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GLORIOUS DELTA  作者: 虹色レポートブック
EPISODE-01 "RETRIBUTION OF SADNESS"
49/93

CHAPTER-49

 銃を向けられた水琴は、ただ座り込む事しか出来ない。

 バルツァーは空いた手でポケットを探り、ナノマシン制御装置を取り出した。そして男は装置を操作し、ボタンを押す。

 水琴の体を、電気が走り抜けるかのような衝撃が襲う。


「ぐっ!」


 耐え切れずに、床に崩れ落ちる水琴。気を失いそうになった瞬間、水琴は自分の頭が踏み付けられたのが分かる。


「自力で洗脳ナノマシンの支配から逃れるとは、予想外だった」


 感情の感じられない、機械的で冷徹な声。

 視線を動かすと、バルツァーが見下ろしていた。


「身体能力増強ナノマシンは停止した。これでお前はもう、ただの無力な人間という訳だな」


 自分の手の中の装置を見せ付けるようにしながら、バルツァーは言った。

 水琴が戦闘スーツを使いこなして驚異的な強さを発揮出来るのは、彼女の体に注入された薬剤、そしてナノマシンの作用があっての事だ。薬剤に比べて、ナノマシンはとりわけ重要な役割を担っており、それが停止された今、バルツァーが言った通り、水琴はもう普通の少女だ。

 だから、バルツァーに何をされようとも、反抗する力など無い。


「ぐふっ!」


 水琴の腹部に蹴りが入る。憎しみをぶつけるかのような容赦の欠片も無い一撃に、水琴は細い体を折り曲げた。赤みの強い茶髪が乱れ、床に広がる。


「水琴、施設からお前を救ってやったのは誰なのか、忘れたか?」


 男からの質問に、水琴は答えなかった。いや、答えられなかったと言った方が正しい。

 彼女に出来たのは、呻くような声を発する事だけだ。


「うっ……」


 苦しみの中、水琴は思い返す。

 それは何年も前に遡り――父を失った水琴は、身寄りのない子供達を保護する施設へと送られた。施設での暮らしは、何ら不自由は無かった。食事も十分に与えられたし、施設の大人達も水琴に優しく接してくれたから。

 けれど、どんな事も水琴の心に空いた穴を埋める事は出来なかった。

 父を失い、そして唯一出来た友達である裕介にも、深い疑念を抱いてしまったからだ(施設に送られた頃、水琴は既に事件の詳細を聞かされており、裕介が父を死なせた事を知っていた)。

 2人の大切な人を、1度に失ってしまった。いや、まだ水琴はその時、裕介を信じようと考えていた。彼が父を死なせるだなんて信じられない、もし本当だったとしても、恐らく何か理由があったのだと。だからもう1度、水琴は裕介と会いたかった。もう1度会って、そして彼の口から本当の事を聞きたかったのだ。

 けれど、施設に入ってからもう、水琴が裕介の顔を見る事は無かった。代わりに、その男が現れたのだ。

 水琴の父親、ジーノ・カルデローネの友人だと言うその男は、ルドルフ・バルツァーと名乗った。そして、男は今日から自分が君の面倒を見る――水琴にそう告げた。

 正直、水琴は警戒した。何処の誰とも分からない男の言葉など、怪しくて受け入れ難かったから。

 

“逢原裕介君に会わせてあげる”


 しかし、バルツァーのその言葉が、水琴から不信感を消し去ってしまった。

 父を亡くした水琴にとって、裕介は唯一の拠り所とも言える存在だったのだ。父の友人だと言うし、裕介の事も知っている。この男性は信じてもいい、水琴はそう思った。

 そう、思ってしまった。

 男が、復讐の道具として自分を利用しようとしている。そんな事は、夢にも思わずに。


「何だ、その目は」


 ナノマシンによる支配から解かれ、正常な思考を取り戻した水琴。今の彼女は、バルツァーが自分にした事が理解出来ていた。

 この男は、自分を利用したのだ。洗脳ナノマシンによって水琴の正常な思考を奪い、裕介に対する恨みや憎しみが充満した状態の、凶悪な人格を水琴に植え付けた。

 アジュールというもう1人の自分を作り出し、自分に裕介を傷付けさせた男。水琴は、男を赦せなかった。

 男の蹴りが、水琴の側頭部を捉える。


「ぐっ!」


 水琴の体が、床に叩き付けられる。睨み付けるという抵抗すらも、水琴には許されなかったのだ。


「ああ、最後に教えておいてやる」


 朦朧とする意識の中で、水琴はどうにかバルツァーに視線を動かした。銃口が向けられている。


「そのガキが言っていた事は、本当だ」


「!」


 バルツァーの言葉が何を意味するのかを、水琴は直ぐに理解出来た。


「あの時、私はお前の父親……ジーノ・カルデローネに抑え込まれたが、同時にIMW制御装置を撃てば、お前の父を撃ってしまう状態に持ち込んだ……まさかあのガキが仲間もろとも装置を撃つとは思わなかったが、こうも考えられるな」


 既に、水琴の頭の中では全ての事柄が形になっていた。

 バルツァーは、水琴を嘲笑うかのような表情を浮かべて言う。


「私があのような状況を作らなければ、そのガキはお前の父を撃たずに済んだ……つまり、お前の父を殺したのは、私だとな」


「っ、そんな……!」


 水琴は確信した。確信、せざるを得なかった。

 この男は自分から父を奪っただけでなく、自分を騙して洗脳し、父と同じくらい大切だった少年を傷付けさせた。

 水琴は、バルツァーによって何もかも全てを奪われたのだ。


「全く……馬鹿な奴だ!」


 容赦無く投げ付けられる、侮辱の言葉。悔しさと悲しみが、水琴の瞳に涙を浮かばせる。

 バルツァーに飛び掛かりたかったが、そんな力は残っていなかった。水琴に出来たのは、残酷な運命を目の当たりにしつつ男の言葉を聞く事だけだ。

 水琴を救う者は、そこには誰も居なかった。

 裕介は未だに気を失っている。だが、仮に彼が万全の状態であったとしても、自分を助けてはくれないだろう――水琴はそう感じていた。

 沢山の酷い事を言い、あれ程までに傷付けてしまった。洗脳ナノマシンによって正常な思考を奪われていた、そんな事は理由にもならない。


(裕介君……)


 心の中で、彼を呼ぶ。

 赦してもらおうなどとは思わなかった。だが、水琴はせめて裕介に謝りたかった。


「親子共々私の手で死ぬとは、皮肉な事だな」


 再び銃口を向けられ、水琴は恐怖に表情を染めた。

 

「……だ、いやだよ……!」


 涙が、止められない。

 死ぬ事が怖いのか、そうでは無い。せめてもう1度、水琴は裕介と話がしたかったのだ。

 だが、自分にそんな事は許されない、許される筈が無い。水琴は分かっていた、これは言わば天罰、愚かな自分に課せられた当然の報いなのだ。


「だが、お前の死は誰にも惜しまれない。父親と違ってな」


 確かに、その通りだ。

 反論すら出来ない事が悲しくて、水琴は固く閉じた目から涙を溢れさせる。


「お前の父は勇敢だった。勇敢で……そして馬鹿な男だった」


 バルツァーの指が、銃の引き金をゆっくりと、しかし確実に引き始めるのが分かった。

 

「他人を守る為に、自分の命を無駄にするとはな!」


 バルツァーが銃を握る手に力を込めるのを、水琴は確かに見届ける。

 それと同時に、轟音が鳴り渡った。






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