CHAPTER-14
昼休み、アメリカでは『ランチブレイク』等と呼ばれる時間。
ウエストサイドハイスクールの生徒達は、各々昼食を摂りに行っていた。
食堂に足を運び、栄養バランスを極限まで考慮されたランチを注文する少女や、『辛さEX-MAX・遺伝子組み換え極悪ハバネロ大量投入スープカレー』なるメニューに、舌を焼く覚悟で特攻してみる少年も居る。
そして、裕介は校内の生徒達の行き交う廊下から逃れ、テラスのベンチに腰かけていた。
彼の側には、購買で購入したハンバーガーとオレンジジュース。日本円にして合計120円で手に入れた、裕介の昼食である。
「ふう」
浴びるように射す日差しが、裕介を包み込んでいた。
彼の仄かに茶色が入った黒髪が陽の光を受け、より茶色みを増している。
テラスに緩やかな風が吹き抜け、裕介の赤いジャケットが空を泳ぐ。
(さて、昼飯昼飯……)
裕介は、ハンバーガーの袋を開封する。
アクアティックシティに来てから、裕介はハンバーガーを食する機会が増えた。
2054年現在でも、ハンバーガーはアメリカ合衆国を代表する国民食の地位を譲らず、手軽に食べられてしかも美味。
加えて、バイオ技術の進歩によって原料を容易に大量生産出来るようになった為、値段も学生達には手頃である。
余談ではあるものの、具材を挟むパンの上部を『クラウン』、下部を『ヒール』と呼ぶ事も、裕介はこの機会を通じて知った。
彼がパンやハンバーグやレタスを咀嚼していた時。
「裕介」
裕介は不意に肩を叩かれた。
「ん?」
振り向く。黒髪の数か所に茶色のメッシュを入れた、背の高い少年が立っていた。
その片手には、サンドウィッチ入りのポリ袋が下げられている。
「ああ、耀」
「隣座ってもいいか?」
裕介は数度頷き、脇に置いていたオレンジジュースのペットボトルを自身の側へと寄せる。
代わりに、彼――耀が空いた場所に腰を下ろした。
「玲ちゃんと一緒じゃねーの?」
サンドイッチを開封しながら、耀は裕介に問う。長めに伸ばされた耀の髪が、風に泳ぐ。
彼が口にした『玲ちゃん』とは、玲奈の事だ。
「玲奈、禾坂をサイバー犯罪対策部の先輩と会わせてくるって」
「あー、転入生の顔合わせか」
と、裕介は気付いた。
しばしば耀と一緒に居るアメリカ人美少女が、今は彼の側に居ない事に。
「耀の方こそリサと一緒じゃねえの? よく一緒に居るし、所属してる部署同じじゃなかったっけ?」
「部署は同じでもチームは違うけどな。……つーか、いつもリサが勝手に着いてくんだよ」
耀は小さくため息を吐く。
しかしながら、彼の表情は穏やかであり、決してリサを疎んじていない事が伺えた。
「あいつ、購買でドーナツ買ってくるっつってた。……全種類」
裕介は思わず、笑みを浮かべた。
まさか、リサは購買で売っているドーナツを全種類、ランチブレイクの時間中に平らげてしまうつもりなのか。
ウエストサイドハイスクールの購買で、何種類のドーナツが販売されているかは裕介も把握していないものの、オールドファッションやショコラ、イーストリング……どれだけ少なく見積もっても、10種類はある。
どう考えようとも、常人が昼休み中に腹へ入れられる数では無かった。テイクアウトし、家で夜食にする……という事も考えられなくはないが。
「あの食いしん坊万歳……あんな細い体の何処にそんな入るスペースあんだよ」
裕介の言葉に、耀は「あいつの口の中、異次元にでも通じてるのかも」と返す。
すると裕介は人差し指を立てつつ、「もしかしたら、腹ん中にブラックホールでもあったりして?」と。
それを皮切りに、2人の少年の笑い声がテラスに発せられた。
恐らくリサは、何処かでくしゃみを連発している事だろう。
「ぷっ……耀、リサに知れたら撃たれるぞ?」
そんな事を言いながらも、裕介は笑いを止めない。
「あいつ、あれで銃の扱いとバイクの運転はやたら上手いからな」
