込んだ。

 彼とネイトが乗る車が、先程のトラックに負けず劣らないスピードで進んでいく。






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