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呪歌  作者: 雨宮翼
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第四話 神社

 「僕は馬鹿だ……」


 百段近くを全力で駆けた進は、神社の境内に着くなり地面に倒れ込んだ。

 息も絶え絶え。息を吸うだけで喉が焼けるように痛む。それでもゆっくり息を吸い、呼吸を整える。

 疲労した体はまだ言うことをきかないものの、呼吸を整えたことで幾分しんどさは軽減した。


 「この……歳で、運動不足……か?」


 ただ阿呆なだけ。

 普通のトレーニングならまだ許容範囲だが、これから演奏の練習もしなければならない。

 休めば体力は多少なりとも回復するけれども、練習でまたへばることだろう。

 なんて考えを巡らしていても、結局今は体力回復に落ち着くしかなかった。

 大の字になって目を閉じる。


 「あれ? 進くん……?」


 頭の上から声が聞こえた。とても若い声だ。

 美少女の神様がお迎えにきたのだろうか。

 生まれてこの方、そこまで悪いことをした覚えはないので、たぶん行き先は天国だとは思う。


 「年齢詐欺でなければ喜んで……」


 よく漫画やアニメなどであるロリババアでなければ喜んで、ではなく、実は若作りしてました的でなければ喜んでである。

 進的にロリババアの需要は意外とあった。


 「現実にはいないけどね!」

 「な、何言ってるの進君……?」


 しんどさのせいか、進の思考が渦を巻いて普段とは違った発想を展開させる。

 女神も心配そうな声音。

 しかも近い距離で聞こえる。僅かに女神の息が進の顔にかかる。

 うっすら目を開ける進だったが、木漏れ日の逆光で女神の顔は確認出来ず。


 「女神様……。僕に水を……、一杯の水を……」

 「お水? 待ってて、今持ってくるから!」


 女神って何のことだろ?と呟きながら女神は水汲み場へ走っていった。

 待つこと数十秒。


 「お待たせ!」


 と言う声の後、進の顔に水が降り注いだ。

 しかもコップ一杯分の量ではなく、バケツ一杯分くらいの量。

 一気にぶっかける勢いならまだしも、女神は量を調節し、長時間水を注ぐ。

 それも口元に。

 最初はありがたい気持ちで頑張って飲み続けていた進も、途中でガボボガガガボと口から水を噴射し始め、


 「死ぬわ!」


 の一言で勢いよく起き上がった。

 そこで初めて女神の正体が確認出来た。

 進の目の前には巫女服姿の透。

 よくよく考えてみれば、昨夜この村に来たばかりの進を知る若い村人は透しかいない。

 親戚の姿を見た進は、


 「死ぬわ!」


 と、二度同じことを言う。


 「一杯お水欲しかったんでしょ?」

 「限度があらあ! たくさんじゃなくて、コップ一杯だよ!」


 日本語って難しいなあ、おい! と進は叫び、手をジタバタして悲しむ。

 単なるオーバーリアクションだけれども。

 冷たくおいしい水はお腹いっぱい頂いた進だったけれども。


 「っは! ケースは無事か!」


 完全に頭から抜け落ちていた何よりも大切な、黒塗りのバイオリンケースの姿を探す。

 ケースはすぐに視界に入る。というか、へばった時に置いた位置から動いていないのだから、そこにあるのは当たり前。

 進は直ぐさまケースのロックを解除して、中身の確認をする。


 「水に濡れてないな。へこんでないな。割れてないな。傷――は元々ちょっとあるけど、壊れてないな」


 外見上では変化なし。次に心配なのは――。


 「音階」


 バイオリンを顎の下に挟み、弓を弦の上に置く。

 一息吸い込むと、滑らかに弓を動かし、弦を振動させ始めた。

 ドからシまでの高低音をそれぞれ一音ずつ丁寧に調べていく。

 進のそれは朝の木漏れ日と木々の擦れる音に混じって、一つの楽曲と化していた。

 音階を調べ終えた進は、


 「ふー、異常はないな」


 と胸を撫で下ろす。

 小さい子供が使う練習用であれば比較的値段は安いが、コンクールに出場する程の腕がある奏者が使うならそれ相当の価格帯になる。進の持つバイオリンの値段は不明だが、高級品ならばうん百万円以上するものもあるという。

 やすやすと壊れたから買い替えることなど出来ない。


 「ん? どったの透? ぼーっとして」

 「すごいわ、バイオリン弾けるのね!」

 「別に凄くも何ともないよ。バイオリン弾ける奴なんて探せばごろごろいるって。それより拭くもんない? びっちゃびちゃなんですけど……」

 「拭くものね。ちょっと待ってて、持ってくるから」

 「タオルだからな!吹くものとかで風車とかいらないからな!」


 社の中に急ぐ透に注意してしまう。

 さすがにこの間違いはないと思っていても、ついさっき前例があったため仕方ない。


 「あっ。タオルあっても着替えないし……。濡れたままの練習は……さすがに風邪ひくか」


 いくら暑い夏であっても、馬鹿は風邪ひかないという言い伝えはあっても、涼しい早朝では引くこともある。滴る水滴を振り払う今でも、徐々に体温が奪われているのだ。


 「はい、進君。タオル」


 社から戻ってきた透が、ちゃんとタオルを進に手渡した。

 ハンドタオルのような小さなものではなくて、大きいバスタオル。社の中にあるのは謎でも、全身を覆えるバスタオルはありがたい。

 

 「それと。進君って私と身長ほとんど同じよね? そのままだと風邪引いちゃうから着替えも持ってきたわ」

 「マジで! 至れり尽くせりだなあ。これで練習もでき――」


 透の手にある服は、白い布と赤い布を縫い合わせた生地。

 どこかで、しかもつい最近見かけたような色合いの服だった。

 さらに、服は幾重にも折り畳まれていて異様に丈が長いことが分かる。

 極めつけは透が着るサイズであるということ。


 「巫女服かよ!」

 「無いよりましだと思うけど。大丈夫よ。誰も見てないし、見られても女の子だと勘違いされるわ」

 「僕そんなに女顔じゃないよ?! 母さんからも気持ち悪いくらい父さん似って言われてるし!」

 「人間は一人一人感覚が違うじゃない。だから一回着てみよう?目覚めるかもしれないわ」

 「何に?!」

 「そこはほら、色んな方面があるじゃない」

 「お前そっち系の本も好んで読んでるな! 絶対そうだ! うわっ、やめ、やめて、セクハラーーーー!」


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