CHAPTER-17
「ミッション……」
隣で、玲奈が呟くのが分かった。
僅かに沈黙が流れる。裕介には、ウィレムが自身、そして玲奈とネイトの表情を読み取っているように思えた。
RRCAアクアティックシティ支部長の彼が、この場に呼んでまで告げなくてはならない用件。重大な事項であることは容易に想像が付く。
「つい昨日の事だよ。ミラードからの要請で行方を追っていたある男の所在を、掴んだという報告があったのはね」
「リサちゃんのお父様からの?」
玲奈が反応を示すと、ウィレムは「その通り」と応じた。
「スクリーン、映してくれ」
天井収納式のスクリーンに電源が入り、ある男の顔写真が映し出される。目付きが鋭くて、エラが張った顎を持ち、いかにも柄の悪そうな男だ。
「こいつは?」
犯罪者だろう、という想像は付いていたので、裕介は具体的にどのような者なのかを問う。
ウィレムは応じた。
「名は『ランドン・グティレス(LANDON GUTIERREZ)』。詳細情報を」
顔写真が縮小され、画面左上に移動する。余白となった部分にその男――ランドンの情報が表示されていく。
氏名や性別に、生年月日や出身地、さらに罪状。そして裕介が真っ先に目を留めた項目が、
「……手配度『A』、大物か」
ウィレムが裕介達に見せているのは、RRCAの犯罪者データベースだ。そこに載っている犯罪者達は、罪状や犯歴、更正の状況等によって、RRCAのエージェント同様に全5段階のグレードで区分される。
通称『クリミナルグレード(CRIMINAL GRADE)』、裕介が言ったように『手配度』と呼ばれる事もある。方式は同じでもRRCAのグレードとは正反対の意味を持っており、最高位の『S』に近付く程重い罪を犯した凶悪犯、つまりRRCAが厳しくマークしている者という事になるのだ。
「特務内偵部が追っていた男でね、ついにその尻尾を掴んだとの事だ」
「特務内偵部……もしかしてヴァジーム君達が?」
玲奈が問うと、ウィレムは頷く。
「流石は潜入捜査のエキスパート。危険な捜査だったが、彼らはグレードAの名に恥じない成果を上げてくれた」
「それで、僕達に特務内偵部の後を引き継いで欲しいという事でしょうか?」
ネイトは、チェス盤の駒を全て初期位置に戻し終えていた。
その身に関わる事を説明されているにも関わらず、彼は冷静沈着な様子を僅かたりとも崩さない。
「その通り。報告によればランドンは犯罪者集団を率い、廃倉庫群に潜伏している。改めてミッションの内容について言うが、彼らの確保を君達にお願いしたい。麻薬や禁止武器の密売、更には殺人の前科もある凶悪な連中なのでね、とにかく一刻も早く刑務所へ入れてやる必要がある」
ついに、ウィレムから真意が語られる。
嘘冗談など一片も無く、グレードAに区分される凶悪な犯罪者、さらにはその配下に居る者達の確保を、裕介、玲奈、そしてネイトに任せたいと申し出ているのだ。
「了解、オレ達でやります」
考える様子も無く、裕介は即答した。否、彼には考える時間など必要なかった。
スクリーンに映し出された男を顎をしゃくって指し、
「こんな奴を野放しにしていたら、何をしでかすか分かったもんじゃない。すぐにでも拘束しないと」
ランドン・グティレスが凶悪な犯罪者である事、理由としてはそれだけで十分だった。
「同感です。厄介事を起こされる前に対処すべきだ」
ネイトに同意され、裕介は彼を向く。ネイトと視線が重なったが、金髪美少年はすぐに逸らしてしまった。
「それではいつも通り、私が裕介とネイト君のバックアップを。ところでボス、お聞きしたい事があるのですが、宜しいでしょうか?」
「言ってくれたまえ」
