CHAPTER-01
"2054年の今。悪い事をしでかそうってんなら、オレ達みたいなガキも敵として見た方がいいぜ?"
PROLOGUE "THE YEAR 2054"
June 28 2054,(Sun.) United States of America/Aquatic City Area-I,Aquatic World 13:27_
「……遅いな、あいつら」
無意味な発言だと承知しつつも、逢原裕介は誰にともなく呟く。
約束の時間は午後1時。現在時刻は既に1時半近い。が、つい数日前に待ち合わせ約束を交わしたばかりの友人達の姿は、一向に見えなかった。
……まさか、3人揃って約束を忘れているわけではないだろうか。ベンチに腰を降ろしたまま、裕介は気怠げに欠伸をする。そして、その真っ直ぐな意思が感じられる瞳で、周囲を見回す。
――何処を見渡そうとも、視界に入ってくるのは若者ばかりだ。
「きっと皆そろそろ来るよ。シティ内で交通が混雑してる様子も無いみたいだし」
自身の隣から発せられた少女の言葉に、裕介はその主を見やる。
彼の隣に腰掛けた彼女。美澤玲奈が、タブレット端末に指を走らせながら裕介を見ていた。恐らくは、シティ内の交通状況を確認できるサイトにでもアクセスしているのだろう。
「それに、少しくらい遅れても遊ぶ時間は沢山あるんだから」
玲奈の言葉に、裕介は数度頷く。「ま、それもそうか」と返しつつ、彼はベンチに背中を預けた。
時間は過ぎている。けれど玲奈の言う通り、待っていれば来るだろう、と裕介は考える。
友人が来れば、恐らく彼らには直ぐにでも裕介と玲奈の居場所が分かる筈だった。何故ならば、裕介の着用している赤いジャケットは、この人混みの中でもよく目立つから。
「にしても、すんごい客入ってるな」
行き交う人々を見つめつつ、裕介は呟く。
今、裕介と玲奈が居る娯楽施設、『アクアティックワールド(AQUATIC WORLD)』には映画館などに加え、衣服屋や飲食店も多数入店している。若者が友人や恋人と共に休日を過ごすには、まず不自由しない場所だ。
裕介は何度も足を運んだことのある場所だが、今日は特に人が多い。
「きっと皆、私達と同じ事考えてたんだよ。日曜日を友達と一緒に過ごそうって」
「オレは考えてなかったけどな。つーか言い出しっぺのあいつ……」
むっとした表情を浮かべる裕介。その時、彼の携帯が着信音を奏でる。
「っと」
待ち合わせている友人からの連絡だろうか、と思いつつ、裕介は携帯を取り出す。点滅している『NEW MESSAGE』のパネルをタップし、届いたメールを開く。
送信者は裕介が思った通り、彼と玲奈が待つ3人の友人の内の1人だった。
「誰からのメール?」
裕介は携帯の画面を玲奈に見せつつ、応じた。
「リサから。少し遅れるって……あいつ連絡よこすの遅過ぎだろ!」
裕介は思わず、叫ぶように発してしまった。
遅れる旨を伝えるのは間違ってはいない。しかし、伝えるならば、待ち合わせ時間を過ぎる前に伝えるのが常識ではないだろうか。
「リサちゃん、時間見てないのかな?」
玲奈がくすくすと微笑む。
「言い出しっぺの癖に遅れやがって、あの食いしん坊万歳……」
ぶつぶつと愚痴るかのように、裕介は言う。
が、連絡してくる分、他の2人よりはマシだろう。と自身を納得させ、携帯を見つめ直す。
「……リサからは来たけど、耀とネイトからは返事来ない」
十数分程前に、裕介は待ち合わせている3人の友人へとメールを送っていた。が、返信してきたのはただ1人のみ。残りの2人からは何の連絡も無い。
「事件に遭った、ていうのも無さそうだよね。だとしたら私達にも連絡が来る筈だし」
「仮にそうだったとしても、耀とネイトなら何も心配する事なんか……」
言いかけて、裕介は玲奈のタブレットPCに表示された内容に目を留めた。言葉を中断し、裕介は問う。
「玲奈、それ何見てんだ?」
「あ、これ?」
タブレットPCを一瞥したと思うと、玲奈の澄んだ瞳が祐介を見つめ直す。
「この街の噂……都市伝説みたいな物を扱ってるサイトなの。こないだ見つけたんだ」
