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GLORIOUS DELTA  作者: 虹色レポートブック
EPISODE-01 "RETRIBUTION OF SADNESS"
36/93

CHAPTER-36

 ジーノの事を語ると、心が痛む。

 けれど誰かに打ち明ける事で、忌まわしい過去の重圧が軽くなるような気もした。

 だから裕介は、玲奈にジーノの事を明かす。幾度も共にミッションに立ち向かってきた彼女にならば、話しても構わないと思ったのだ。


「オレが12歳……アクアティックシティ支部に異動して間もなくで、グレードAになったばかりの頃だったよ。ジーノと出会ったのは」


 幼い頃から、裕介は身体能力増強デバイスとの極めて高い――言い方を変えれば、『異様』な適合率を買われ、周囲の年の離れたRRCAエージェントと共に、事件に臨んでいた。


「グレードBだった頃は、周りに同い年の子も結構居たんだけど……グレードAになった途端、周りは最年少でも10代後半の兄ちゃん。最年長だとおっかねえ顔したおっさんも居てな。今ほど度胸も無かったオレはもうブルっちまって、これから同僚になる人達だってのに満足に挨拶も出来なかったよ」


 その時の事は、裕介は鮮明に覚えている。そもそも忘れようが無いだろう。


「それは結構分かるよ、私もそんな感じだったから」


 どうやら、玲奈も同じような体験をした事があったらしい。

 裕介は笑みを浮かべつつ、「そうだろ?」と言う。そして彼は、続けた。


「そんな右も左も分からなくて立ち尽くすしか無かったオレに、ジーノは歩み寄って来て……しゃがんでオレと目線合わせて、話し掛けてくれたんだよ。『ピアチェーレ(Piacere)』ってな」


「ピアチェーレ……ジーノさんはイタリアの人?」


 裕介は頷く。

 勿論当時の裕介には、背が高くてとても筋肉質で、焦げ茶色の長髪と口と顎にクールな髭を生やしたその男性が放った謎の言葉が、イタリア語で『初めまして』を意味する事など知る筈も無い。


「けどその後はジーノ、普通に日本語で話してくれて……オレはすぐ彼に懐いて、かなり歳の差はあったけど仲良くなったよ」


 12歳といえども当時から有能なRRCAエージェントだった裕介は、同年代の子供達と比べて、多くの人間を見てきた。心から尊敬出来る良い人間も、そして凶悪な犯罪者も。

 故に初めて会う人間への警戒心は恐らく人一倍強かった。しかしジーノとは何故か、さほど時間も経たない内に打ち解けられたのだ。


「それからジーノとは同僚になって、一緒にミッションに臨むようになって……少し経った頃には、暇な時とか休みの日に、一緒に遊ぶ仲になってたよ」


 ジーノと過ごした時間を思い出し、裕介は懐かしさを覚える。


「色々教えてもらったよ。RRCAの事だけじゃなくて、バスケとか、少しだけイタリア語も。それと、色々と大切な事もな」


「大切な事?」


 玲奈が問い返してくる。


「『危険だとか無謀だとか、そんな言い訳を並べて立ち止まってると何も救えない』。だったかな」


 玲奈が笑みを浮かべるのが分かる。


「今の裕介を作ってくれた人なんだね、ジーノさん」


 言われてみれば、確かにその通りかも知れない。

 裕介は玲奈から視線を外して、「あー、言われてみればそうかもな」と呟く。


「同僚で、先輩で、友達で……これが父親ってもんなんだな、って思ったよ」


 いつかジーノと共に街を歩いた時、実の親子に間違われた事があった。けれど、裕介は嫌な気は全くしなかったし、むしろ嬉しかった事すら覚えている。

 玲奈が写真を差し出す。裕介はそれを受け取り、RRCAの手帳に戻した。

 この写真に写っている2人――1人はジーノで、彼に抱き上げられ、満面の笑みを浮かべている少年は裕介なのだ。はっきりと覚えてはいないが、この写真を撮った頃はまだ10代前半の歳だった筈だ。

 周りは幾つも年上の大人ばかりの環境の中、不安に駆られる裕介に一番最初に手を差し伸べてくれたジーノ。同僚として、先輩として、大切な事を幾つも裕介に教えてくれ、今の裕介を作ってくれた人と言っても間違いではないジーノ。年の差を超えて、友達として沢山の時間を裕介と共有し、多くの思い出を紡いでくれたジーノ。

