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GLORIOUS DELTA  作者: 虹色レポートブック
EPISODE-01 "RETRIBUTION OF SADNESS"
47/93

CHAPTER-47

「何……?」


 驚きを隠さないディンゴ、対してネイトはいつも通り、冷静さを醸す面持ちで立っている。

 本来、デバイスを破壊された時点で勝負は決した筈だった。武器を失えば丸腰と同じ、ディンゴの化物じみた攻撃から逃れる術など無いのだから。

 だが、ネイトは確かに無傷の状態であり、さらに彼の前方――ディンゴが居る周囲の地面が抉り取られて水が溢れ、広範囲に渡って『氷』に覆われている。


「次は、確実に仕留める」


 そう宣言するネイトの腕には、二つのデバイスが装着されていた。どちらも、彼が使っていた重力操作デバイスとは違う。

 

「地中のパイプを破壊して水を噴出させ、冷気操作デバイスで凍らせたって事か。逃げ道を塞ぐと同時に、足元を凍らせて俺を転ばせようって魂胆かァ?」


 ネイトは答えない。彼は既にもう一つのデバイスを起動し、次なる攻撃を繰り出す体制に入っていた。

 彼の片手に青色の雷が迸る。その瞳はエメラルドグリーンに変じていて、ネイトの脳がデバイスと接続され、制御している事の証だった。

 冷気操作デバイスと共にネイトが装着しているのは、電撃操作デバイス。装着者に電気を発する、さらにそれを操る能力を与えるデバイスだ。

 ディンゴが、睨み付けながら言う。


「しかし、信じられねェな……」


 電撃が大きさを増していく――これから電撃による攻撃が自身に放たれようとしているにも関わらず、ディンゴは嫌に冷静だった。


「全てのAタイプデバイスを使いこなせる奴、アブソリュートユーザーは世の中には大勢居る。だが……」


 ネイトは意に介さず、攻撃の準備を進める。

 発生した時は小さかった電撃は既にかなりの大きさになっており、即座に放ってもかなりの威力を伴うだろう。


「二つのデバイスを同時に使ってるって事はお前、デュアルユーザーでもあるだろ? アブソリュートユーザーでありながらデュアルユーザーでもある……そんな奴は天文学的確率でしか生まれねェ筈だ」


 確かに、ネイトは先程ディンゴに対して二つのデバイスを同時に使っての攻撃を繰り出した。

 冷気操作デバイスによって逃げ場を塞ぎ、電撃操作デバイスによって攻撃を仕掛ける。結果的に仕留め損ねたものの、常人にはまず逃げられないであろうし、喰らえばひとたまりも無い攻撃だ。

 人が持っていない超常的な能力を装着者に与える、Aタイプのデバイス。

 原則として1人に1種類、適合した物のみが使用可能という制限があるが、アブソリュートユーザーと呼ばれる特殊な人間はその限りでは無く、全てのAタイプのデバイスと適合し、(訓練を要するものの)扱う事が出来る。

 さらに、これはIタイプのデバイスにも当てはまる事だが、デバイスは1度に一つしか使用出来ない。故に複数の同種のIタイプのデバイスを同時に起動し、効果を高めるという事は不可能である。

 ――だが、この点に関しても『例外』が存在する。

 ディンゴの口にした、『デュアルユーザー(DUAL USER)』と呼ばれる人間。彼らは1度に複数のAタイプデバイスを使用する事が可能だ。同じ種類のデバイスを複数使用し、単純な破壊力を高めるという事が可能である。


 そう、ネイトはアブソリュートユーザーであり、同時にデュアルユーザーでもあるのだ。

 だから彼は双方の利点を併せ持ち、種類の異なるデバイスを同時に複数扱う事が可能である。

 

「……」


 ネイトはディンゴを注視していた。その片手では電気がバチバチと瞬き、放たれる時を待っている。

 しかし、ただ狙い撃っても避けられるのが目に見えている。どう攻撃を仕掛けるか、ネイトは思考を巡らせていた。


「人為的に遺伝子を弄られでもしねェ限り、な」


 ディンゴは余裕だ。逃げようとも、構えを取る様子も無く、彼はただネイトに向かって言葉を紡ぐのみ。


「……さっき初めて顔を見た時から思ってたが」


 電撃がネイトの髪を、服を靡かせる。そして、猟犬の名の下、若くして数多の犯罪に手を染めてきた少年の口から、予期せぬ言葉が発せられた。


「まさかお前、『エヴァンズプログラム(EVANS PROGRAM)』の生き残りか?」


「!?」


 驚愕から、微かにネイトの表情が変わる。

 会話に専念する、そう意思表示するかのように、その手から電気が消失した。


「何故、その言葉を知っている?」


 問い掛けても、返事が来る筈など無かった。

 ディンゴが片手で顔を覆う。そして、狂気の笑みを浮かべ始めた。


「まさか、こんな所で会えるなんてなァ」


 徐々に顔を上げていくディンゴ。やがて、その前髪から覗く冷たい瞳が、ネイトの顔を映した。


「嬉しいぜ……心底な」


 

