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GLORIOUS DELTA  作者: 虹色レポートブック
EPISODE-01 "RETRIBUTION OF SADNESS"
39/93

CHAPTER-39

 現場は、思った以上に大変な状況だった。

 無残に破壊されたビルや電柱や街灯に、その瓦礫が散乱する交差点内。逃げ惑う人々の悲鳴が満たされ、地獄のような惨状である。


(何て事だ……!)


 波のように迫り来る人々を掻き分けるように、裕介はネイトと共に交差点に向かって進む。

 その最中、何処からか爆発音が鳴り響いた。吹き上がる爆風と煙、それと共に1台の車が巻き上げられ、宙を舞うのが分かる。


『危ない!』


 装着しているイヤークリップヘッドセットは既に、玲奈との通話状態になっている。

 彼女の危機感に駆られた声の理由は、裕介には簡単に理解出来た。数秒前に爆発の煽りで吹き飛ばされた車――それが落下しようとしている地点に、数人の一般市民の姿があるからだ。

 

「ネイト、先行くぞ!」


 このままでは、彼らが車の下敷きになってしまう。

 裕介はデバイスを起動し、人混みの中から飛び出した。そのまま1秒にも満たない時の間に、彼は一般市民達の側、つまり車が落下しようとしている場所に踏み入る。

 一般市民達が悲鳴を上げるのが分かる。女性や、幼い子供も居るようだ。


「心配すんなって」


 視線も合わせずに発した言葉の直後、裕介は車を受け止めた。

 少なくとも1トンはあり、さらに落下時の速度も加わっている鉄の塊の衝撃が、裕介の両手に容易く防がれたのだ。


「よっ……と」


 まるで担いで来た荷物を下げるような声。足元の地面を陥没させながら、裕介は車を道路の上に降ろす。

 今し方自身が救った一般市民達を振り返ると、皆呆気にとられた表情を浮かべていた。理由は分からなくもない、落ちてくる車を受け止める少年など、一般市民には只事では無いだろう。

 裕介は促す。


「さ、今すぐここから避難して」


「あ、ああ……ありがとう」


 礼を残し、市民達が避難していく。

 その様子を見届けた後、裕介は交差点に視線を移した。ワシ型IMWに乗った少女が、応戦している少年少女達を襲っている。


(! アジュール……!)


 この惨状を作り出したであろう彼女は、裕介の見知った人物だった。

 ワシ型IMWで滞空し、フェイスマスクに隠された顔、そして藍色の戦闘スーツ。彼女の様子は、初めて会った時と何も変わっていない。


「また、現れたようだな」


 いつの間にか裕介の隣に追い付いていたネイトが、そう言った気がした。


「裕介、ネイト!」


 と、後ろからの呼び掛けに、裕介とネイトは振り返る。

 声の主は耀だった。彼はその右手にTH2033を握ったまま、裕介とネイトの元へ走り寄って来る。


「耀、怪我は無いのか?」


 耀の様子から、裕介は彼がアジュールと交戦していたと判断する。

 彼は裕介やネイトと違って数学の授業は履修しておらず、恐らくアジュールが現れた際に現場に居合わせたのだろう。

 長く伸ばされた髪を払いつつ、耀は言った。


「ああ、怪我はしてない。けど驚いたぜ、あの戦闘スーツの女……いきなり現れて街を破壊し始めたんだよ」


 アジュールの方へ視線を移し、耀は続ける。


「今は俺の仲間達が応戦してるけど、止められそうに無い。力を貸してくれないか、2人共」


 少年少女達はアジュールに発砲している、しかし着弾する事は無く、弾は全てアジュールを覆う光の壁――恐らくワシ型IMWが作り出したプロテクションフィールドに阻まれている。

 彼らの力では、アジュールと渡り合うのは不可能だ。裕介はそう判断した。


「分かった。耀、仲間全員に引き上げるよう言ってくれ」


 耀が表情に疑問を浮かべる、裕介は言葉を続けた。

 

「奴が狙ってるのは恐らくオレなんだ、こんな騒ぎを起こしたのもきっとオレをおびき出す為……だから早く!」


 状況は切迫している。

 裕介の焦りの感情は耀にも伝わったらしく、耀は頷いた。彼は装着したイヤークリップヘッドセットに指を当て、仲間達に指示を下す。


「全員銃を撃つのを止めろ、そして今すぐ引き上げるんだ!」


 指示を受けた耀の仲間達が、戦闘を中断して後退する。

 裕介はそれを確認し、耀に「付近の市民に避難を促してくれ」と言い残して交差点へと歩み出た。後ろには、ネイトも続いている。

 視界に裕介とネイトの姿を捉えたのだろう、ワシ型IMWに乗って滞空していたアジュールが、2人の前まで降下してきた。

 ネイトがデバイスを起動しようと、衣服の袖を捲る。


「悪いネイト、少しだけ待ってくれ。あいつに尋ねたい事があるんだ」


 裕介は、戦闘態勢に入ろうとするネイトを制した。

 彼は交差点内に散乱する瓦礫を踏みしめながら、アジュールに向かって歩み出る。

 アジュールは、無言だった。前のようにワシ型IMWの刃で攻撃を仕掛けて来る事も、オオスズメバチ型IMWやコガネムシ型IMWを繰り出す事も無く、ただ歩み寄る裕介を見つめている。

