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GLORIOUS DELTA  作者: 虹色レポートブック
EPISODE-01 "RETRIBUTION OF SADNESS"
43/93

CHAPTER-43

 ディンゴとバルツァーに視線を向けたまま、裕介はデバイスを起動する。

 隣に立っているネイトも、そして敵対する3人――水琴もディンゴも、そしてバルツァーも攻撃を始める様子はまだ無い。だが、いつ交戦状態に移行するとも分からない状態だ。


「ハッ、虫が2匹に増えたか」


 笑みと共に言うと、ディンゴはカーネイジイーグルを仕舞った。だが油断など全く出来ない、銃など使わずとも、彼はデバイス無しで合金の壁を蹴り破る攻撃力を持っている。

 水琴は、ディンゴの隣から憎しみに満ちた眼差しで裕介を見つめているのみだ。


「彼女を説得する自信はあるのか?」


 ネイトに問われる。


「分からねえ。けど……やるさ」


 水琴に自分の言葉が届くか、彼女が聞いてくれるのかどうか、そんな事は分からない。

 しかし裕介は引き下がる気は無かった。

 ガンッ、という甲高い音か響く。ディンゴが、その片足で工場の床を打ったのだ。もう、彼の表情に笑みは無い。


「喋ってばっかじゃ……つまらねえだろッ!」


 ディンゴの吐き捨てるような叫びが、戦闘開始を告げた。

 驚異的な身体能力で距離を詰めるディンゴ、狂気に満ちたその表情からは、恐怖そのものが迫って来るような錯覚を覚えさせた。

 身構えようとした裕介、彼の前にネイトが歩み出る。


「任せろ」


 ネイトがデバイスを起動し、彼の瞳がエメラルドグリーンに変じる。

 その彼に向けて、ディンゴは突進の勢いも加わった回し蹴りを繰り出す。それだけで人を殺しかねない一撃の筈だが、ネイトは表情も変えず片手で受け止めた。否、よく見れば、ネイトの腕とディンゴの足の間に微かな隙間がある事が分かる。

 蹴りは、ネイトの腕によって防がれたのでは無い。彼の重力操作デバイスによって作られた不可視の壁が、盾のようにディンゴの脚を止めたのだ。


「ん? お前……」


 小声だったが、ネイトに向かってディンゴがそう発したのが分かった。

 しかしネイトはそれに構わず、反撃を繰り出す。彼がもう片方の腕を上げ、そして振ったと思った瞬間――ネイトの前方の床が、まるで月面のクレーターのように叩き潰される。

 ネイトのデバイスによって作り出された重力が、鉄槌のように振り下ろされたのだ。


「ほー、大した力じゃねェか」


 ディンゴは、攻撃を回避していた。後方へ飛び退き、ネイトの攻撃範囲外へと逃れたのだろう。

 

「こいつは結構、楽しめそうだ……」


 手首を捻りながらディンゴが言う。獲物を見つけた肉食動物のような喜びが、その表情に滲んでいた。


「彼女とバルツァーは任せたぞ、裕介」


 ネイトはデバイスを起動したまま、TH2033を抜いた。

 彼は直後に攻撃を開始した。銃口をディンゴへと向け、ショックウェーブ弾を放ち始める。

 銃弾を避けながら、次第にディンゴが離れていく。ネイトは裕介を水琴とバルツァーの相手に専念させる為に、ディンゴを遠くへ誘導しているのだろう。 


「ありがとよ」


 届きもしないネイトへの感謝を表明し、裕介は水琴に向き直る。

 藍色の戦闘スーツを着た少女は、無言だった。しかし、その彼女の瞳を見るだけで裕介には伝わってくる。彼女が自身に向けている憎しみ、そして殺意が。

 ネイトを一瞥すると、彼はTH2033とデバイスを駆使し、既にディンゴを裕介達からかなり離れた位置に追いやっている。

 水琴が、身構えた。


『来るわ!』


 水琴が一気に距離を詰め、裕介に迫る。

 攻撃の届く範囲に踏み入った瞬間、水琴の回し蹴りが放たれ、裕介は腕で受け止める。単なる蹴りでも、それは戦闘スーツによって強化された身体能力から繰り出される攻撃だ。デバイス無しではとても受けきれないだろう。

 休んでいる暇は無かった。受け止めたと思った瞬間、水琴は続けざまに攻撃を浴びせてくる。


「水琴、オレの話を聞いてくれ!」


 呼び掛けても、返事は無かった。

 彼女から返されるのは、容赦の欠片も無い連続攻撃のみだ。それでも裕介は攻撃の合間を見つけ、彼女に言葉を紡ぐ。


「水琴!」


 裕介の顔目掛けて、水琴がパンチを放つ。裕介は彼女の拳を手の平で受け止めた。


「お前とは戦いたくない、オレはジーノを……!」


「そんな事、あなたの口から聞きたくないよ!」


 裕介に拳を掴まれたまま、それまで攻撃という形でしか返事をしなかった彼女が、叫ぶように発する。

 水琴は、肩を上下させながら息をしていた。激しい運動によって息切れしているのでは無く、目の前の恨み募る相手への渦巻くような憎しみに体が悲鳴を上げている――裕介には、そう思えた。

