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GLORIOUS DELTA  作者: 虹色レポートブック
EPISODE-01 "RETRIBUTION OF SADNESS"
40/93

CHAPTER-40

 余りにも受け入れ難い事だった。けれど、受け入れるしかなかった。

 忌まわしい記憶を呼び覚まされる裕介、彼を嘲笑うかのように、その男の言葉が続けられる。


『名前まで覚えていてくれたとは……クク、話が早い』


「バルツァー、お前……生きてたのか」


 端末越しに話しているのに、まるで本人の前に居るような感覚だった。

 裕介の声は、震えていた。水琴の事に、この男の事。信じ難い事が立て続けに起こり、裕介は自分が思っている以上に精神的な負担を受けていたのだ。


『ああ、貴様のお蔭で大変な目に遭ったがな。礼はさせてもらうぞ』


 バルツァーの声に憎しみが滲んだのを感じ取り、裕介は身構える。


『まあ待て裕介、今この場で戦う気は無い。貴様の墓場に相応しい舞台を用意してある』


 悪意に満ちた言葉が、裕介に放たれる。察するに、バルツァーは何らかの手段でこの場の状況を見ているようだ。


『一般市民を3人程人質に取らせてもらった。裕介、貴様がこちらの指示に従わなければ彼らの命は無い』


「……指示だと?」


 裕介は問い返す。

 その短い言葉を発する間も、彼は険阻な面持ちを崩さない。通信端末越しに話している筈なのに、バルツァー本人と対面しているかのような感覚だった。


『今から2時間後に、これから伝えるポイントまで貴様1人で来い。1秒でも時間に遅れれば人質全員の命は無い……そこで、貴様に8年前の復讐をさせてもらう』


 バルツァーの説明を、裕介はただ聞いている事しか出来ない。

 否、バルツァーのそれは説明とは違う。裕介が自分の意のままに動くと確信し、命令している――そう感じた。


『そこに居る、貴様に憎しみをぶつけたくて仕方が無い者と一緒にな……なあ、アジュール?』


 バルツァーの言葉が何かの合図だったかのように、アジュールが通信端末を仕舞った。

 彼女は別の端末を取り出し、裕介に投げ付ける。


「っ!」


 不意の事に驚きつつ、裕介はそれを受け止める。

 その端末の画面にはアクアティックシティのある一画の地図が表示されており、一部分が赤く点滅していた。この部分こそが、バルツァーが自分を呼んでいる場所なのだろう、と裕介は判断する。


「後悔させて、懺悔させるから」


 背筋の凍るような、冷たい声。裕介は顔を上げた。

 声の主――アジュールは、水琴は裕介を睨み付けて、続ける。


「8年前にあなたがした事……わたしは、絶対にあなたを赦さない」


 水琴が乗るワシ型IMWが、真下に気流を発し始める。水琴の赤みの強い茶髪が風を受け、靡き始める。


「あなたに償わせた後、わたしの手で……あなたを殺すから」


「水琴、オレは……!」


 裕介が言い終えるのを待たずに、水琴はワシ型IMWで飛び去って行ってしまった。

 彼女にとって、裕介は憎しみの対象でしかない。話すつもりなど、最初から無かったのだろう。

 交差点が静けさに包まれる。裕介はその中で、水琴が飛び去っていった方向を見つめながら立ち尽くしていた。



 ◇ ◇ ◇



「じゃあ彼女が……アジュールが、ジーノさんの娘だって事……!?」


 驚きを露にする玲奈。彼女の言葉に、ソファーに腰掛けた裕介は頷いた。

 

「オレも信じられなかった。けど、さっき確信が持てたよ」


 裕介の言葉が、第23オペレーティングルーム内に重々しげに発せられる。

 全ての事柄は、既に一本の線で繋がっていた。アジュールは、群崎水琴だった。

 そして群崎水琴はジーノの、そう――裕介が父親のように慕っていたRRCAエージェントの、娘なのだ。

 レインボーレインボーを出た直後に会った時には気付けなかった、しかし今思い返せば、確かに彼女には裕介が知る群崎水琴の面影が残っていた。赤みの強い茶色の髪に、日伊ハーフ故のどこか独特な、それでいて優しげな雰囲気を持つ顔立ち。


(やっぱり、これは水琴の……)


 裕介は、水琴が落とした髪飾りをポケットから出し、見つめる。

 何よりの決め手は、この髪飾りなのだ。幼い頃に裕介が水琴と会った時、彼女はいつもこの水滴を象った髪飾りを着けていた。いつも彼女の髪に着けられたこの銀色の雫を、裕介は幾度も見てきた。既視感があって当然だったのだ。