 本気で裕介を殺そうとした彼女、裕介を憎んでいると言った彼女、そして、過去のどこかで裕介と接点を持っているであろう彼女。

 何故、彼女が自分を憎むのか。その理由は裕介には分からない、しかし確かなのは、アジュールにとって自分は憎悪の対象だという事。有無を言わせずにあの世へ送っても何ら違和感の無い存在だという事だけだ。


「……」


 アジュールは、無言だった。彼女の表情は見えない、しかし彼女は自分を見ている――裕介にはそれが分かった。

 フェイスマスクの奥で、彼女は恐らく憎しみに満ちた眼差しを裕介に向けているのだろう。だからこそ裕介は、尋ねる必要があった。

 確証も何も無い推論に過ぎない事だが、確かめなければならなかった。

 裕介は沈黙を破るように、ゆっくりと口を開く。


「お前がオレを恨む理由、あれから考えたよ」


 アジュールは答えない、けれど、彼女が沈黙という形で『続けろ』と意思表示しているようにも感じられる。

 勘違いであってくれ、思い過ごしであってくれ。心中でそう願いつつ、裕介はその質問を発した。


「お前……もしかして水琴?」


 裕介の質問の答えは、暴力的な形で返された。

 滞空していたアジュールがワシ型IMWから刃を出現させたと思った瞬間、裕介に向けて凄まじい速度で迫って来たのだ。


(くっ……!)


 アジュールのその行為が何を意味するのか、裕介には考える必要すら無かった。

 裕介に危険が迫った事により、彼の超感覚が発動する。時間の流れが遅くなる中で、裕介はアジュールからの憎しみに晒されるような気持ちになる。

 予感は的中していた。全ての事柄が、ジグソーパズルを組み上げるように裕介の頭の中で形になっていく。

 裕介は理解した。理解せざるを得なかった。アジュールが、彼女が自分を恨む理由を。


『裕介!』


 絶望感とも、喪失感とも思える感情に支配される中、玲奈の声で、裕介は我に返る。

 

「くそっ!」


 吐き捨てるように言うと、裕介は横へ飛び退く。直後にアジュールが裕介の立っていた位置を通過する。

 追撃が繰り出されると思い、すぐさま視線をアジュールの方へ移す。予感は外れて、アジュールはそれ以上の攻撃を繰り出す事は無かった。

 彼女は裕介に後ろ姿を向けながら、肩を上下させている。

 顔は見えない、表情は分からない。しかし、彼女はその細い体を怒りに満たしている事が分かる。


「……そうだよ、裕介君」


 彼女の声は、荒い呼吸と共に発せられた。

 アジュールがフェイスマスクを取り外す。直後に、マスクの下で結われていた髪も解いた。長く伸ばされた、赤みの強い茶色の髪が風に靡く。


「わたしは、群崎水琴だよ」


 憎しみに満ちた可憐な声、そんな声を聞いたのは生まれて初めてだった。

 アジュールが――水琴が振り返る。


(あの時の……)


 彼女の素顔を見た瞬間、裕介は思い出す。

 レインボーレインボーから出た時に衝突した、あの女の子。歳が裕介と同じくらいで、赤みの強い茶色のロングヘアの一部を三つ編みにしていて、優しげな雰囲気を纏っていた、あの女の子――。

 今、裕介の目の前に居る彼女は、紛れもなくあの子だった。

 会った時は気付かなかった、気付けなかった。あの子が、アジュールだったのだ。そして、裕介の知る彼女、群崎水琴だったのだ。

 あの時と違う事は、彼女の髪にあの銀色の髪飾りが着いていない事。そして、彼女の表情が冷たい色に満ち満ちている事。見つめられた者全てを絶望に沈めるような、そんな眼差しが裕介に向けられている事だ。


「まさか……本当にお前だったなんて」


 非情な真実に打ちのめされている猶予は、裕介には与えられない。

 首から下を藍色の戦闘スーツに包んだ水琴が、通話装置を取り出した。携帯電話と似ているが、通話のみの為に作られた端末だ。

 水琴は端末を裕介に向けて突き出す。そこから発せられた声に、裕介は更なる冷たい現実を叩き付けられる事になる。


『逢原裕介……久しぶりだな』


 裕介は、驚愕に表情を染め上げる。


「その声、まさか……!?」


 通話端末越しに、男が鼻で笑う声が聞こえた。


『お前がまだ小さな子供だった頃以来だが、覚えておいてくれたようだな』


 出来うる限り、動揺を表情に出さないよう努め――裕介は、その男の名前を発した。


「ルドルフ・バルツァー……!」






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