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GLORIOUS DELTA  作者: 虹色レポートブック
EPISODE-01 "RETRIBUTION OF SADNESS"
50/93

CHAPTER-50

 

 未だに途切れ途切れだが、意識は戻りつつあった。

 体中の感覚が戻りつつある。衣服に覆われていない手が、工場の床の感触を直に感じ取っているのが分かる。

 その身を起こそうと試みる。だが強引に気絶させられたダメージは思った以上に深刻で、動けない。全身が石に変じてしまったかのように重くて、指先を微かに動かす事が精一杯だった。

 

 自分は、まだ生きているのか? 

 まず初めに、裕介はそう疑問に思った。そして自分が間違いなく存命である事に気付き、更に疑問を重ねる。

 何故? 気絶させられた以上、裕介はもう無力だった筈だ。殺したい程憎んでいる相手を完全に追い詰めておきながら、彼女は止めを刺す事を躊躇したのか?

 水琴は……彼女は何処に居る?

 その時、男の声が裕介の鼓膜を揺らした。


「私があのような状況を作らなければ、そのガキはお前の父を撃たずに済んだ……つまり、お前の父を殺したのは、私だとな」


 機械的な口調の中に悪意が滲む声、混濁する意識の中でも、それは間違いなくバルツァーの口から発せられた物だと分かった。

 

「っ、そんな……!」


 今度は、水琴の声だ。

 だが、それまで裕介に向けられていた憎しみは全く感じられず、代わりに恐怖が内包されていた。

 バルツァーと水琴が、何か会話をしている。


「全く……馬鹿な奴だ!」


 バルツァーが、水琴を罵倒している。

 状況が分からなかった。一体、どうなっているのだろうか――間を挟み、バルツァーの言葉は続いた。


「親子共々私の手で死ぬとは、皮肉な事だな」


 その後に、今度は水琴の声。


「……だ、いやだよ……!」


 彼女の声が、涙に震えている。

 目で見ていない以上、詳しくは理解出来ない。だがある程度、裕介は推測する事が出来た。

 今バルツァーの殺意は自分ではなく、水琴に向けられている。何故なのかは分からない、もしかしたら、水琴はどうにかして洗脳ナノマシンの支配から逃れ、理性を取り戻した――そして彼女は、バルツァーの命令を拒んだのかも知れない。

 恐らくバルツァーは、ジーノの娘である水琴に対しても憎しみのような感情を抱いている筈だ。先程の言葉から考えても、バルツァーが水琴を殺そうとしているのは間違いない。


「ぐ……っ……!」


 バルツァーを止めなければ。水琴を守らなければ――裕介は必死に起き上がろうとするが、体が言う事を聞かない。首を絞められる以前にも、水琴から立て続けに攻撃を受けていたのだ。考えてみれば、生きている事自体が奇跡なのかも知れなかった。

 このままでは彼女が、水琴が殺されてしまう。何としてでも、それだけは食い止めたかった。食い止めなければならなかった。


『裕介!?』


 ヘッドセットから玲奈の言葉が聞こえた、裕介が意識を取り戻した事に気付いたのだろう。しかし応じている暇は無かった。

 裕介の今の最優先事項は、水琴を救う事なのだ。

 ここで彼女を救えなければ、ジーノの時の悲劇を繰り返してしまう気がしていた。そんな事は、絶対に現実にしてはならない。


「ぐ……うっ……!」


 動け……動け! 歯を食いしばり、裕介は体を従わせようと試みる。だが、虚しくも体は動かなかった。


「だが、お前の死は誰にも惜しまれない。父親と違ってな」


 もう、一刻の猶予も無い。

 

「お前の父は勇敢だった。勇敢で……そして馬鹿な男だった」


(――!)


 その言葉を聞いた瞬間、裕介は頭が真っ白になるような感覚になる。

 今……バルツァーは何て言った? 答えは明確だった。あの男はジーノを死に追いやった上、裕介の眼前でジーノを侮辱した。

 焦りに満たされていた裕介の感情が、一瞬の内に怒りへと上書きされる。

 皮膚が裂けて血が滲み出るような気がする程に、裕介は拳を握る。

 

「他人を守る為に、自分の命を無駄にするとはな!」


 その言葉を聞いた瞬間、裕介は床を勢い良く突き放した。それまで動かなかった筈の体が、簡単に動いた。

 デバイスを起動する、出力はこれまでと比べ物にならない程に大きかった。70%……80%……もしかしたら、100%まで引き上げていたかも知れない。これ程の出力を出したのはいつ以来か、思い出す事も出来ない。