 ◇ ◇ ◇



 裕介の首を掴む水琴、彼女の腕を掴み返して強引に引き剥がす事も可能だった。

 しかし裕介には、その選択肢は無かった。それをした所で、彼女は救われないのだと分かってしまったから。

 ジーノの贖罪、だなんて言い方をするつもりは無い。しかし、どうあろうとも自分は彼女を助けなければならない。裕介はそれを理解していた。


「知らねえのか水琴……そいつは、ジーノを死なせた奴だ……!」


「パパを殺したのは、あなたでしょう」


 水琴は即答した。その言葉には感情が感じられず、まるで機械が喋っているかのよう。ナノマシンによって洗脳され、完全に意識を奪われているのだ。


「確かに……直接死なせたのはオレだ、だがそいつは……バルツァーはゾンネの幹部だった男だ、あの作戦の時……オレとジーノを罠に掛けた奴なんだぞ!」


 水琴の背後で、バルツァーは笑みを浮かべている。

 凄まじい怒りが込み上げる――あの男は、裕介がジーノを撃たなくてはならない状況を作り出し、そしてジーノの娘、水琴を自身の復讐の道具にしたのだ。


「そいつが言っている事は嘘だ。さあ……殺せ水琴」


 バルツァーが命じると、水琴は裕介の首を絞める手に力を込めた。


「ぐっ……!」


 視界が揺らぎ、目の前の水琴の顔も不鮮明になる。

 もうすぐ、声も出せなくなる――その前に水琴を、彼女を説得しなくてはならなかった。


「思い出せよ……水琴」


 絞り出した声は、まるで優しく語りかけるような物だった。


「ジーノとの……父さんとの思い出は、そんな奴に踏み躙られちまう程度の物だったのかよ?」


「……!」


 仮面を被ったようだった水琴の表情が、微かに緩んだ気がした。

 しかし、彼女は手を裕介の首から放そうとはしない。


「今のお前の姿を見て、ぐっ……ジーノが喜ぶと思うか?」


 自分の身を気にせず、裕介は呼び掛ける。

 いつの間にか、再び瞳に溢れた涙が、裕介の視界を潤ませる。

 首を絞められて涙が出たのか、違う。どうして涙が出るのか、裕介自身にも分からなかった。

 

「水琴っ……!」


 哀願するように、彼女の名を口にする――それが、最後の言葉になった。

 次の瞬間、切断されたように意識が遠のき、同時に首が解放される。裕介は、自分の身が床に崩れ落ちるのを感じた。

 視界が闇に覆われていく中、イヤークリップヘッドセットから玲奈の声が聞こえ、そして水琴の顔を見た気がした。どんな表情だったかは、分からない。



 ◇ ◇ ◇



 床に伏した裕介を、水琴は見下ろしていた。

 意識を失った裕介を目の前に、何の感情も湧いてこない。


「よくやった水琴、上出来だ」


 バルツァーの言葉が、右から左へと抜けていく。ただ、男が嫌に上機嫌な事だけは分かった。


「さあ……仕上げだ」


 押し付けるように、男が銃を差し出してくる。それは散開発射される特殊弾丸が装填された拳銃で、至近距離から撃てば人間はまず助からないであろう武器だ。

 

「お前の手で止めを刺すんだ。そいつを撃ち殺せ、水琴」


「……はい」


 早く取れ、と言わんばかりに突き出された凶器を、水琴は受け取った。

 安全装置を解除して弾丸を装填し、彼女は銃口を裕介の頭に向ける。

 首を絞めて意識を奪い、うつ伏せに倒れている裕介は今や単なる的に過ぎない。水琴が発砲すれば、瞬きする間も無く裕介は砕け散るだろう。


「さようなら……裕介君」


 誰にも聞こえない、自分にしか分からない程の恐ろしく小さな声で、水琴は裕介に別れを告げた。

 そして、彼女の細い指が引き金に掛けられる。






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