CHAPTER-15
エリアG――アクアティックシティを構成する14つの巨大人口浮島の中で、中央に位置するエリアだ。
各エリアを結ぶ架け橋とも言える、極めて重要なエリア。その一角に周囲のビル群から抜きん出た、一際高く、そして大きな存在感を持つ超高層ビルが鎮座している。
芸術作品のように優美な姿を持ちつつ、また未来を象徴させるような、螺旋を描くように空に向けて伸びた斬新奇抜なデザイン。
――RRCAアクアティックシティ支部。その入り口からは、無数の人々が出入りしていた。20代から30代前半の若者が多くを占めるが、10代の少年少女達の姿も見受けられる。
大柄で厳つい風貌の男性から、更にはあどけない面持ちの幼い少女まで。彼らは皆、RRCAのエージェントである。
このようなビルに出入りするならば、スーツにネクタイといった格好が相応に思えるが、彼らは私服姿だ(中には、スーツに身を包んだ者も居るが)。
そして、行き交う人々の中。裕介と玲奈は支部の入り口に向かい、歩を進めていた。
「直接話したいって事は、ミッションの事だよな」
「うん。ボス、ネイト君も呼んだって言ってたし」
裕介が問うと、玲奈は風に泳ぐ茶髪を押さえつつ応じた。
自動ドアを通過し、2人は支部のエントランスホールへ入る。
(ここは、相変わらずだな)
裕介は心中で呟く。
RRCAアクアティックシティ支部、エントランスホール。裕介は何度も訪れた事のある場所だが、新鮮味に近い物を感じていた。
白と水色の石材が敷き詰められ、端まで丁寧に磨き込まれた床。銀色のプランターに植えられた、鮮やかなグリーンの観葉植物。壁に幾つも設けられた大型モニター。それら全てを、防弾ガラス越しに差す陽の光が照らしていた。
大きな存在感を持つビルに違わず、中も壮観な趣に満ち溢れていた。
『RRCAアクアティックシティ支部へようこそ。低年齢・若年化社会を迎えたこの時代、警察を初めとする犯罪を取り締まる組織が衰退し、世界の治安維持が困難となる事が強く危惧されています』
スピーカーからエントランスホールへ向けて流される女性の声と共に、エントランスホールのモニターに人口割合のグラフが映し出されていた。15~34歳までのグラフが、目に見えて大きく伸びている。
すると画面が切り替わり、何処かのコンビニが映る。マスクとサングラスで顔を隠した男が、レジカウンターの店員にナイフを突き付けた。
『RRCAは、警察衰退時の後継となる事も期待される対犯罪組織。組織名の差す通り、特別なカリキュラムをクリアしたエージェント達が、あらゆる犯罪への迅速な対応を行います』
モニターに映っているコンビニで、2人の若者が弾かれるようにレジカウンターに視線を移す。
雑誌を立ち読みしている少年と、パン売り場でクリームパンをその手に取っていた少女、2人とも高校生程の年代だった。
2人は各々手に取っていた商品を棚へ戻し、迷いも無くレジカウンターの前、店員にナイフを突きつけている男に歩み寄る。2人で男を挟む位置に立つと、店員を脅して煙草数箱を奪取した男は2人に気付き、彼らにナイフを突きつける。
男は数度、ナイフの切っ先を少年と少女へ交互に向け、少女ならば容易く突破出来ると思ったのか、少女へ襲い掛かる。
すると、少女は襲ってきた男のナイフを躱し、柔道の背負い投げを思わせる技で男を投げ飛ばす。
仰向けで悶える男に、間髪入れずに少年が駆け寄る。少年は男のナイフを奪い、うつ伏せの体制にさせ、その両腕を背中へ引く。そして、少年は男の両腕に手錠を嵌めた。
ナイフを持った男を取り押さえた少年と少女に、店員の男性が駆け寄り、何かを話す。すると2人はポケットから本革――RRCAのIDを取り出す。2人とも、グレード『B』だった。
『年齢の制限無く、例え10歳に満たない子供であってもエージェントとして認められる事が可能なシステムの導入を筆頭に、RRCAは社会の安全を担う若者の育成、そして事件の解決に力を注いでいます』