 水琴は、俯くように視線を下げた。


「ねえ裕介君、分かる? あなたの所為で……あなたがした酷い事の所為で、わたしがどれだけ寂しくて、悲しくて、辛い思いをして来たのか……」


「っ……」


 ぽつりぽつりと、雨粒のように発せられる水琴の言葉。それは怒鳴るような声で糾弾されるより、余程裕介の心に突き刺さった。

 水琴は裕介と視線を合わせないまま、続ける。


「わたしはあなたを信じてたのに、あなたの所為で……!」


 言い終えた瞬間に、水琴は顔を上げた。


(水琴……)


 彼女の澄んだ瞳からは涙が零れ、その頬を伝っていた。

 この可憐な女の子が泣いているのは、自分の所為。裕介は強い罪悪感に苛まれ、ただ彼女の言葉を聞いている事しか出来ない。


「何もかも全部……裕介君の所為で!」


 水琴が裕介の手の平を振りほどき、再び攻撃を繰り出そうと、拳を後方へ下げる。

 ――超感覚が、発動した。

 実は、裕介の超感覚は至極いい加減な物だ。銃弾をも避ける事を可能にさせ、裕介に無敵の強さを与えてくれるのは確かだ。しかし、これが発動するには一定の条件がある。

 それは、『裕介の生命に対し、ある一定の被害を与える危険が迫った時』。

 裕介に向けてナイフが振られる、または裕介に向けて銃が発砲される。そういった裕介にとって致命傷になり得る危険が迫った時は発動するが、ただ殴られたり蹴られたり、裕介の生命維持を脅かす恐れのない危険の際には発動しないのだ。

 だから、裕介には分かる。

 水琴がパンチを繰り出そうとしている、そして超感覚が発動した、という事は、水琴の一撃は裕介にとって銃弾と同等か、もしくはそれ以上の威力を載せた攻撃であるという事だ。

 超感覚が発動している裕介には、水琴の動きなどまるで空を漂う雲のよう。彼女のパンチを避ける事など簡単だった。

 ――しかし。


(……避けちゃ駄目だ)


 水琴の攻撃を避けてはいけない、裕介はそう思った。

 彼女が泣いているのは、自分の所為。彼女の痛みも、悲しみも、苦しみも、何もかも全て、自分の責任。

 ならば贖罪として、自分は報いを受けなくてはならない。

 彼女が抱く恨みを、怒りを憎しみから、背を向けてはならない。裕介はそう結論を出した。

 そして、時間の流れが元に戻る。


「がッ!」


 突然、裕介の腹部に猛烈な衝撃が走った。背骨まで突き抜けた痛みと共に、口の中に胃液の味、そして血の味が込み上げる。

 呼吸が困難になり、裕介はその場に崩れ落ちる。


『裕介、裕介!?』


 自分を呼ぶ玲奈の声が聞こえた。しかし、裕介には返事をする事など出来なかった。


「か、は……っ……」


 味わった事も無い苦しみの中、裕介は理解する。

 自分がこのような状況に陥った原因、それは水琴に喰らわされた攻撃だ。彼女のパンチが裕介の腹部を捉え、彼を呼吸もままならない状態に陥らせたのだ。

 

「気を失わないでね、裕介君」


 そう言う水琴の顔は、裕介には見えない。彼女がどんな顔をして自分を見下ろしているのか、裕介は考えたくも無かった。


「わたし、この時をずっとずっと待ってたんだよ」


 揺らぐ視界の中、裕介は水琴が片足を上げるのを見た気がした。


「あなたに復讐する、この時を!」


 水琴が叫んだ直後、裕介の背中に衝撃が走った。

 彼女が自分の背中を踏み付けているのだと、理解する。先程受けたパンチのダメージが、彼女の蹴りで増幅される。


「ぐあっ、あ……!」


 立ち上がる事も、出来ない。

 裕介に出来る事は、苦しみをただ声として発する事のみだ。


『裕介! 何してるの裕介! あんな攻撃、裕介なら簡単に……!』


 玲奈から切羽詰まった声を聞くのは、いつ以来だろうか。

 水琴の蹴りが止む。体が苦しみに悲鳴を上げる中、裕介は声を必死に絞り出した。


「悪い、玲奈……少し黙っててくれ」


 苦しみの中発した故だろうか。思った以上に威圧的な声が出て、裕介は自分でも驚いた。

 玲奈が声にならない声を発したのが分かる。自分の身を案じてくれている玲奈にこのような声を発し、裕介は申し訳なく思う。

 けれど、玲奈に謝罪している暇は無かった。


「はっきり教えてよ裕介君、あなたがした事。あなたの口から、あなたの言葉で」


 背中を踏み付ける時の叫び声から一変、水琴の声は穏やかな物になる。

 だがそれも一時、彼女が続いて発したのは、裕介の心を抉るような叫び声だった。 


「あなたが……あなたがわたしのパパにした、酷い事を!」


 裕介は、理解した。これからの水琴とのやり取りが、その男性を中心とした物になる事を。

 水琴の一撃を喰らった際に受けた苦しみは、僅かながら引いてきた気がする。だが、立ち上がる事は出来そうになかった。


「殺、した……」


 工場の床に身を横たえたまま、荒い呼吸と共に、裕介は声を絞り出した。


「オレはジーノを、お前のお父さんを……殺した」






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