表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
GLORIOUS DELTA  作者: 虹色レポートブック
EPISODE-01 "RETRIBUTION OF SADNESS"
44/93

CHAPTER-44

 

 第23オペレーティングルームにて、玲奈は驚きに目を見開き、耳を疑っていた。その理由は、ヘッドセットを通じて彼女の耳に届いた裕介の言葉。


 “オレはジーノを、お前のお父さんを……殺した”


 裕介は、水琴に対してそう言った。

 玲奈の記憶では、ジーノとは裕介が父親のように慕い、彼に沢山の事を教え、今の裕介を作ったとも言える人物。そのジーノを、言葉では表せないような多大な恩を受けた男性を、裕介は自分の手で殺したと言っているのだ。

 これまで幾度も共にミッションに臨み、玲奈は裕介の事をしっかりと見てきている。彼はいつも強い正義感の元で行動し、沢山の人々を助けてきた。故に裕介が恩人の命を奪うような事をするとは、玲奈にはとても思えない。しかし、受け入れる以外には無かった。他でも無い裕介自身が、言ったのだから。


「どういう事……?」


 玲奈の気持ちを代弁するように、メイシーがそう言った。

 本当ならば玲奈も裕介に問いたかったが、そうはしなかった。裕介は今、水琴と向き合っている。水を差すような事は出来ない。

 だから玲奈がする事は、ただ一つ。


(裕介……)


 間違いである事を、或いは何か理由がある事を哀願しながら。彼を、自分の同僚であり、仲間であり、友人でもある裕介を、ただ信じ続ける事のみ。


 

 ◇ ◇ ◇



 自分の罪を告げた後、裕介はそれ以上続ける言葉は無かった。

 水琴の方を向く事も出来ず、ただ体の痛みに耐えながら、苦しげな声を発する事しか出来ない。


「見てよ、裕介君」


 悲鳴を上げる体を強引に従わせ、裕介は地面に伏せたまま、どうにか水琴に視線を向ける。

 水琴が戦闘スーツの腕部分を操作する、すると袖を捲るかのように腕部分のスーツが肘方向に収納され、彼女の白い腕が姿を見せた。


「……!」


 ――水琴の腕には、無数の注射針の跡が残されていた。到底数え切れるような物では無く、遠目で見れば赤い刺青を入れているようにすら思えるだろう。

 

「あなたに復讐するために……わたし、自分の体をボロボロにしたんだよ。ナノマシンや薬剤を沢山注射して、あなたに勝てるだけの強さを……このボディスーツを使いこなせる体を手に入れたの」


 自身の腕に刻まれた痛々しい跡を見つめながら、水琴は語る。

 身体能力を引き上げる戦闘スーツは、装着者の体に多大な負担を強いる事が多い為、そのままで使いこなす事は難しい。水琴のような少女の場合は尚更だ。

 だから水琴は、解決策を案じた。そして彼女は選んだのだ、肉体改造という形で寿命を縮めてでも、裕介に復讐するだけの力を手に入れる――そんな自虐的で、破滅が約束された道を。


(まさか……!?)


 思い当たった裕介は、戦いを傍観するように立っているバルツァーの方へ視線を向ける。

 男の口元に笑みが浮かんだのを、裕介は見逃さなかった。


(あいつが仕組んだのか……!)


 バルツァーは、ゾンネのメカニックだった男。水琴が自身の体に注射したという薬剤やナノマシンは、あの男の手によって用意されたのだと裕介は理解する。


「だからもう、わたしはきっと長くは生きられない……でもいいの。裕介君を殺したら、わたしも死ぬつもりだったから」


「! 何でだよ……!」


 裕介が問うと、水琴は笑みを浮かべた。可憐な笑顔の裏には、尋常ならざる感情が蠢いているように思える。


「だって、裕介君を殺せばもう、わたしに生きてる理由なんて無いじゃない? ママは小さい頃に死んじゃって、パパも居ない……そして裕介君も居なくなれば、この世にはわたしの大切な人なんて、1人も居ないもの」


