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呪歌  作者: 雨宮翼
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第三話 演奏場所を探して

 太陽が顔を見せて間もない早朝。うっすら霧がかかる視界に、朝の涼しい気温。夏場で唯一気持ちのよいひと時。肌寒さを感じつつも、宮守進は村を歩いていた。

 赤白ラインのポロシャツに青いジーンズという服装。手には茶色なバイオリンケースが握られている。

 進が歩いているのは小道。その脇には、田んぼや畑が広がっている。

 どこかキョロキョロしているのも、手元のケースで一目瞭然。

 歩きながら誰にも迷惑がかからず、バイオリンを弾ける場所を探しているのだ。

 早朝ならば人もおらず、思う存分練習が可能。地元でいつも使っていた進なりの作戦。誰もいない静かな朝を満喫する。

 進にとってはいつも通りの朝――になるはずだった。


 「皆朝早過ぎだっての……」


 早朝にもかかわらず、いや早朝だからか。

 周りの田んぼや畑には、しっかり農作業に励んでいる町民が多々見受けられる。今歩いている小道でも、農具を持った人と何度もすれ違う。

 これでは誰もいない静かな場所などなさそうだった。


 「家でも祖母ちゃん起きてたし。やっぱお年寄りは朝が早いのか……?」


 その考えに確証はないが、この村では実証されている。進には嫌な結果だったが。


 「こうなったら森の中でやるしかないか。虫が多そうで嫌なんだけど……」


 森で囲まれた村だ。

 少し村をはずれれば、すぐ森林に足を踏み入れられる。音も草木が遮ってくれるだろう。


 「えーっと。適当に歩いたからなあ……。迷っても面倒だし、家に近いところにしよう」


 進はあてもなく動かしていた足を森に向けた。

 目指した森は名塚家から時間にして三分程度のもの。家の裏側に森が広がっているのだ。

 進は家を通り越し森に足を踏み入れる。

 中は草木によって光が遮られ薄暗くなっており、無数の木からは樹液の臭いが漂う。本格的に大量の虫がうごめいていそうだった。


 「ここじゃ駄目だな」


 森の入口から数歩歩いたところで断念する。

 足元を確認するも、木の根や緩い土で安定感がない。まだ太陽の当たる入口付近でこの状態ならば、奥に行くほど地面は湿気で荒れているだろう。やはりコンクリートのような硬い平地を探す必要がある。

 仕方なくまた村の中へ足を運ぼうと、半回転する。


 「あー。どこか近くに人がいなくて、地面が硬い場所はないかねえ……」


 空を仰いで進が一人呟くと、


 「それなら近くに神社がある。条件にはピッタリじゃないかな?」


 真後ろの森から女性の声で返答があった。

 進は突然の声に身構える。ゆっくり振り返り、女性を見据えた。


 「……どちらさまで?」

 「こらこら。せっかく親切に教えてあげたのだから、そう警戒しないでおくれよ」

 「そう言われても、あなた村の人じゃないですよね? 明らかに服装が違う」


 女は夏だというのに、長袖の黒いウインドブレーカーという服装。おそらく服装だけを見たのなら、そこまで彼女を不審に思うことはなかっただろう。

 問題は装備。

 女の手には土で汚れた軍手を嵌めており、背中には寝袋がくくりつけてある茶色のリュック。腰にはウエストポーチ、ハンマーと小型ドリルもくくりつけている。村に遊び目的で来たのではないことは一目瞭然だった。


 「もしや気になってるのはこの格好かな?」


 と女は進の不審ヵ所に気づく。しかし、別段困るわけでもなくそのまま続ける。


 「ちょっとした探し物があってね。そのための装備さ。長袖なのは、森などに入っても肌を傷つけないため。リュックには着替えや簡易テントが入っている」

 

 お金がないから野宿なんだけどね、と苦笑いを浮かべる。

 しかし、進は相手を同情することなく自信の興味を最優先した。


 「探し物? この村に時間をかけて探すに値するものがあると?」

 「私の自虐ネタは無視かい。……君、この村の子供じゃないね? 私たちのことや、神社の場所を知らなかったわけだし」

 「……そうだよ。僕は都心の人間だ。それを聞くってことはそっちもこの村の人間じゃないだろ。それより、最初の質問に答えてもらってないんだけど?」

 「君、見かけより自己中だな……。えっーと、この村に何があるか、だったね」


 女はウエストポーチから一枚の紙をつまみ出した。


 「地図?」


 進の言葉が疑問形なのは、それが地図の切れ端のように思えたため。

 顔を近づけて注意深く確認する。古本のような臭いが鼻に入っていく。


 「やっぱし地図か」


 中途半端に切り取られてはいるものの、地形や建物の記号地図、さらに何やら星印しも書き込まれている。これが宝の在りかなのか。

 また、すでに黄ばんでおり、所々黒い染みや一部穴が空いている。

 かなり昔のものと思われた。

 女は声のトーンを落とし、


 「これが宝の地図さ。でもご覧のとおり完全じゃない。噂では村のどこかに他の部位が隠されているらしい。君は知らないかい? どんな些細なことでも構わない。知っていたら教えてほしい」

 

 真剣な顔で進を見据える。それを進は軽く手であしらい、


 「さっきも言ったけど、僕はこの村の人間じゃない。悪いけど村の秘密どころか、公衆電話がどこにあるかすら知らない有様だよ」

 

 公衆電話があるかどうかは分かんないけど、と進は視線を逸らした。

 これ以上詮索されても相手にとって有益な情報は出てないとは思うが、あまりいい気分ではない。


 「じゃあもし家の蔵とかで地図を発見したら譲ってくれないか? お礼はするから」


 女は合掌して片目を閉じる。

 可愛いポーズをされても、怪しいお宝ハンターの言葉を信じる進ではない。

 適当に相槌をうって、


 「じゃあ朝ごはんの時間も近いんで、僕はそろそろ行きます。お姉さんも頑張ってください。神社の情報ありがとうございました」


 心にもない励ましと感謝を棒読みで伝え、この場から早歩きで抜け出す。

 目的地は神社。嘘の情報かもしれないが、ここで嘘をつく必要はない。

 それに、演奏に最適な場所がようやく見つかるかもしれない期待感の方が高かった。

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