「だけど……RRCAエージェントの娘だった彼女が、どうして?」


 言ったのはメイシーだ。

 RRCAとして、正義の道にその身を置いていたジーノ。彼の愛情を受けていた水琴が何故、藍色のスーツに身を包んだ犯罪者――アジュールに成り果ててしまったのか。無理のない疑念だった。

 裕介は即答する。

 

「それは、オレの責任です」


 メイシーとも、その場に居た誰とも視線を合わせずに、裕介は断言した。

 玲奈が「えっ……」と声を発したのが分かる。けれど、玲奈からもメイシーからも、そしてネイトからも、それ以上言及される事は無かった。自分の事を慮ってくれたのだと、裕介は思う。


「だからオレは、自分の手で決着を付けるしかない。水琴の事も、バルツァーの事も」


 バルツァーの事は、裕介は既に玲奈達に説明し終えていた。既に玲奈がRRCAのデータベースにて検索を行っていた為、大体の事は説明する必要は無かったが。

 ルドルフ・バルツァーは、反アクアティックシティ過激派組織、ゾンネに所属していた男だった。メカニックに精通した人物で、IMWやパワードスーツの開発に関して決定的な役割を担っていた人物なのだ。その腕や組織への忠誠心の高さを買われ、ゾンネの中ではボスに次ぐ地位に居た男である。

 バルツァーは8年前のゾンネ壊滅作戦の際に死亡したとされていたが、生きていた。他ならぬ裕介自身が、その証人だ。


「奴はオレ1人で来いって言ってる。だからネイト、お前は来ないでくれ」


 ソファーから腰を上げて出入り口に向かおうとする裕介、ネイトから返って来たのは意外な言葉だった。


「アジュールを救おうとか、そんな事を考えていないか?」


 裕介の喉の奥で、声が押し潰される。


「だったら考え直した方が良い、彼女は犯罪者だ。君が何を言っても彼女は変わらない」


 いつも通り、冷静で的確な事を言うネイト。

 その完璧さが、その非の打ち所の無さが、その機械のような冷たさが、裕介の癇に障る。


「ネイト、お前は水琴の事を何も知らねえだろ」


 裕介はネイトを振り返る。その面持ちには、水琴を犯罪者と称したネイトへの怒りが浮かんでいる。

 

「君が彼女をどう思っていようが、彼女にとって君は憎しみの対象に他ならない。近付けば殺されるだけだ」


 ネイトの言っている事は正しい、水琴に襲撃された裕介自身、彼女が自分を殺す事に迷いを抱いていない事は、誰よりも知っている。

 しかし、裕介にとって重要なのはその点では無いのだ。


「オレの知ってる水琴は、あんな事をする奴じゃ無かった」


「群崎水琴が、君の尊敬していたRRCAエージェントの娘だからか?」


 ネイトは即答しつつ、裕介の方へ歩み出てくる。彼の青い瞳には、裕介の険阻な面持ちが映っていた。


「裕介。そんな理由で彼女を信じて、そして殺されたなんて結末を迎えたら、犬死にだぞ」


 裕介は、黙った。

 玲奈の「ちょっと、2人共……!」という声が聞こえた気がした。傍から見れば、殴り合いにでも発展しそうな雰囲気だったのかも知れない。

 けれど、険阻な面持ちを浮かべながらも裕介は理解していた。間違い無く、自分よりもネイトの言っている事の方が正しい――そう分かっていたのだ。

 微かな溜息と同時に、裕介は頷く。

 

「……ああ、お前の言う通りだよ」


 ネイトにそう返した時、裕介の表情から怒りは消えていた。怒りの代わりに、微かに悲しげな色が浮かんでいる。


「けど、このままだといつまで経っても前に進めねえ気がするんだ。だからオレは、どうしても決着をつけなくちゃならねえ」


 裕介はネイトから視線を外して、続ける。


「例え殺されたとしても、な」


「ダメだよ、そんなの」


 そう言ったのは、玲奈だ。

 彼女に視線を移す。玲奈は真剣な眼差しで、裕介を見ていた。


「裕介、群崎さんとの間に何があったのかは分からない。だけど、死んだりしたら絶対にダメだよ」


 玲奈は、続ける。


「裕介は私達の仲間で……友達なんだから」


 この事件を解決し、死なずに戻って来る。玲奈だけでなく、ネイトやメイシーとの間にもその約束が交わされた事を、裕介は感じ取った。

 視線を動かす、メイシーを見ると彼女は小さく頷き、ネイトは視線を外した。


「ああ、ありがとう」


 玲奈に返して、裕介は第23オペレーティングルームから出る。行き先は、バルツァーに指定されたポイントだ。

 玲奈達との約束を守れるかは分からなかった、しかし裕介に選択肢は無かったのだ。






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