モニターに映っていたのは、何処にでも居そうな少年と少女がコンビニ強盗を拘束する模様。RRCAに属し、エージェントとして活動する若者の実力を表す映像だ。やらせなどでは無く、過去に発生した実際のコンビニ強盗事件の映像である。
映像が切り替わり、モニターには大きく『RRCA Aquatic City Branch Office』と表示された。
「こんにちは裕介君、玲奈さんも」
裕介と玲奈が歩み寄ると、受付嬢が先んじて挨拶した。
彼女は黒いスーツに身を包み、胸元にはRRCAのIDプレートが付けられている。いかにも仕事が出来そうで、利発そうな雰囲気を持つ女性だ。
「どうも」
裕介が挨拶を返し、玲奈はその後ろで小さく会釈する。
「本日の御用件は?」
「支部長に呼ばれて来ました、私達に話があるとの事で」
玲奈が応じると、受付嬢は「少々お待ち下さい……」と言い、タッチパネル式のキーボードを操作し始める。
手慣れた様子でコンピューターに命令を飛ばし、数秒。その手が止まると同時に、受付嬢は顔を上げ、再び裕介と玲奈を見た。
「確認出来ました、ガーフィールド支部長への用事ですね。それではいつも通りに……」
と、受付嬢は裕介と玲奈の顔を見たまま、視線を右へ移す。
「オッケー、ありがとう」
そこから先は、裕介と玲奈には説明されるまでも無かった。
受付嬢が指した方向に歩を進め、2人はエレベーターに乗る。数十秒後、『112階です』という電子音声と共にドアが開き、彼らは短い通路を歩き始める。
エントランスホールと違い、通路内には人の姿は無かった。
目を引くような物はこれといって見当たらず、『通路』というよりはエレベーターのドアと、その向かいに位置するドアを繋ぐだけの役割を持った空間、という表現が正しいだろう。
『お待ち下さい』
独特の駆動音と共に、裕介と玲奈を1機のIMWが迎える。
裕介がVRMSにて戦ったタカアシガニ型とは違い、ビーグル犬の形状を持つ四足歩行の小型ロボットだ。
シルバーのボディを持ち、その胴体部分には『12』の識別番号が記されている。
「よ、『トゥエルブ(TWELVE)』。今日も元気だな」
『身分証を拝見出来ますか?』
ビーグル犬型IMWに求められ、裕介と玲奈はRRCAのIDカードを取り出し、掲げた。
するとビーグル犬型IMWは、頭部から『キュイイイン……』という音を発する。身分証をスキャンしているのだ。
数秒後、
『確認しました。支部長がお待ちです、どうぞ』
ビーグル犬型IMWは、警備用のIMWだ。
RRCAアクアティックシティ支部には、全部で200機が配備されており、ほぼ24時間稼働している。
戦闘用のタカアシガニ型とは違い、人間に致命傷を与えるような攻撃力や武装は備えていないが、代わりに高感度のセンサーや通報機能を備えているのだ。
人に懐きやすい性質のビーグル犬を模しており、穏やかな性格がインプットされ、人と会話が可能な言語機能を搭載している。しかし、最低限の武装としてスタンガンを内蔵し、防弾処理が施されているあたり、やはり人工知能搭載式戦闘用ロボット――IMWである。
裕介と玲奈を迎えたのは200機のうちの1体で、支部の最上階にあたる112階に配備されている機体。『12』番の識別番号を与えられていることから、彼(性別は男性プログラムである)には『トゥエルブ』という愛称が付けられていた。
トゥエルブが通路脇にお座りし、祐介と玲奈を通す。
すると、天井に取り付けられたスピーカーから通路内に居る2人に向かって、男性の声が発せられた。
『待っていたよ裕介君、玲奈君も』
通路の突き当りにはドアがあり、その脇の壁にはロック装置がはめ込まれていた。
赤ランプが点灯してロック状態になっていたが、その男性の声の直後、ロック装置から小さく電子音が発せられ、ランプが緑色に変じる。ロック装置のモニターに映っていた文字が、『LOCKED』から『UNLOCKED』になる。
ドアの向こう側にいる、声の主――裕介と玲奈を招いた人物が、ドアのロックを解除したのだ。
『さあ、入ってくれたまえ』
誘われるまま、裕介と玲奈はドアに向かって歩を進め始める。




