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GLORIOUS DELTA  作者: 虹色レポートブック
EPISODE-01 "RETRIBUTION OF SADNESS"
28/93

CHAPTER-28

 

 左腕に装着したデバイスを起動した瞬間、リサの視界が急激に広がっていく。

 前方は勿論、本来ならば視界の及ばない側方や、真後ろの様子までもが、リサの目には鮮明に映し出される。遠く離れた路地裏の向こう側、道路を走る無数の車の姿に、道行く若者達、ベンチに腰掛ける人が読んでいる本の文字。

 まるで、遥か彼方に浮かんだカメラの映像が、直接リサの瞳に映し出されているかのような感覚だ。


「よし、起動完了」


 リサが高い適合率を持ち、使用しているのは視力増強デバイスだ。

 その名の如く、人の視力を増強するIタイプのデバイスで、人の眼球が光を受け取る能力を強化する作用を持つ。通常、眼球に届かない遠方や後方の光も受け取る事が出来るようになり、このデバイスを起動している間、リサの最大視力は約17.0。2500メートル離れた、5センチのランドルト環の隙間の向きも答えられる。

 視力増強デバイスのデメリットとしては、広大な範囲を見渡す事が出来るようになる分、一瞬の内に大量の情報が頭に流れ込んでくる為、混乱を引き起こす場合が多い。しかしリサは訓練の末、このデバイスを完璧に自分の物へとしてみせた。元々視力は悪くない為、普段は使っていないが。


(さて、どこかな……)


 路地裏でバイクに跨ったまま、リサは視線を巡らせる。様子はいつもと変わらないが、今の彼女には路地裏のビルを越えた先の様子も見えている。

 そして程なく、リサは先程まで自身が追っていたトラックの姿を見つけ出した。オオスズメバチ型IMWを撃ち落としている際に、偶然同じ方向を走っていたのか、或いは混雑した道路を走っていた所為で手間取ったのか。さほど、遠く離れてはいないようだ。


「よし。ナディン姉、追跡を再開するね」


『了解。それとリサ』


「IMWの残骸を拾って来て欲しいんでしょ? 分かってる分かってる」


 リサは応じつつ、手近に落ちていた既に機能を停止しているオオスズメバチ型IMWをハンカチに包んで拾い上げる。それをポケットに押し込みつつバイクに戻り、


「それじゃ、行くね」


『ああ、仕上げもきっちりやれよ』


 リサは再び、猛スピードでバイクを走らせる。

 視力増強デバイスの力でトラックの位置を捉えつつ、最も最短距離で追い付けるルートを導き出し、一気にトラックとの距離を詰めていく。

 数十秒後、


「よーし、見っけ」


 市街地の道路上に、リサは目標トラックの姿を捉えた。IMWを使ってリサを足止めしたものの、交通量が多い道路故にほかの通行車両に阻まれ、ほど遠くに逃げている余裕は無かったらしい。

 リサは、信号を待つ車の間を縫う様に巧みにバイクを駆り、トラックに接近する。しかし追い付く直前に信号が青になり、トラックは他の車の存在を顧みず、発進した。マニュアル運転に設定されていたであろう車と接触しクラクションが鳴らされるが、全くお構い無しだ。


(何てはた迷惑な奴ら……もう許せない!)


 警告する気は、もう起こらなかった。

 リサはショルダーホルスターから再びTH2033を抜き、速度を上げてトラックに迫る。増強された視力で、トラック運転席内部の様子を確認する。デバイスによって目の集光性を高められている間、リサは『透視』に近い事が可能なのだ。例え対象が壁で隔てられた空間であっても、一面にでも十分な大きさの穴があればそこから出る光を感知し、像を結ぶ事が出来る。

 トラックの窓越しに、運転席の様子はリサに筒抜けだった。声は聞こえないが、2人組の銀行強盗犯はリサが追って来ている事に気付いているようだ。

 そして、リサは一旦銃のマガジンを抜き、別のマガジンをセットして銃を構える。彼女が狙っているのは、運転席にある非常停止ボタン。大型トラックや危険物を運搬する車両には搭載が義務付けられた、強引に車を停める装置だ。


(食らえっ!)


