CHAPTER-26
『前のトラック止まりなさい。RRCAよ、直ちに止まりなさい!』
イヤークリップ式小型拡声器によって拡大されたリサ・バレンタインの声が、アクアティックシティの市街に響き渡る。
彼女の声の対象は、制限速度を明らかに超えて暴走する前方の大型トラック。リサは『RRCA』の文字がプリントされたバイクに跨り、負けず劣らないスピードで追っていた。リサの高い位置でポニーテールにされた金髪や彼女が羽織っているシャツワンピースが激しく靡き、ショートパンツから伸びた白い脚が、陽の光に輝いている。
容姿端麗で美人なリサが、普段の可愛らしい服装のまま猛スピードでバイクを駆っている――その様子はどことなくインパクトがあり、そして格好良かった。
『ちょっと聞いてんの、止まれって言ってんのよ!』
命令を聞き入れようとしない運転手――トラックを強奪して逃亡中の2人の強盗犯に、リサは物怖じもせずに言う。
すると、トラックの右側のウィンドウが開く。リサは一旦、イヤークリップ式小型拡声器のスイッチを切った。
「プロテクションフィールド、展開」
前方から視線を外さないままリサが呟く。するとバイクのハンドル中央、メーターの側に付けられた小型モニターが小さな認証音を発する。
直後、リサの乗るバイクの前方に円形の壁が形成された。水色の半透明な傘を前方に向けたようなその物体は視界を殆ど阻害せず、どの方向に移動しようとも常に、リサの乗るバイクの前方に展開されていた。
「クソが!」
トラックとバイクの走行音が飛び交う中でも、リサは確かに男が悪態をついたのが分かる。
助手席に乗った男が開いた窓から顔を覗かせたと思うと、リサに拳銃を向けてきた。狙いを定めるのに、さほどの時間は要しなかっただろう。男が発砲し、数発のケースレス弾がリサに放たれる。
しかし、弾丸は全て半透明な水色の壁に阻まれ、勢いを殺されて弾かれる。
プロテクションフィールド(PROTECTION FIELD)。人工重力による壁を展開し、力学的な力に作用して使用者を守る機器、及びそれによって作り出された防壁の名称である。物理学と量子力学における、画期的な発明だ。
男は懲りもせず発砲してくるが、リサには1発も届かない。
突然、着信音が鳴った。視線をバイクのモニターに向けると、『INCOMING NADINE』の表示が点滅していた。リサは先程まで小型拡声器を装着していた耳に、今度はイヤークリップヘッドセットを装着する。
「応答」
着信音が鳴り止み、通話状態に移行する。
『リサ、連中をこれ以上動かしておくのは危険だ、確保に移れ!』
電話の主の女性の声は雄々しく、男性のような気丈さを感じさせた。
プロテクションフィールドが弾丸を弾く音を受けつつ、リサは応じる。
「了解ナディン姉、あたしもそうしようと思ってたとこ!」
リサはスピードを上げて、トラックの運転席入口へと迫る。
ようやく男は銃を撃っても無駄であると察したのか、車内へとその姿を隠した。
『デバイスの使用も許可する、「ハットトリック」と呼ばれるアンタの実力、見せてやんな』
「……その呼ばれ方、正直好きじゃないけどねっ!」
リサはさらにスピードを上げ、右側からトラックの運転席付近へと迫る。
彼女は右手をハンドルから離し、羽織っているシャツワンピースの内側のショルダーホルスターから拳銃――RRCA用に独自開発された、TH2033を取り出そうとする。
しかし、リサが銃を抜くより先に、トラックの開いた窓から何かが放られた。
「!」
野球ボール程の大きさの、銀色のボール状の物体――リサは爆弾かと思って警戒するが、それは爆弾以上に厄介な物だった。
銀色のボールが空中で二つに炸裂する。中から姿を現した物に、リサは目を丸くした。
「ちょ……IMW!?」
ボール状の物体は、IMWの運搬用カプセルだったのだ。
内部に格納されていたオオスズメバチ型IMWが一斉に起動し、空へと飛翔する。続けて二つ目のカプセルが放られ、さらに数体のオオスズメバチ型IMWが舞い上がった。
放たれた個体達は一つのグループとなり、攻撃の機会を伺うように市街を飛び回っている。
(仕方無い、一度……!)