 水琴の言葉の意味を裕介は理解する、同時に困惑した。

 すると水琴は、裕介の抱く疑問を解決する、明確で簡潔な言葉を発する。


「わたしは裕介君に感謝してたんだよ、パパと同じくらいね」


「何……?」


 理解出来なかった。水琴は裕介に激しい憎しみをぶつけ、殺そうとまでしていた筈だ。それなのに感謝しているとは、どういう事なのだろう。

 地面に伏す裕介の側で、水琴が膝を折った。彼女は殺そうとしている相手を覗き込むように、顔を近づけてくる。


「裕介君、覚えてる? わたしとあなたが初めて会った日の事」


 予想だにしない質問だった。

 何故そんな事を尋ねてくるのかは分からなかったが、嘘偽りなく裕介は答える。


「覚えてるさ。ぐっ……泣いてたろ、お前」


 体の痛みで、思うように声を出せなかった。

 裕介は、確かに覚えていた。もう何年も前の事だったけれど、水琴と初めて会った時の事を、鮮明に。

 

「そう、わたしはあの日……男の子達に虐められて、パパに貰った大切な髪飾りを木の枝に引っ掛けられた。わたしにはとても登れない高さだったし、髪飾りを置いていく事も出来なくて、途方に暮れて、ただその場で泣きじゃくる事しか出来なかった」


 自分と彼女が邂逅した時の事を語る水琴、裕介は自分のポケットの中に、まだ彼女の髪飾りが入っているのを思い出す。


「そしたら裕介君、わたしに話し掛けてくれて……助けてくれたよね。あなたは木に登って、髪飾りを取ってくれた」


 先程までの憎しみを吐き出すような口調からは一変して、水琴の声は穏やかだった。懐かしい思い出を語るように、そこには楽しさすら垣間見える。

 裕介も、覚えていた。

 あの日、泣いていた小さな水琴。同じくまだ小さかった裕介は、震えるその背中に声を掛けた。そうしたらその女の子――水琴に、『ほっといてよ! あなたには関係無いじゃない!』と拒絶された。

 いきなり怒鳴られて少し戸惑ったけれど、木の枝に引っ掛った銀色の何か――水琴がジーノから贈られた、大切な髪飾りを見つける。そして裕介は、女の子が泣いている理由を察した。


 “あれ、お前のか?”


 裕介がそう問い掛けても、水琴は顔も見てくれなかった。ただ涙声で、『だったら何なのよ、あっちに行ってよ……!』と投げ付けるように言うだけだった。

 初めて会った女の子に拒絶され、悲しくなる――けれど、裕介はそれ以上に、その女の子を助けたかった。


 “ちょっと待ってろ”


 そう告げて、裕介は木を登り始める。水琴がびっくりしたように、『ちょっと、危ないよ!』と声を掛けてくるが、構わずにどんどん上の方へよじ登っていく。

 そして、裕介は枝に引っ掛かった髪飾りに手を伸ばす……途端、彼が足場にしていた枝が折れる、裕介の体は周囲の枝や木の葉を派手に散らしながら、数メートル下の地面まで落下する。

 打ち付けた背中をさする裕介に、水琴が駆け寄ってくる。そして彼は彼女に向かって微笑み、


“ほら、これ大事な物なんだろ?”


 裕介の手の中には、水琴の髪飾りが陽の光を受けて輝いている。

 それを受け取る時の彼女の顔には、確かに笑みが浮かんでいたのを覚えている。


「わたし、嬉しかったんだよ。陰気で虐められっ子で友達も居なかったわたしに、初めて優してくれる子が現れて……パパ以外で、自分の為にこんなに体張って、助けようとしてくれる人が居たんだって。本当に涙が出そうになった」


 ただそれだけを聞けば、何の悪意も感じられない。けれど、事情を理解している裕介には違う。

 水琴の表情が、次第に怒りに染められていく。憎しみの眼差しが、裕介を射抜く。 


「それなのに……それなのに!」


 そう発した時の水琴に、もう笑顔は無い。


「ぐふッ!」


 腹部に衝撃が走る、水琴の蹴りが入ったのだと裕介は理解する。


「あなたも結局一緒だった! ううん、わたしを虐めた男の子達以上に、最低な酷い子だった!」


 苦しみの中で、裕介は確かに水琴の吐いた毒を聞き届けた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