CHAPTER-19
不本意に得てしまった自分の能力を、裕介は時に疎ましく感じる。
この世に生を享けた時は備わっていなかったが、意図せずに獲得してしまった。それを使う度に――彼は自分が『人間』という定義に当てはまる存在なのかを疑問に思い、寡少なりとも自分自身に恐怖を抱く。
しかし同時に、彼は感謝しなくてはならなかったのだ。己を呪い蝕むその能力――異能に。
(チッ……)
男の銃口は間違いなく裕介に向けられており、銃弾も間違いなく裕介に向かって放たれた。しかし、裕介は平然とその場に立っている。
裕介は無傷だったが、代わりに真後ろの壁に真新しい弾痕が刻まれている。それこそ、銃弾が発射されたという証明だった。
「銃弾を避けたぞ、このガキ……!?」
倉庫内の何処からか、そんな声が聞こえた気がした。
裕介の内に、忌々しさに似た感情が湧き上がる。出来うる限りそれを表に出さないよう、後ろに居るネイトへ問う。
「ネイト、警告は拒否された。そう判断していいだろ?」
「……ああ」
ネイトからの返事を受けると、裕介は両手の指を鳴らしつつ、今度はヘッドセット越しに玲奈へ宣言した。
「玲奈、デバイスを使う」
『了解』
次の瞬間、裕介の足元からモーターの駆動音にも似た音が発せられ始める。同時に、風も吹かない倉庫内にも関わらず、裕介の周囲に砂埃が巻き起こる。
「オレは確かに警告した。それを聞かなかったアンタ達の責任だぜ?」
先程発砲してきた男に、裕介は言い放つ。
刹那、裕介の足元から発せられた。薄暗い倉庫内の隅々まで届き渡る、水色の閃光が。
「なっ!?」
男が狼狽したように漏らす。裕介は、彼の顔を『間近』で見つめ、鼻で笑みをこぼした。
数秒前まで倉庫の床に立っていた裕介は、その時男の側に居たのだ。何段にも積まれたコンテナの上に居る男の、目と鼻の先に。
犯罪者達がざわめく声が聞こえる。当然だ、1秒にも満たない時の間に倉庫内を移動し、さらにコンテナを登る事など、常識では決して不可能なのだから。
「ドアをロックした以上オレ達に逃げ場はねえ、さっきそう言ったよな?」
「な、何っ!?」
男が銃を向けてくる、しかし裕介は構わずに続けた。
「あのセリフ、そのまま返してやるよ」
直後、裕介は男が持つ銃を掴み――発砲する猶予を与えず、『握り潰した』。
合金製の拳銃が脆いガラス細工のようにへし折れ、鉄クズと化してバラバラと落ちる。
だじろいだ男の腹部に裕介は拳を叩き込む、男は泡を吹いて倒れた。恒例になったかのように、犯罪者達がざわめく。
「ふー、次はどいつだ?」
手に付いた拳銃の残骸を払い、裕介は指の骨を鳴らした。
側に居た1人の男が銃を向けてくる、裕介は身構える様子も無く、命じた。
「撃ってみろよ」
「……!?」
発砲を促す言葉に戸惑いを覚えたのか、男は躊躇うような表情を浮かべる。
しかし、裕介に対する敵意を取り戻したのか、銃を発砲した。
「!」
その瞬間、裕介が体感する時間の速度が急降下していく。
周りの犯罪者達の挙動が緩慢になる。本来ならば一瞬で消えてしまう筈のマズルフラッシュが長々と瞬き、秒速500メートルもの速度で迫っている筈の銃弾が、まるで空を漂う風船のように感じられる。
正常な時間の流れを欠いている、それは異様な感覚だった。
(彩月……オレを憎んでるのか)
恐らく今、地球上でただ1人だけ『時』という概念を超越した世界に立っている裕介は心の中で呟き、そしてゆっくりと迫る、本来ならば既に自分の体を貫いているであろう弾丸を見つめる。
そして彼は身を横へ動かし、弾丸のコースから外れた。
直後、減速していた時の流れが元に戻る。自身に向けて放たれた弾丸が後方の何処かを穿つ音が、裕介の耳に届いた。
「……行くぞ!」
宣言すると同時に、先程と同じく裕介の足元から水色の閃光が発せられる。
直後には、彼は数メートル程も離れていた男の側に接近しており、その拳で男達を叩き伏せていく。
「この……化け物が!」
自身を卑下する言葉と共に、銃弾が放たれたのを裕介は感じ取る。すると再び裕介が体感する時間の流れが急激に遅くなり、銃弾が空を漂うのみの物体と化す。
先程と同じく球のコースから外れ、裕介は即座に胸のホルスターから拳銃――RRCAエージェント用に独自開発された、携帯性と実用性を両立させた『TH2033』という銃を抜き、発砲した。
この銃の正式名称は『トラクタブルホーク2033(TRACTABLE HAWK 2033)』。コンパクトなフォルムと威力を合わせ持ち、低反動にして低音、さらに小型サーチライトも装備されている。
裕介のトラクタブルホークから放たれた2発の弾丸も、裕介自身には緩やかに飛ぶ鉄塊に過ぎない。しかし体感時間が元に戻った瞬間、弾丸は本来の、人間が目で追う事など到底不可能なスピードに戻り、男達に命中する。
その後も裕介は、その驚異的なスピードと腕力、更には銃弾をも避けるという人間離れした業を駆使し、次々と男達を打ち倒していく。
「化け物か、確かにそうかもな」
裕介の放つ弾丸を受けた者は、短い悲鳴と共に昏倒する。しかし、裕介はただ1人として死者を出してはいなかった。
彼が用いているのは『ショックウェーブ(SHOCK WAVE)弾』。RRCAが開発した特殊弾丸で、殺傷能力が低い代わりに被弾者を確実に気絶させる能力を有する銃弾だ。内部に衝撃波を発生させる機構を仕組み、人体に命中すると同時にその体内へ衝撃波を送り込み、意識を奪う。
(けど、オレは感謝しなくちゃいけねえ)
時間の流れが遅くなる。2発の弾丸が、自身の頭上で交差するのを裕介は感じる。すぐさま身を翻し、裕介は背後に居た2人の男達へショックウェーブ弾を放つ。
同時に時間の流れが元に戻り、被弾した男達は背後に吹き飛び、気絶した。
「自分が化け物だって事に、な」
新しいマガジンを銃に装填しながら、裕介は言った。
◇ ◇ ◇
「ただのガキじゃねえなこいつら、RRCAの飼い犬か」
モニターに映る赤いジャケットの少年を睨みつつ、ランドン・グティレスは忌々しい気持ちを隠そうともせずに言った。
(しかし、何故この場所が……ネズミが紛れ込んでいたのか?)
自身の手下達がたった1人の少年に倒されていく様子に、彼は舌打ちする。銜えていた煙草を捨て、虫を潰すかのように踏み消した。
「どうしますボス。あのガキの強さ、どう見たって尋常じゃない……!」
狼狽える手下の声を背に受け、ランドンは煙を吹く。重々しげな仕草で椅子から腰を上げた。
「……やむをえん」
とても低い声で漏らす。男は振り返ると、威圧的に命じた。
こうなってしまった以上、彼の選択肢は決していた。どのような手段を取ろうとも、侵入してきた者を排除する事である。
「取引用のブツを使え!」