耀は返す。
彼も裕介と同じく、笑いの余韻から抜け出せない様子だった。
「リサって警察官の娘なんだろ? 前々から思ってたけど、それが関係あんのかも」
裕介は、ハンバーガーの最後の一口を腹に収めた。
オレンジジュースの残りも飲み下し、彼はベンチから腰を上げる。
ハンバーガーの包み紙とジュースのペットボトルを、テラスの傍らに設置されたダストボックスに放り込み、裕介は再びベンチに座った。
すると耀は、考えるような面持ちを浮かべた後で、
「警察の娘なら、小さい頃から銃の扱い方を教わる事もあるかもな」
とは言ったものの、あくまで推測の域を出ない事である。
銃が日常的に存在する国――銃社会のアメリカ。
銃の所持率、及び銃による殺人事件数が増加したのは1970年代であるが、2054年現在でも、一般市民の銃の所持の自由は改変されていなかった。寧ろ、射撃時の反動やマズルフラッシュがほぼ皆無の銃、他にはサイレンサーの標準装備により、携帯性を損なうことなく銃声を極限まで削減した銃など、女性や子供でも容易に扱える銃も多数、登場している。
裕介が応じた。
「まあここ、アメリカだし」
幼い頃から銃に触れて来たという者も、決して珍しくは無いだろう。警察官の娘ともなれば、尚の話である。
裕介は背筋を伸ばし、その背中をベンチの背もたれへと預けた。投げ出すように両足を前方へ放り、楽な姿勢を取る。
「んっ……!」
降り注ぐ日差しに、裕介は両腕を空に突き上げて伸びをした。
「……!」
その時、耀は裕介の右腕に視線を集中させる。
無造作に右腕を見ている訳ではなく、耀の視線の先は裕介の右腕――上腕の肘の側に着けられたブレスレットだ。黒革の地に銀色の装飾が施された、見かけだけでも男性用にデザインされたと分かるブレスレット。
「裕介」
「ん?」
耀は、裕介と視線を合わせつつ、
「まだ引きずってるのか? 彩月の事」
「……!」
どうして耀が、そのような疑問を投げかけて来たのか。
そう思った裕介は、自らの右腕上腕に付けたブレスレットに気が付く。
ブレスレットは普段、赤ジャケットの袖に隠れて見えないのだが、今は袖が捲れており耀にも見えたのだ。
「……忘れられないさ」
物憂げに、裕介は返す。
絞り出すように発せられた、覇気の薄い声だった。
「あれは別に、裕介が悪かった訳じゃねーだろ」
「……」
裕介は、自らの腕に付けたブレスレットを見つめる。
彼には不似合いな――物憂げで、何処か寂しげな色を含んだ瞳で。
「裕介、右腕は大丈夫なのか? それと……」
耀は、そこで言葉を止めてしまう。彼の視線は、裕介の頭に向けられていた。
裕介は、右手で自身の側頭部に触れつつ、
「どうって事無いさ。あれからもう、結構経ったし……」
耀は「そっか」と返し、それ以上は言葉を紡ごうとはしなかった。
直後、裕介のポケットから着信音が奏でられる。ちなみに、『DANI CALIFORNIA』のサビ部分である。
「ん」
昼休みの時刻に電話を受ける事は、裕介にとって頻繁な出来事とは言えない。
一体、誰からの電話だろうか――裕介はベンチから立ち上がりつつ、ポケットから携帯を取り出す。
前方に歩み出ると、耀に「ちょっと悪い」と声を掛け、携帯の画面に視線を向ける。
「お?」
画面に表示されていた内容に、裕介はどこか素っ頓狂な声を漏らす。
「誰から?」
「……ボスから」
裕介は振り返り、携帯の画面を耀へ向けた。
画面には、『Incoming WILLEM GARFIELD』という着信表示。
「ん、まじか?」
表示された名前――つまり電話の主は、耀も知る者である。
否。裕介や耀に留まらず、玲奈やネイト、リサ。とにかくRRCAに属している者ならば、恐らくは誰もが知っているであろう人物だ。
携帯の『ANSWER』パネルをタップする。
「はい、もしもし?」
裕介は、思わぬ相手からの電話に応じた。




