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呪歌  作者: 雨宮翼
2/5

第一話 到着

 ガタンゴトンガタンゴトン。

 一両編成の電車が、森にも似つかない田舎道をひた走る。窓から外を眺めても見えるものは夕日色に染まった木と草花。たまに木々の合間から同じく夕日色に染まる田んぼや茶畑などが垣間見えるものの、すぐ木と崖によって姿を隠される。

 都心を抜けて早三時間。電車に揺られる少年は白地に赤いラインが斜めに入ったシャツに、ダメージ加工が施された黒のジーンズという服装。

 隣の席には大きめの青いスポーツバッグ。少年はスポーツバッグのファスナーを意味もなく開閉している。

 いい加減ただぼーっと座っているのも限界らしい。

 電車内で暇を潰そうと小説とミュージックプレーヤーを持参してはいた。

 

 だが、揺れる車内、点滅信号のように差し込む陽光、この状態で小説を読むと気分が悪くなる。

 まだ音楽があるとヘッドフォンを耳に掛け、一時間聴き続けた。すると徐々に耳の裏あたりが痛み出し、やめざるを得なくなった。そもそもこのプレーヤーに三時間分も音楽は入れていない。

 一応携帯電話もあるが、山のせいか電波が届かず、圏外のマークが表示される。仕方なく気合いで少年はもう一度小説を読んでみようと試みるも、結果は同じだった。

 最終手段に取っておいた周囲の会話を聞いて楽しむ、を使うときが来た。

 

 しかし、車内の会話は皆無。しかも乗客は車掌とこの少年を除いて五人。それもそれぞれ一人で電車に乗ったらしく、皆寝ているか窓の景色を眺めるかのどちらかだった。電車に乗り込んだとき確認したのは、五人中四人が六十歳以上で、一人だけスパンコールが特徴の帽子をかぶった二十代後半に見受けられる熟睡中の女性がいた。おじいさんやおばあさんはともかく、若い人ならば携帯で会話をしてくれるかも。などの淡い期待を抱いていたが、一向に携帯は鳴らず、目を覚ます気配もなかった。

 これで全ての暇つぶしを使い果たしてしまったことになる。

 仕方なく、今一人で出来るものを考える。昔テレビでチェスや将棋などのゲームを頭の中でやっている人を見たが、そんなもの出来るわけがなかった。相手もいないのは言うまでもない。

 夕食も電車に乗る前、立ち食い蕎麦を食べて済ませている。

 完全に作戦を誤った。

 そもそもは目的地までの到着時間が聞かされていたものと大きく違ったことに問題があるだろう。

 万策尽いて、寝過ごし覚悟で目を閉じたとき、ポケットの携帯が振動した。どうやら圏外から抜け出したらしい。当然電車に通話スペースはないため、その場で通話を行う。


 「もしもし?」


 少年は迷惑にならないよう小声で会話を始めた。


 「あ、母さん? 今どこかって? まだ電車の中だよ。っていうか二時間もすれば着くって話じゃなかったっけ? もうかれこれ三時間くらい経過していますが……」


 電話の向こうからごまかし笑いが聞こえてくる。親は都合が悪くなると大抵笑うか逆ギレで話をごまかす。もう慣れてはいても感心できることじゃない。少年の心境を察したらしく、母親は笑いながらもあと少しで着くわ、と気休めを言った。


 「んで、後は? は、駅の名前覚えてるかって? 覚えてるに決まってるだろ、もう十五だっつの。そんで? ああ、迎えが来るのな。うん、うん、皆にはよろしく言っとくから。はいはい、了解。電池なくなるからもういい? 切るよ」


 母親がまだ何か言っていたが、どうせつまらない小言だと確信したので無理矢理通話を切った。そして再び退屈な時間が訪れる。

 目的地のアナウンスが流れたのはその一時間後だった。



 「ようやく着いたー」


 少年は駅名を確認するや否や電車から飛ぶように降りた。

 看板には鷺ノ宮駅と表示されており、その横に三人座りのベンチが置かれていた。この駅にはそれしか目立ったものがない。待合所もなければ自動販売機もない、果てには喫煙所もなかった。無人駅なのは言うまでもない。

