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GLORIOUS DELTA  作者: 虹色レポートブック
EPISODE-01 "RETRIBUTION OF SADNESS"
13/93

CHAPTER-13

 

 投擲弾を拾い上げた裕介は、それを片手にひた走る。

 その後ろからは、彼を捉えんと追いかけるタカアシガニ型IMW。

 殺人マシンは8本の脚で地面を抉るように進みつつ、2本のアームを裕介に向けて伸ばす。

 しかし、裕介には届かない。

 自身の目と感覚、そして玲奈からの情報を頼りに、裕介は攻撃を避けているのだ。


『伏せて!』


 裕介は足を一時止め、その場で地面に膝を折る。

 次の瞬間。彼の頭上を、2本のアームが交差する形で通過した。

 攻撃を回避し、裕介は赤ジャケットを靡かせながら駆け出す。

 タカアシガニ型IMWからの攻撃を避ける、再び駆け出す――それを繰り返し、彼はその場所に向かう。

 見上げる程の大きさの、巨大なガントリークレーンの下に。


「よし、見えてきた……!」


 名称を知らない者に表現させれば、赤と白に塗装された鉄柱。

 それが視界に入ると同時に、裕介は走るスピードを上げた。

 まだそんな体力が残っていたのか、見る者にそう思わせる程の俊足ぶりである。

 数分――裕介は辿り着いた。

 埠頭の岸壁に設置された、巨大なガントリークレーン。

 そのアウトリーチ部分やバックリーチ部分や機械室を支える、計4本の支柱の間の位置に。


『裕介、来るわ!』


 積み上げられたコンテナを蹴散らし、タカアシガニ型IMWが裕介の眼前に現れたのは直ぐの事だった。

 一旦視界から消えた裕介、しかしタカアシガニ型IMWは再び裕介の姿を感知し、彼に追い迫る。

 そんな最中でも、裕介は冷静だった。

 何故なら――タカアシガニ型IMWをガントリークレーンの側に誘い込む事こそ、彼と玲奈の作戦なのだから。


「来やがれ、このカニ野郎!」


 裕介は挑発するように言葉を投げつけるが、それがタカアシガニ型IMWに通じる筈も無い。

 タカアシガニ型IMWは、裕介に向けて距離を詰めていく。

 巨大機械の突進が迫って来る中、裕介は後方を振り返った。


(よし……!)


 彼の視線の先には、ガントリークレーンの支柱の側に積み上げられたコンテナの壁。

 裕介は何の躊躇いも無く、埠頭の地面を蹴る。


「おおおッ!」


 裕介が向かう先は、コンテナの壁だった。

 先程と違い、コンテナは何段にも積まれている。

 抜群の運動神経を持つ裕介でも、壁蹴りの要領で越えるのは不可能の筈だった。

 それでも裕介は足を止めない。

 決してがむしゃらに走っているのでは無く、ある目的の為に。

 その後ろで、タカアシガニ型IMWが裕介の背中に向かって突進していた。

 このままでは、コンテナの壁とタカアシガニ型IMWに裕介が挟まれてしまう――サイバースペースの状況を見ていた誰もがそう思った、正にその時。

 それが、起こった。


「ふッ!」


 息を吹くような掛け声と共に、裕介はコンテナに突っ込む形でジャンプする。

 ハンドグレネードを一時手放してコンテナの壁を越えた時と同様、裕介はコンテナの側面を蹴り上げた。

 1度目の蹴りで空中に高く上昇し、2度目の蹴りでさらに高く高度を稼いだ。

 数秒――タカアシガニ型IMWが裕介の足下を通過し、コンテナの壁に激突する。

 積み上げられたコンテナが崩れ、後方に落下していく。


(よし、狙い通り……!)


 壁蹴りジャンプでタカアシガニ型IMWの突進を避けた裕介。

 タカアシガニ型IMWが姿勢を低め、本体部分から突っ込んで来てくれた事もあり、彼は完璧に躱すことが出来た。

 勿論、常人ならば到底成しえない事である。

 

