本の森の<文章奏者>完結編
僕は考える。
何故メイド服を知っていたのか。
なぜ32番の棚の本に触れてはいけないのか。
何故ここでの記憶がはっきりしているのか。
考えていた。
すると、
「それ以上考えるな!」
声のしたほうを向くと、
涙で顔を濡らしたピアノがいた。
「なんで泣いてるのさ。」
僕は思考を中断してピアノに問いかける。
「泣いてなんか……ない!」
手で涙をぬぐいながら、
そう言った。
その姿が……
重なる……
誰に?……
妹に……
夜遅くまで帰らなかった僕を心配して、
泣いていた。
その姿は今のピアノとそっくりだった。
「…や……やめろ……思い出すな!」
ピアノの声ももう聞こえない。
暗い部屋にいた。
司会者と、
クイズと、
針の山と、
妹がいた。
妹は助けを求めていた。
司会者は下品な笑いを浮かべクイズを出す。
僕の答えられないクイズばかり。
妹の小さくて愛おしい身体が針の山の上へと移動される。
「答えられないのか〜い。じゃあ残念、時間切れだ。」
司会者が手元のボタンを押す。
妹を支えていたロープが切れる。
妹が針の山へと落ちる。
妹は最期に叫んだ、
「お兄ちゃん!」
あとに残ったのは司会者の狂笑と、
妹の断末魔の叫びだった。
妹と外に放り出された。
両親が死んでからずっと一緒に頑張ってきた、
妹と一緒に。
妹には穴が開いていた。
心臓は半分しかなかった。
なのに、僕を慰めてくれた。
「…がん…ばっ…て…くれ…て……あり…が…と…」
助けられなかった。
僕のせいで死なせてしまった。
僕は逃げた。
妹の優しさから、
助けたかった妹のその優しさから。
自分自身から、
妹を助けられなかった自分自身から。
逃げた。
走った。
気づくと暗い森の中を迷っていた。
暗闇が恐くて、走る。
何故森に入ったかなんて忘れていた。
走る。それが僕だった。
しばらくして明かりを見つけた。
暖かい光だった。
僕はその光に吸い寄せられるように近づき、
境界を超えた。
木々の森と、
本の森との、
その境界を……
……
…
「魔法とはなんだ。」
ピアノの問が聞こえた。
「人間による人間を超えた力の総称。
記憶を生成し未来の科学技術を推測し、
その科学技術を無意識に使用する行為。」
僕は答えていた。
知らないはずの知識を使って。
「お前は魔法の実験に使われた。」
「妹とともに。」
答えられる。
もうすべて思い出した。
「極限状態に追い込まれた子供が
魔法を使えるかどうかの実験。」
わかってしまう。
いつもと違うことが。
いやなのに、
いつもどうりがいいのに、
ここまでなら何とかなったかもしれない、
次の問いがなければ、
「司会者の素性は。」
知らないはずの問い。
絶対に僕の記憶にあるはずがない記憶。
なのに答えられてしまう。
「連続殺人犯。」
答えてしまった。
*
少したって、
ピアノは僕自身に語りかけた。
「黙って聞いていてくれ。
私は知っていたんだ、
お前のこと全部、
なのに隠してた。
楽しかったんだ、
お前といる時間が、
だけどもう終わりにしないといけない
32番の棚にあった本、
覚えているか?」
「黙ってなくていいのか?」
やさぐれて言う僕にピアノは
少し呆れたような優しい視線を向け
「もういい。」
と一言言った。
「僕の名前が書かれた本だった。」
先ほどの問いに答える。
「そうだ、あの本はお前の記憶の本だ。」
ピアノは言う。
そして、文章を奏で始める。
ピアノは歌っていた。
懐かしいような新しいような、
そんな歌。
次第に僕の心は落ち着いていった。
「さて、」
気づくとピアノは歌い終えていた。
「お前の本を燃やすぞ。」
だよね、
知っていた。