「都市伝説? コーラで歯が溶けるっていうあれか?」
「そんなんじゃないよ。てか裕介、それちょっと古い……」
そう言うと、玲奈はタブレットPCの画面を見せてくる。
「水によって形成されたエネルギー生命体、アクアティックカタストロフ……何だこれ?」
サイトの記述は空想的で、裕介には理解し難い内容だった。
まともに読もうとも思わなかったが、『アクアティックカタストロフ(AQUATIC CATASTROPHE)』という単語だけが気に留まる。
「だから、アクアティックシティの都市伝説だってば。この水上都市で、人類を滅ぼしかねない……核兵器以上の破壊力を持つ生命体兵器を生み出す研究が、私達の知らないどこかで行われているのかも知れないっていう、ね」
嬉々とした面持ちで玲奈に講釈され、裕介は呆れるように両目を細めた。
「……都市伝説の研究が趣味だってのは知ってたけど、まさか玲奈、それ鵜呑みにしてる訳じゃねえよな?」
「当たり前じゃない、こんな話。あくまで研究の範囲内で、本気にしてるって訳じゃないよ」
しれっとした表情で玲奈に即答され、裕介は安堵するような面持ちを浮かべつつ、頷く。
と、裕介の携帯が着信音を吐き出す。今度はメールではなく、電話だった。
「お、耀だ。応答」
裕介の声を認識した携帯は着信音を止め、通話状態へと移行する。
「耀、もう時間過ぎてるぞ、何してんだよ?」
『あー、悪い裕介。ちょっと後輩がヘマしてさ、Tシャツ沢山作り直さなくちゃなんねーんだ。ネイトにも手を貸してもらってるんだけど……この分だともう30分くらい遅れる!』
裕介に電話を掛けた少年の声と共に、何か作業するような物音が聞こえてくる。
「そうなのか……ん、ネイトも居んのか?」
思わぬ名前が出ていた事に気付き、裕介は問い返す。
『一緒に行く約束してて、店で待ち合わせたんだ。そしたっけ後輩のミスが分かって……居合わせたネイトの手も借りる事にしたんだよ』
「なるほど、分かった」
待ち合わせ時刻を破っているが、事情を知れば責める気にはならなかった。
裕介は一旦、携帯を耳から離す。玲奈を向いて、
「耀、後輩の失敗でバイト長引いてるらしい。ネイトも居るって」
「え、ネイト君も? ……まあ、仕方ないんじゃない? 耀君ってバイトリーダーなんでしょ?」
バイトリーダーという立場にある以上、後輩が失敗したとなれば率先してカバーしなくてはならないだろう。
『っと、もう仕事戻んねーと遅れちまう。後でまた連絡する!』
返事をする間もなく、電話は切れてしまった。
携帯をポケットに仕舞う。裕介は玲奈と視線を合わせつつ、『やれやれ』と言わんばかりに首を横に振る。
「耀君もネイト君も、まだ来られないんだね」
裕介は頷いた。待ち合わせている友人は3人とも、来るまでもう少し要するらしい。
「どうする?」
玲奈に尋ねつつ、裕介は考えを巡らせる。一応、今居る場所を考えれば、暇を潰す手段は色々と頭に浮かんで来る。ショッピングモールを回るのも良いし、ゲームコーナーで遊ぶというのもある、フードコートで甘い物を頂く、というのも一考だった。
「んー、そうだなあ」
玲奈は、人差し指を顎に当てつつ視線を上げた。
「それじゃあ、イルカのショー見に行かない?」
「え、イルカ?」
思いもしない提案に、裕介はどこか間の抜けた返事をする。
「うん」
玲奈は財布を開いて、イルカのイラストが描かれた2枚のチケットを取り出した。
(入場資格2名以上……ああ、なるほど)
チケットに印刷された文字を見て、裕介は理解した。1人では入れない為、玲奈は自分を誘っているのだろうと。
「オッケー、じゃあ早速……」
返事をしつつ、裕介はベンチから腰を上げる――その時だった。
尋常じゃない女性の悲鳴が、ショッピングモールを突き抜けたのだ。人々が作り出す喧騒にも勝るそれは、確かに裕介の耳に届く。
悲鳴が発せられた方向を、裕介はすぐに振り返った。そして玲奈と視線を合わせ直し――彼女とほぼ同時に、頷く。
そして彼は悲鳴の元へ駆け出す。玲奈が自分の後に続いているのが、気配で分かった。