『今がチャンスよ!』


 裕介は壁蹴りジャンプから着地し、タカアシガニ型IMWの背方向に走る。

 彼の位置と、ガントリークレーンの間が瞬く間に開いて行く。

 タカアシガニ型IMWが180度方向転換し、裕介を視界に捉える頃。

 裕介は、手にしたハンドグレネードの安全ピンを抜いた。


『裕介、タイミングを逃さないように落ち着いて狙って!』 


 タカアシガニ型IMW、そしてガントリークレーンから距離を取った裕介。

 彼とガントリークレーンの間に、タカアシガニ型IMWが居る位置関係になっていた。


「っらあ!」


 右手に持ったハンドグレネードを、裕介は力の限りに放り投げた。

 投擲弾は野球の遠投さながらに飛んでいき、タカアシガニ型IMWの頭上を越え、ガントリークレーンの支柱に吸い込まれていく。

 小さな金属の楕円体と、太い支柱。

 双方が接触した瞬間、鐘を打ち鳴らすような金属音がサイバースペースの埠頭に響き渡る。

 数秒、投擲弾が爆発した。


「っ……!」


 巨大な爆風に、巻き起こる黒煙。

 そして凄まじい衝撃波に、裕介は思わず片腕で顔を覆う。

 しかし彼は直ぐに視界を戻し、状況を確認した。

 自身に向かって迫るタカアシガニ型IMW、裕介がより注視しているのは、その後ろだった。


「よし……玲奈、成功だ!」


 裕介は笑みを浮かべた。

 彼の表情の源は、タカアシガニ型IMWの後方。

 ハンドグレネードによって支柱を吹き飛ばされ、安定を失ったガントリークレーンが倒れ始めていた。

 それも、タカアシガニ型IMWの頭上に向けて。


『……ジャストタイミング』


 裕介に届く、玲奈の言葉。

 タカアシガニ型IMWが裕介に向けてアームを伸ばす、しかし裕介はもう、逃げようとはしなかった。

 逃げる所か、彼はその場で踵を返す。

 歩を進めつつ、裕介は余裕混じりに漏らした。


「ふあ、あ……やっと終わったか」


 彼の背中に向けてアームを伸ばすタカアシガニ型IMW。

 しかし、そのアームが裕介に届く直前。

 倒れたガントリークレーンが、タカアシガニ型IMWを上から押し潰した。


「んっ……!」


 裕介は伸びをする。

 彼の後ろで、爆発と共にタカアシガニ型IMWの破片が飛散し、轟音と爆風を埠頭に拡散させた。

 発せられたオレンジ色の光が、裕介を背中から照らす。

 数秒前まで活発に活動していたタカアシガニ型IMWは、原型を留めていない。

 本体部分を押し潰され、脚部もほぼ吹き飛び――最早スクラップに成り果てている。

 倒れたガントリークレーンが、埠頭の地面に食い込んでいた。


(ちっとばっか、時間掛けちまったかな?)


 裕介は、自身の視界上部に表示された敵戦力表示に視線を確認した。


 ――ENEMIES 0%


 先程までは『38%』だったパーセンテージが、一気に『0%』になっていた。

 敵が全滅した証拠である。


『裕介、お疲れ様』


 玲奈からの労いの言葉。

 続いて、裕介の視界にメッセージが表示される。


 Mission complete!


 任務完了、という意味の英文。

 同時に、玲奈では無い女性の声が裕介に届く。


『敵勢力の全滅を確認、ミッション成功です。お疲れ様でした』


 声の主は、VR実戦を管理するルーシーからである。

 彼女の言葉は、さらに続けられた。


『これより、テスター、『ユウスケ・アイハラ』の意識をサイバースペースから現実世界へと戻します』


 

 ◇ ◇ ◇



 目を覚ますと同時に、裕介の鼓膜を少年少女達の歓声が震わせた。

 VRMSの寝台で体を起こし、裕介は床に足を着く。


「すげえや裕介!」


「流石、グレードSだぜ!」


 一度も敵の攻撃を受けず、タカアシガニ型IMWをもねじ伏せた裕介。

 サイバースペースでの出来事をモニターで見ていた少年少女達には、称賛に値する物だった。

 数人の少年少女達が、裕介に歩み寄る。

 その中には玲奈も居た。


「お帰り裕介、疲れた?」


 サイバースペース内で聞いたのとは違う、正真正銘の玲奈の声。

 裕介は小さく頷きつつ、自身を現実世界からサポートしてくれていた少女に応じる。


「ちょっとばかり」


 VRMS室内の照明に、玲奈の左前髪に付いたヘアピンが煌めく。

 裕介は人垣をかき分けるように進む。

 彼は、部屋の隅に設置されたベンチへと腰かけた。

 