 すっかり日は落ちてしまっている。


 「しっかし、街灯がないと暗いもんだな」


 見渡す限り明かりと呼べるようなものはなく、暗闇のみが広がる。唯一の光はホームの蛍光灯くらいか。

 とりあえず迎えが来るまで一休みすることにした。ベンチに座り、両端に鞄と持参品を置いて、縮こまった体を目一杯延ばす。伸びをするのはこの上なく気持ちがいい。電車内での疲れが嘘のように消え去る。


 「夜でも暑いのは田舎も都会も関係ないんだな。あー、でも車の排気ガスがないからこっちのほうがマシかも」


 手で風を作りながら、独り言にふける。

 

 「にしても大掛かりなリフォームするからって、家から息子を追い出すか普通……。夏休みだからいいけどさあ」


 今朝、突然部屋に乗り込んできた母親に告げられた家のリフォーム。一応リフォームの予定表を上から下まで見たものの、料金表と予想図しか書かれていなかった。詳しい日程などは全く教えられていない。

 母親からは祖父の家で世話になれと電車賃だけ渡され、いつの間にか用意されていた荷物と共に放り出された。

 抵抗する暇もなく、母親の突発した考えに流されるまま今に至る。


 「っとに無茶苦茶な親を持つと苦労するなあ。あー、暑い」


 しばらく手で風を送っていたが、逆に動くことで体温が上がっているのに気づき、扇ぐのをやめた。


 「それよりも、さっきからなんか忘れてるような……。なんだろ……」


 日射病を防ぐためタオルを頭の上に乗せる。ついでに額に浮かぶ汗も拭う。

 そこでひっかかる何かが解消する。


 「あ、電話で着いたこと知らせなきゃ迎え来ないじゃん」

 

 そんな当たり前のことを思いつかず、暑さで体力を消耗している自分に腹が立った。ぶつぶつ自分に文句をたれながら携帯を取り出す。

 電話帳を開いたところで動きが止まる。


 「まだ圏外かよ!」


 電車で山を抜けたと思いきや、電波が伝わる範囲からは逸れているらしい。地下などで電波がないことはざらにあるが、地上で電波が入らないのは初めてのことだった。落胆を隠し切れない少年。

 数秒携帯を睨み合うも、結局祖父の家まで歩くことを覚悟せざるを得なかった。

 パッパー。

 改札口の奥から車のクラクションが聞こえた。少年が看板にもたれながら奥を覗きこむと、そこには一台のパジェロが停車していた。夜なので色は定かではない。随分旧型で、あちこち泥がこびりついている。自分の迎えではないと思い無視するが、再度やかましいクラクションが鳴らされる。

 そして今回は、


 「進、早く来んかね!」


 と名指しで進と呼ばれた少年、宮森進。まさかの自分の迎え。とはいえ、駅には自分しかいないので、自分の迎えだと思わない進が変だった。


 「暑さでやられましたかねー? 汗やばいし……」


 進は手にかいた汗をタオルで拭い、荷物を持ち上げる。電車に乗る前よりも重たく感じた。やはり暑さで体力を消耗している。進はなるべく踏ん張りつつ、改札口を抜け車に乗り込んだ。運転席には白いタンクトップに迷彩の短パンをはいており、白髪が目立つ六十代くらいの男がいた。


 「やあ、じいちゃん久しぶり。九年ぶりくらい?」

 「そうだな、前会ったときはまだ寝ションベンたれだったしな。しっかし、大きくなって」


 がははは、と笑いながら進の肩をバンバン叩く。


 「寝ションベンの話はともかく。こんなジャストに迎えって、僕がいつ着くか知ってたの? 今しがた村まで歩くの覚悟してたところだったんだよね……」

 「お前の母さんに何時発の電車に乗ったかは聞いてたしな。それに、ここらの電車は基本一時間に一本しかない。到着時間なんぞ手に取るように分かるぞ」


 付け加えて、天候によっては一時間に一本もないときもあるし、一日中ないときもあるらしい。都心では、外を走る電車は悪天候の場合発車を遅らせたりはすることはあるが、その日走らせないというのはありえない。これが需要の差なのだろう。

 話しながら祖父は車のエンジンを入れる。

 低いエンジン音に続いてひんやりした風が冷房から吹きこんでくる。

 掃除をしていないのか、埃っぽい臭いが鼻を通るも、体を癒す風だった。


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