IMWという想定外の攻撃手段に、リサは一旦トラックを追う事を断念した。
プロテクションフィールドは前方にしか展開出来ない為、縦横無尽に飛び交うオオスズメバチ型IMW相手では役に立たない。
『IMWだと……?』
リサの声を代弁するように、通信中の女性は言った。
「ったくもう、何でIMWなんて持ってるの!?」
リサはバイクミラーで後方を確認する。後方から、オオスズメバチ型IMWのグループが迫っていた。
『詮索している暇はない。リサ、やれ!』
「『やれ』だなんて簡単に言ってくれるけどねえ……ああもうっ、了解!」
IMWの相手をしている間に、トラックに逃げられてしまう恐れがある。そうなれば手間が増えるだろう。何よりみすみすターゲットを見逃すのは、リサにはどこか腑に落ちない。が、一般人に危害を及ぼす可能性もあるIMWの存在を看過する事も出来なかった。
リサは強引にバイクを曲がらせ、市街の道路から外れる。彼女は手近にあったビルとビルの間の路地へと侵入した。陽の光は届いていないがしっかりと舗装されており、バイク1台通るには不自由しないだけの広さがある道だ。
ビルの壁にオオスズメバチ型IMWの飛翔音が反響し、後方の確認をせずとも追ってきているのだと分かる。
(オッケオッケ、ついてきなさい)
思惑通り、IMW達を『誘い出す』事に成功した。狭いこの路地では、オオスズメバチ型IMWはその機動力を存分に発揮出来ない。
追い付かれないだけの速度を維持しつつ、リサは今度こそショルダーホルスターからTH2033を抜き、即座に安全装置を解除した。
(全部で……12体)
IMWの数を確認する。そして彼女は前方から注意を逸らさず、バイクに乗ったまま後方へと銃を構えた。そして、バイクミラー越しにオオスズメバチ型IMWへと狙いを定める。
(……今!)
構えてから僅か数秒後、リサの拳銃がケースレス弾を吐き出す。
弾丸は空気を切り裂きながら一直線に飛び、まず1体目のオオスズメバチ型IMWを粉砕した。しかし弾丸の勢いは衰えず、直後に後ろに居た2体目を粉砕し、そして3体目のオオスズメバチ型IMWの羽部分のパーツを胴体から切り離した。
羽を切り離されて飛行能力を失った個体が、リサのバイクの進行ライン上へと墜落する。陸に打ち上げられた魚のようにバタバタと足掻いていたその個体は、リサのバイクのタイヤに踏み砕かれた。
ほんの数秒間しか狙いを定める時間を要せず、しかもターゲットを直接目視せずにバイクミラー越しで、縦横無尽に飛び交う僅か数センチ程の大きさしか無いターゲットを――リサは1発で、同時に3体も打ち抜いたのだ。
「よーし、トリプルゲット」
得意気に漏らし、リサは再びバイクミラー越しでオオスズメバチ型IMWを撃ち落とし始める。殆どは1発で2体以上、時には先程のように1発で3体を撃ち抜き、彼女の驚異的な銃の腕前の前では、オオスズメバチ型IMWは無力に等しかった。
『相変わらず、戦術特殊部隊の中でもトップクラスのバイクの運転技術と銃の腕……リサ、流石だな』
最後の1体を撃ち落とし、リサは一旦バイクを停める。銃に新しいマガジンを装填しつつ、応じた。
「任せなさいっての」
IMWの飛翔音は消えたが、リサは銃をホルスターに仕舞おうとはしない。
「さて……それじゃあトラックの追跡に戻るね。ナディン姉、デバイス使うから」
『ああ、奴らに一泡吹かせてやんな』
リサはポケットからデバイスを取り出し、手首に装着した。