 自分の足が工場の床を踏み砕くのが、裕介には分かった。もしかしたら凄まじい叫び声を上げていたかも知れない。

 怒りに我を忘れる、とは今の自分のような状態の事を言うのか。バルツァーとの距離を一気に詰めながら、その顔面に向けて自らの拳を振り上げながら、裕介はそんな事を思った。


 ――そして気が付いた時、裕介の数メートル先にはバルツァーが倒れていた。バルツァーの折れた歯が周りに数本落ちていて、男は途切れ途切れに意味を成さない言葉を発しながら、恐らく気を失っていた。

 手加減するだけの理性は、裕介にはまだ残っていたらしい。

 

「お前に……」


 両肩を大きく上下させつつ、裕介は声を発した。


「お前なんかに……!」


 ジーノの事を、自身が父親のように慕っていた男性の事を思い出しながら、裕介は言う。


「お前なんかに、ジーノの事が分かってたまるか!」


 バルツァーから返事は無かった。いや、裕介の渾身の一撃を喰らわされた以上、もう言葉を返せる状態では無かったのだろう。

 数秒荒ぐように呼吸した後で、裕介はその場に膝を崩した。

 限界が近い、全身がそう告げていた。本来起き上がるのも困難になるようなダメージを負っていながら、今の一撃を繰り出す際にさらに無理をした。裕介は、自分の体を酷使し過ぎたのだ。


「裕介!」


 ネイトの声だ。

 視線を向けなくても、彼が自身に駆け寄るのが裕介には分かった。


「ディンゴの奴は、どうしたんだよ?」


 ネイトが近付くのを待ち、裕介は問う。声は出せたが、ネイトと視線を合わせる事は出来なかった。


「……逃げられた」


 そう告げるまで一時の間があったのを、裕介は見逃さなかった。


「お前らしくもないな」


 他意を含めた言葉を、裕介は返す。


『裕介、大丈夫!?』


 玲奈に尋ねられ、裕介は出来る限り平静を取り繕って答えた。


「ああ……元気満々さ」


 玲奈にもネイトにも、こんな誤魔化しは通用しないだろう。

 傷の手当ては必要だったが、それ以前に裕介はまず休みが欲しかった。

 バルツァーは倒した、水琴も助けられた。ネイト曰くディンゴには逃げられたとの事だったが、これで一旦ミッションは終了、裕介はそんな気がしていた。


『あっ!?』


 だから、玲奈がそんな声を出すなどとは思わなかった。

 返事する間もなく、言葉は続けられた。


『裕介、郡崎さんが危ない!』


「!」


 何故、どうして。

 水琴は助けた筈、ジーノの大切な娘である彼女に、もう危険は及ばない筈。これ以上、水琴が悲しい出来事の犠牲になる事など、有り得ない筈なのに。

 弾かれるように振り返った裕介は、目の当たりにした。

 倒したと思っていたバルツァーが、上半身だけを起こしていた。

 その手に握られた銃口の先に、水琴が居る。


「貴様……だけは……!」


 機械的な喋り方をしていたとは思えない、鬼気迫る雰囲気を帯びたバルツァーの声。彼にとっては、水琴も復讐の対象なのだ。満身創痍になりながらも殺したい、憎悪で塗り固められた執着心を向けるに値する、そんな存在なのだ。


「くそっ!」


 裕介は無理矢理に体を従わせ、再びデバイスを起動し、水琴の元へ走り寄る。玲奈とネイトが何か言った気がしたが、もう耳に入らなかった。

 

(間に合え……!)


 バルツァーが引き金を引いた。

 発射直後に弾丸は拡散し、幾つもの小型弾丸へと姿を変え、数十、若しくは百に達するであろう数で水琴に迫る。

 裕介は、辛うじてその間に入った。

 誰が見ても裕介に危機が迫る状況となり、彼の超感覚が発動する。

 時間の流れが一気に遅くなり、数えるのも馬鹿らしくなる弾丸が迫って来るのが、裕介にははっきりと分かる。けれど、彼はそんな物には僅かも視線を向けようとしない。

 裕介の目は、水琴だけを映していた。 


「水琴!」


 自分の身の事など、欠片たりとも頭に無かった。

 水琴を助ける事。それこそが、裕介にとっての最優先事項だったのだ。






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