この図書館の蔵書の中にあった。
大図書館の主になる条件、
記憶を消すこと。
だから僕は分からないことだけを訊く。
「ピアノも同じことを?」
ピアノはあからさまに嫌そうな顔をした。
こうしてよく見てみると本当に妹にそくっりだ。
「私は……」
ピアノが言葉に詰まる。
僕は待ち続ける。
ピアノの答えを……
「この図書館で魔法を生み出すため構築された。」
僕と同じじゃなかった。
「お前が来て私は消えるはずだった。
けど、お前が私を再構築した。」
僕のせいだ。
僕のせいで妹の姿になってしまった。
関係のない少女が苦しんでいた。
「お前のせいじゃない。
私も生きることを望んでしまった。
誰かと一緒に過ごしたいと思ってしまった。」
一生懸命に、一生懸命になって励ましてくれる。
なんで、なんでこんな僕を励ましてくれるんだ。
みんな、みんな。
でも一生懸命になっているピアノ(いもうと)は可愛い。
しかも一生懸命になりすぎていて、
自分が泣いていることにも気づいていない。
ほんとに、
ずるい。
「ふぇ?」
と可愛いピアノの声。
僕はピアノを抱きしめた。
「気にしないで。」
と僕は先手を打つ。
「わかった。」
ピアノもそんなに嫌ではなさそうだし、
もう少し、このままで。
「て、効果が切れる前に燃さないと。」
少しあわてた風にピアノが言う。
効果というのはきっと歌の
効果のことだろう。
「しょうがない今日はこのぐらいで勘弁しといてやろう。」
「『今日は』か。ふざけてないでいくぞ。」
僕たちは歩き出した。
32番の、
記憶の本棚へ
*
目の前で僕の本が燃えている。
これでいいのか、
全部、
全部の記憶が消えて……
全部?
全部ってことは、
「ピアノはどうなるんだ。」
ピアノは僕の記憶と消えたはずの
ピアノ自身の記憶で成り立っている。
僕の記憶が消えたら……
「私は消える。」
今までで一番悲しみに染まった
表情だった。
「ちょっと待ってよ。
それって、どうにかしないと
ピアノが居なくなるなんて、
そんなのだめだよ。」
「ダメと言われてもどうしようもないだろう。」
どうしよう、
このままじゃピアノが消えてしまう。
僕はパニックにおちいって、
炎に向かっていく。
「やめろ!ばか!」
ピアノが僕の前に立ちはだかる。
「どいてくれ。」
「どかない。」
こんなのっておかしい。
僕はピアノと一緒にいたいのに、
「ピアノは嫌なのか?僕といるのが。」
そんなことを聞いた僕にピアノは
怒鳴った。
「そんなわけがあるか!!バカ!!」
「じゃあ。」
「うるさい!!こうしないと、
こうしないと!ここでは永遠を
過ごせてしまうんだ。」
ここでは年を取らない。
永遠とは人にとって敵であり夢である。
だからそれを避けようとしたんだろう、
永遠を敵として。
「お前のことが嫌いになんてなりたくない!
でも永遠なら嫌いになるかもしれない!
それが嫌なんだ!」
そう、努力でどうにかなるものではない。
人の感情なんてそんなものだ。
けど
僕は歌う。
文章を、
奏で始める。
僕にも使える。
ほんの少しの魔法が。
そして、
僕は炎に手を差し入れた……
*
彼が倒れている。
最後に歌っていたのは……
ラブソングだった。
彼の手には何かが握られていて、
私はそれを拾い上げる。
「まったく、お前はつくづくバカだな。」
呆れた風な声を発するが、
そんな風には思っていない。
むしろ……
彼の手に握られていたのは、
私の名前が書かれた、
彼の愛だった。
**
僕は<文章奏者>だ。
この大図書館には僕ともう一人
この図書館の司書である……
白髪の少女が住んでいる。
さて問題です。
妹の髪の色は何色でしょうか?
回答は感想らんにお寄せください。