「おっつー、ユースケ」


 リサが裕介を迎える。

 彼女の側には耀も居て、さらに裕介の後ろからは玲奈も続いていた。


「流石、化け物じみた運動神経は昔から全然衰えてねーな」


 裕介の肩を軽く叩きつつ、耀が言う。


「化け物って……そんな例え方よせよ」


 笑い混じりに、裕介は耀へ応じた。

 玲奈は裕介の隣へ腰掛け、彼に言葉を紡ぐ。


「毎日欠かさず鍛えてるんだもんね?」


 裕介は「おう」と頷いた。


「ユースケ、そんな体ばっか鍛えてないで、少しは頭も鍛えたら?」


「どういう意味だよ!」


 リサの発言に、耀と玲奈は笑みを漏らした。

 裕介の運動神経は、ウエストサイドハイスクールの生徒達の中でも随一。

 しかしながら、彼は他の勉強にはやや難があるのだ。

 因みに一番の苦手科目は、数学である。

 その苦手さたるや、どれだけ必死になって勉強してもテストでは30点が精いっぱいである程。


「裕介、もうすぐ数学のテストあるだろ? また玲ちゃんに教えてもらえよ」


 耀は、玲奈を指した。

 グレードSの権限を保有していると言えども、裕介は決して万能な人間では無い。

 否、万能な人間など恐らくこの世には存在しないだろう。

 どれほど完璧に見える人間でも、必ず何かしらの欠点を持っている筈である。


「これ以上点落としたらまずいんでしょ? ホラ、ちゃんとレイに頼む!」


 乱暴気味に、リサは裕介の背中を叩く。


「あ~……」


 裕介は、隣に掛ける玲奈に視線を移した。

 玲奈は何も言わない。

 まるで、裕介の言葉を待っているかのようである。


「……数学教えてください。玲奈さん」


 違和感全開な敬語で、裕介は申し出る。

 玲奈はニコニコと愛らしい笑みを浮かべつつ、応じた。


「もちろん、いいよ」


 屈託の無い玲奈の笑顔。

 裕介はベンチから立ち上がり、


「……ちょっと、水飲んで来るわ」


 そう3人に残し、裕介はVRMS室に設置されたウォーターサーバーに歩み寄っていく。

 20リットルのガロンボトルを装置上部に装着し、常に冷水を供給する設備。

 生徒の水分補給用として、校内に幾つか設置されている。

 次世代の浄水システムにより、水質は常に万全。

 しかも無料であり、生徒達の渇きを癒す為大いに役立っているのだ。


「もお、照れちゃって」


 赤ジャケットを着た裕介の背中に向かい、玲奈は呟く。

 裕介はウォーターサーバーの横に伏せて置かれた、紙コップを1つ手に取る。

 紙コップを吸水口の下に置くと、自動で水が給水され――内部を満たしていく。

 ふと、裕介は自身の側に立っている少年に気付いた。


「! ああ、ネイトか」


 金髪パーマのアメリカ人少年、ネイト・エヴァンズだった。

 裕介と同じ、グレードSの権限を与えられたRRCAエージェントである。


「……」


 ネイトは無言だった。

 彼の空色の瞳は、怪訝な表情を浮かべる裕介の顔を映している。


「何だよ?」


 裕介は、今し方ウォーターサーバーから入手した水をくいっと口に含んだ。

 

「少しは、玲奈の事も考えたらどうだ?」


「……またその話か」


 ネイトから発せられたのは、裕介にとって聞き覚えのある言葉だった。

 裕介に向けて、続けて言葉が発せられる。

 落ち着いた雰囲気を醸すような、淡々とした口調で。


「もし実戦であんな突っ走った戦い方をして、君の身に何かあったら……」


「オペレーターの玲奈が責任を問われることになる、だろ?」


 裕介は、空いた紙コップをダストボックスに放り込んだ。

 再びネイトに向き直り、


「ちゃんと考えてるっての、オレだって別に何も考えずに突っ走ってるつもりはねえぜ?」


 ネイトに言葉を返す暇を与えず、裕介は続けた。


「つうかネイト、前々から思ってたんだけどさ……やけにお前、玲奈の事気にしてねえ? ……気のせいか?」


 裕介が問うと、ネイトは即答した。


「玲奈はまともな思考の人間だから、他に理由は無い」


 そう言い残すと、ネイトは踵を返して歩を進め始める。

 裕介は、彼が残した言葉を頭の中で再生させ、その意味を考える。

 引っ掛かる点を見つけた裕介は、ネイトの後ろ姿に向かって叫んだ。


「つまり……オレはまともじゃねえってのかよ!?」


 パーマの掛かった金髪や白いジャケットを揺らしつつ、ネイトは歩き去ってしまった。











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