 裕介にとって、彼は正しく『父親』だった。


「ジーノさん、今はどうしてるの?」


 一切の他意は無く、玲奈は尋ねたのだろう。けれど、その質問の答えを口にするのは、裕介には余りにも辛過ぎる。

 裕介は黙った。気持ちを表情に出さないよう努めたが、自信は無かった。


「裕介?」


「……亡くなったんだ」


 押し出すように言う。玲奈は驚きに表情を染め、絶句した。


「殉職したんだよ、ゾンネを壊滅させる作戦の最中に」


 玲奈が俯くのが分かる。

 会った事も無い、裕介から話を聞いただけの男性の為に、彼女は心の底から悲しんでいるのだ。

 そして彼女は察しただろう。昨日の会話で玲奈がゾンネの名前を出した瞬間、裕介の様子が変じた理由を。


「そんな……」


 玲奈の言葉が、潮風の中に消えていく。

 裕介は、決意を表明するかのように言った。


「だからオレは、ゾンネがまた動き出したってんなら今度こそ完全に潰してやる。ジーノの為にも、それから……あの女の子の為にも」


 裕介は心中で続けた、彼の表情は険しい物だった。


(それが、オレがジーノに出来る唯一の『贖罪』だから)


「あの女の子?」


 玲奈が、必然ともいえる疑問を口にした。裕介は答える。


「ジーノの娘さ、知り合った切っ掛けはジーノが引き合わせてくれた事」


 裕介は青空を見上げ、思う。ジーノの大切な娘――もう長らく会っていない、今では顔もはっきりと思い出せないその女の子の事を。

 彼女は、裕介の事を覚えているのだろうか。


(あの子は……今どうしてるかな)


 どこに居るのかすら分からない少女に、裕介は思いを巡らせる。



  ◇ ◇ ◇



「まさかしくじるとはな、使えない奴だ!」


「ぐあっ!」


 罵声とほぼ同時に、水琴の腹部に男の蹴りが入る。

 背骨まで達する痛みに涙を浮かべ、水琴は細い体を折り曲げつつ地面に倒れ伏す。口の中に苦い液体が込み上げてくる。


「ごめんなさい、ごめんなさい……」


 咳き込みながら必死に謝罪の言葉を発し、水琴は許しを請う。男はそれ以上、水琴に暴行を加える事は無かった。

 舌打ちをすると、男はポケットから何かの機器を取り出す。携帯電話程の大きさの、コントローラーだ。


「いいだろう、どうやらあのガキを侮っていたようだ。水琴、もう一度チャンスをくれてやる」


 蹴りを受けた腹部の痛みに耐えながら、水琴は男の言葉を聞く事しか出来ない。返事をする事も、自身の乱れた髪を整える事も出来ない。


「奴を始末出来るだけの力も、一緒にな……」


 男の顔に、不気味な笑みが浮かんだ。

 彼が何をしようとしているのかを悟った水琴は、男を制しようとする――しかしそれよりも先に、男はコントローラーに向かって発した。


「身体能力増強ナノマシン、出力最大」


 その瞬間――水琴の全身を凄まじい痛みが襲った。


「うぐっ……ああぁぁぁぁああああッ!」


 電撃が走り抜けるような感触に、水琴は喉が潰れるような悲鳴を上げる、しかし痛みは全く収まらない。

 水琴の可憐な容姿が、苦痛に歪む。体が壊されていく、壊されて、まるで自分が異質な存在へと作り変えられるような感覚。激痛の中で、水琴は恐怖を感じる。けれど、彼女には抵抗する術など無かった。

 

「ぐう、うううううううぅぅぅぅウウウウウッ!」


 獣が呻くような声が、水琴の意志とは無関係に発せられる。唾液と胃液が混ざった液体が彼女の口から吹き出て、地面に滴り落ちた。体中が凄まじい熱を帯び、全身の血管が破裂するような感覚がする。骨や筋肉が蠢き、皮膚を破って突き出てくるのではと思う。

 水琴の細い指が、硬い地面をガリガリと削る。まるで猛獣が爪を突き立てたような、深く抉り取られた痕が刻まれた。


「クク、いい感じになってきたじゃないか」


 男は笑みを浮かべていた。気が狂いそうになる『変異』の中、水琴は確かに男が笑っているのを確認したのだ。


「そうだ、もうひと押し……お前があのガキに容赦出来ないよう、お前の心も消してしまおう」


「!」


 恐怖が、水琴を苛む。


「もうじき17歳の誕生日だろう水琴、プレゼントだ」


 男は再び、コントローラーを操作し始める。


「やめ、て……それだけは……!」


 搾り出すように発した懇願は、何の意味も成さなかった。


「洗脳ナノマシン、出力最大」


 男がコントローラーに向かって発したその言葉を、水琴は聞く。

 意識を失う直前に、男が「期待しているぞ水琴、いや……アジュール」と言った気がした。






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