 リサのTH2033が火を吹き、弾丸が発射される。

 彼女が装填したのは、RRCA特製の貫通力に重点を置いた特殊弾丸だ。弾丸はトラックのボディ部分のドアを貫通し、キャブにまで達する。さらに弾丸は勢いを落とす事無く進み、運転席の非常停止ボタンに吸い込まれるように着弾した。

 強制的にブレーキが作動し、トラックのタイヤ部分から火花が飛ぶ。何が起きたのか理解出来ていない強盗犯2人は、ただ慌てふためく。視力増強デバイスの力で標的の位置をロックし、リサは一発でトラックを停止させたのだ。


『よし、後はあの馬鹿共をとっ捕まえな』


「オッケー」


 リサはバイクを走らせ、トラックの運転席まで接近する。2人の強盗犯がフラフラと降りてくる、内1人が銃を抜いたが、リサは即座に発砲し、男の手から銃を弾き飛ばした。


「観念しなさい、もう逃げられないよ!」


 銃を突き付けて投降を促すと、男達は両手を上げた。



 ◇ ◇ ◇



 裕介がリサの元に到着した時、そこにはトラックが止まっており、それを背にする状態で男2人が後ろ手に拘束され、座り込んでいた。RRCAの腕章を着けた少年少女達をかき分けるように進み、裕介はリサの後ろ姿に話し掛ける。


「おーい、リサ」


 リサが振り返り、裕介と視線が合わさる。


「あ、ユースケ。もう終わった所だよ」


「みてえだな」


 見れば分かるよ、と言いたげな表情を浮かべつつ裕介は応じる。


「どう? あたし1人で捕まえたんだよ、すごいっしょ?」


「ああ、すごいすごい。流石リサだわ」


 裕介はわざとらしく頷きつつ、言った。リサはぶすりとした表情を浮かべる。


「ちょっと、ホントにすごいって思ってんの?」


「勿論」


 しれっと即答すると、リサは腕を組んで「もー……」と発した。

 そして裕介は、現時点で最も重要であろう質問を提示する。


「それで、IMWが使われたらしいな?」


 薄目で裕介を見つめた後、リサは「そう。びっくりした」と返しつつ、ポケットを探る。ハンカチに乗せられたオオスズメバチ型IMWの残骸を見せて来る。


「……ランドンが使ってたのと同じ奴だな」


 紛れもなく、倉庫で裕介とネイトを襲撃した物と同じIMWだった。「なるほど、サンキューな」とリサに返して、裕介はアクアティックシティを見下ろす青空を向く。


(ここでも、IMWか)


 意味深長な面持ちを浮かつつ、裕介は心中で発した。



 ◇ ◇ ◇



 深夜、窓から差し込む月の光が、電気の点いていない室内を微かに照らしていた。

 大きな窓の向こうには、アクアティックシティの夜景が広がっている。ビルなどの建造物が放つ明かり、高架橋にて青信号を待つ車のライト、それらが闇に浮かび上がり、神秘的で幻想的な景観を作り出している。

 けれど、今その光景を目の前にしている少女は、僅かも夜景に目を向けようとはしない。


「はい、彼を見つけました。間違いありません……」


 何も衣服を纏わず、彼女は裸身のまま――携帯電話を耳に当て、電話の相手に話す。その腕には、無数の注射針の跡が残されているのが分かる。到底数え切れる物では無く、遠目で見れば赤い刺青を入れているようにすら思えるだろう。

 少女の美しい肢体が、月光に淡く映し出された。しかし、そこには彼女の姿を見る者は誰も居ない。


『そうか、良かったな。恨みを晴らすチャンスじゃないか』


 電話をしている男の言葉に、少女は「ええ」と応じる。


『それでは水琴、奴の事はお前に任せるぞ。いつも通りの方法でな』


 少女は、その赤みの強い茶色の髪をかき上げる。

 電話の相手は、さらに言葉を繋げた。


『お前の望みは?』


 少女の、携帯電話を持つ手に力が篭る。その表情に、威圧的な色が浮かび上がる。


「……復讐」


『良い子だ』


 その男の言葉で、電話が切れる。

 携帯を傍のテーブルへと手放し、少女はその裸体を翻す。綺麗な髪がふわりと空を泳ぎ、銀色の髪飾りが、窓から指す月光を悲しげに反射する。

 彼女は裸足で室内に歩を進め、防護扉で隔てられた部屋の前に立つ。傍のコントロールパネルを操作する、パスコードを入力し、手の平を画面に当てる。


『認証に成功、入室を許可します』


 防護扉が開き、自動的にライトが灯る――そこには、それがあった。

 起立の状態で保管された、戦闘用の特殊強化スーツだ。ゴツゴツとした藍色の部品から構成され、所々に蛍光色のラインが走っている。配線等の機械的な部分が剥き出しになっている箇所もあり、どことなく不気味な感じがするが、同時にその強さを誇示するような雰囲気も感じられた。


「逢原裕介……!」


 戦闘用特殊強化スーツを目の前に、彼女――可憐な容姿と、銀色の髪飾りが印象的な日本人の少女、『群崎水琴むらさきみこと』は、その少年の名を発した。






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