玲奈が質問を申し出ると、ウィレムは首を縦に振って快諾する。
「このミッションの担当に、私達を選んだ理由は?」
ウィレムは「そうだな……」と呟きつつ、ソファーから腰を上げた。そしてゆっくりとオフィスの端、デスクが設置された辺りまで移動する。側にはガラスの壁があり、その向こうにはアクアティックシティの街並みが広がっている。
玲奈の疑問は最もだった。10代では無いにせよ、裕介達以上に経験を積んだグレードSのエージェントは、RRCAアクアティックシティ支部には確かに存在する。
何故、ウィレムはあえて裕介達を選んだのか。
「2054年。今がどういう時代なのか、君達も知っているだろう?」
「え……」
不意に返された質問、戸惑う様子を見せた玲奈の代わりにネイトが答えた。
「『低年齢・若年化社会』。全世界91億の人口……その68%を15歳から34歳の若年層が占めているという、世界的に見ても異例の年齢別人口割合となっている時代です」
流暢に説明するネイト、ウィレムが感心するように首を縦に振る。
「その通り。単純に考えても、全人口の実に7割近くが若者、という事だ」
裕介は小さく頷く。ネイトのように歯切れ良く説明する自信は無かったが、彼は世界の年齢別人口割合が如何なる状態にあるのかを知っていた。恐らく、というより間違いなく玲奈も知っているだろう。世間一般に知れ渡っており、最早周知の事なのだから。
窓越しに広がるシティの景色を背に、
「今は、若者が主役の時代なのだよ」
断じるように言うと、ウィレムは再び裕介達の向かいへ腰を降ろす。
「中でも君達は別格だ。類まれな才能に加え、その若さからは考えようも無い経験の豊富さ、先輩のエージェント達と比較しても遜色ない実績。そして何よりも……エージェントである前に人として大切な物を、確かにここに刻んでいる」
まるで自分の事のように嬉々とした様子で語りながら、ウィレムは自身の胸を軽く叩いた。
「特に裕介君、君はね」
「!」
不意に名指しされて、裕介は僅かに赤面する。ウィレムと合わせていた視線を逸らし、誤魔化すように頬をぽりぽりと掻きつつ、
「いや、オレは別に……」
「……ふっ」
玲奈が自身を瞥見し、口元に笑みを浮かべたのが分かった。「何だよ?」と問うと、彼女からは「別に」とだけ返事をされる。
ネイトは裕介達の会話を意に介さない様子で、
「では、僕達の仕事はその男……ランドン・グティレスを拘束する事。そうですね、支部長?」
「ああ。とにかく奴は危険な男だ、勿論の事デバイスを投入しても構わない。なんならグレードAの面々……リサ君や耀君の力を借りてもいいし、もしも必要ならば私設部隊の出動を手配することも出来るが」
「っ、私設部隊はちょっと……!」
裕介は慌てて、ウィレムの提案を遮った。
「怖いのかね、ナディンが?」
「や、怖いって訳でも。けどあの人、今でも少し苦手っつうか……」
ウィレムが挙げた名前に、裕介は図星を刺されるような感覚を覚えた。
「……まあ、大丈夫。別に私設部隊の力を借りなくても、オレ達で行けますって」
自信に満ちた言葉と同時に、裕介はゆっくりと腰を上げる。
「伊達にグレードSやってる訳じゃありませんから、オレ達」
裕介は目の前の上司に、誰よりも自身や玲奈や、ネイトの実績を知っているであろうウィレムに、誇るような面持ちを隠そうともせずに言う。
気が付くと、玲奈とネイトも立ち上がっていた。
「この件は、僕達でカタを付けます」
「私達にお任せ下さい、ボス」
ネイトと玲奈が言い、ウィレムもソファーから腰を上げる。オールバックの髪に軽く触れつつ、彼は満足げに小さく頷いた。
「ありがとう。それでは君達に一任するよ、期待している」
裕介達はほぼ同時に、頷いた。




