CHAPTER-27
「毎度。いつもありがとさん、裕介」
「いやいやベンさん、こっちこそ」
数枚のTシャツが入れられた紙袋を受け取りつつ、裕介は『ベンジャミン・ロジャーズ(BENJAMIN ROGERS)』――通称、『ベンさん』に軽く頭を下げた。
裕介が訪れている場所は、アクアティックシティのブティック、レインボーレインボー(RAINBOW RAINBOW)。規模的にはさほど大きいとは言えないものの、衣服やアクセサリーの品揃えは独自のセンスの下で選出されており、若者から中々の人気を誇る店であった。
「いやはや、君はもう、うちの立派な常連客さ」
タトゥーに覆われた太い腕が、裕介の肩をぽんぽんと叩く。
スキンヘッドと豊かな口髭、大柄でがっしりとした体格。そしてどこか近寄り難い雰囲気を帯びつつ、内面は優しい性質の持ち主であるベンジャミンは、このブティックのオーナーだ。30歳近くも年の差はあれど、常連客である裕介とは友達のような間柄である。
「うちのジャケット、いつも着てくれて嬉しいよ」
ベンジャミンが、裕介の赤いジャケットを指し嬉々とした面持ちで言う。そう、裕介が愛用している赤いジャケットは、この店で購入したものなのだ。
「いやあ、一度着たらやみつきになっちゃいましてね」
裕介は応じる。
「いつもありがとな、裕介」
裕介に手を振る耀。彼は水色の地に大きく『RAINBOW RAINBOW』のロゴマークがプリントされたエプロンを着けていた。
この店は耀のバイト先であり、さらに彼はバイトリーダーも務めているのだ。裕介の見た所、ベンジャミンは彼を信頼している様子である。
「すいません、このTシャツの大きいサイズってありますか?」
「あ、こちらです」
客の女性に声を掛けられ、耀は店内のTシャツが陳列された一画へと向かっていく。ここに居ると彼の邪魔になるかと思った裕介は、ベンジャミンに声を掛けた。
「それじゃベンさん、オレはそろそろ」
「ああ、またいつでも来てくれ」
ベンジャミンに軽く頭を下げ、裕介は紙袋を片手にレインボーレインボーを後にした。
それから程なく。購入した衣類の入った紙袋を片手に提げ、自宅――学生寮に戻ろうと歩を進めていた時、突如走り寄ってきた少女が、勢いを載せて裕介に衝突した。
「きゃっ!」
「わ!?」
裕介と少女の悲鳴が重なる。
不意の出来事だったが、裕介は僅かばかりよろけたのみで転倒する事は無かった。有能なRRCAエージェント故、反射的に防衛本能が働いたのかもしれない。
「っと、ごめんなさい」
「あ、いや」
少女からの謝罪に応じる。思わず裕介は、彼女の顔をまじまじと見た。
赤みが強い茶色のロングヘアの一部が斜め方向へ三つ編みに結われ、その先端には銀色の小さな髪飾りが輝いている。歳は裕介と同じくらいで、端正な容姿には可憐さが垣間見え、とても優しそうな女の子だ。
「っ……」
裕介と視線が重ねられたまま、微かに、少女の口から声にならない声が発せられたような気がした。
「ん? オレの顔……何か付いてる?」
少女の面持ちに目を丸くした裕介は、自身の顔に触れてみる。特に何も付いてはいなかった。
「いいえ、何でもないわ」
微笑みと共に、少女は言う。どこか怪訝に思いつつも、裕介は安心した。
「そっか、なら良かった」
その時、裕介の携帯がポケットの中で着信音を奏でた。ポケットから取り出して画面を見ると、玲奈の名前が表示されていた。
「応答」
裕介は呟き、携帯電話を耳に当てる。
『もしもし裕介、聞こえる?』
「ああ。データスティックの解析済んだのか、それとも何か事件か?」
玲奈が連絡を寄越してくる動機になりそうな事柄を思い浮かべつつ、裕介は尋ねる。
返答は、意外な物だった。
『両方よ』
「え……」
間の抜けた声が漏れる。
ふと、先程の少女がまだ自身の側に居るのを見て、裕介は玲奈に聞こえないよう小声で「悪い」と言った。少女を差し置いて電話している事が、どこか申し訳なく思えたのだ。
『銀行強盗事件の犯人2人が、トラックで逃走中なの。リサちゃんがバイクで追跡中だけど』
「リサが? じゃあもう心配は要らねえだろ。あいつに狙われて逃げ切れる奴なんて居ねえだろうし」
しかし、次の玲奈の言葉で――裕介の表情が変わる。
『IMWが使用されたそうよ。ヴェスパマンダリニア型のがね』
「!」
その仮説は、裕介の頭の中で容易に組み上げられる。
不法に所持されたIMW、それも同タイプの物。そう、倉庫で対峙したランドン・グティレスとの関連だ。
『トラックの位置を送信するわ、増援として向かってくれる?』
「オッケー、直ぐに向かう」
一旦携帯を耳から離し、裕介は画面を見つめる。
数秒後、アクアティックシティの地図が表示され、その一部分に『TARGET』の文字と共に赤い点が点滅し始める。これが、銀行強盗犯が乗っているというトラックの位置情報だ。
裕介は、髪飾りの少女を向いた。
「悪い、急に電話が掛かって来ちまって。それとさっきぶつかっちまった事も」
「ううん大丈夫。ていうか、あなたが謝る必要なんて無いよ、わたしの不注意だから」
彼女は首を横に振りつつ、また可憐な笑みを浮かべる。
改めて見ると、本当に綺麗な子だと裕介は思う。玲奈やリサ、メイシー、彼女達を筆頭として『美人』という定義に当てはまるであろう少女は何人か知っているが、恐らく目の前の彼女――銀色の髪飾りが目を引く女の子も、十二分に渡り合える美しさを有していると思えた。
裕介は頷いて、
「それじゃ、オレちょっと行かなきゃならねえから。この辺で」
裕介は足首に装着しているデバイスを起動する。
独特の起動音と共に水色の光が発せられる中、もう一言伝える為に、彼女と視線を合わせた。
「その綺麗な髪飾り、良く似合ってるよ」
裕介は少女に言い残すと、デバイスの力で跳躍する。
立ち並ぶビルをも容易に越える高さまで跳び、一気に目的地、銀行強盗犯2人が乗っているというトラックの元まで向かい始めた。その片手には、紙袋が提げられたままである。
◇ ◇ ◇
跳び去っていく少年の後ろ姿を見届けた後、少女はその場に佇んでいた。
風が吹く。赤みの強い茶色のロングヘアーが靡き、陽の光を受けて煌く。彼女の後ろ姿だけを見れば、恐らく誰もが見とれるであろう美しさ、そして高尚さが醸されていた。
しかし、少女の顔には威圧感に溢れた表情が浮かんでいる。
少年が去っていった方向に、彼女は険阻な眼差しを向けていた。怒り、恨み、憎しみ。その全てで塗り固められたような少女の面持ちには、先程までの優しい様子は陰も形も無い。
「見つけた……」
呟くと、少女は自身の髪飾り――先程少年が褒めてくれた、『良く似合ってる』と言ってくれた髪飾りに触れる。
チリン……と、耳障りの良い、それでいてどこか儚げな音が奏でられた。




