彼岸花の咲く頃に
海沿いの田舎町。放課後の誰もいない教室で、美咲は窓の外を眺めながらポツリと言った。
「ねえ、秋が来たら、私たちはどうなるのかな」
その時の僕は、彼女が何を恐れているのか気づけなかった。ただ、部活帰りの火照った体で、冷たいペットボトルの水を飲み干すことだけに必死だったんだ。
「秋になったら文化祭だろ。忙しくなるよ」
僕が適当に返すと、彼女は少しだけ悲しそうに笑って、それ以上何も言わなかった。
九月に入り、風の匂いが変わった頃。美咲は急に学校に来なくなった。
連絡をしても、返ってくるのは「ごめんね」の一言だけ。
僕はたまらず、彼女の家の近くにある、古い堤防に向かった。そこは彼女が一番好きだと言っていた場所だ。
そこには、見渡す限りの**彼岸花**が咲き乱れていた。
夏の終わりの狂おしいほどの青空とは対照的な、毒々しいまでの赤。
「あ、来たんだ」
土手の上に、美咲が立っていた。
彼女の足元には、燃えるような赤が広がっている。
「彼岸花ってね、花が咲くときには葉がないし、葉があるときには花がないの。花と葉が、お互いを見ることは一生ないんだって」
彼女は僕の方を振り返った。その瞳は、夏の日の輝きを失っていた。
「私たちの恋も、そんな感じがするの。一番近くにいるのに、同じ未来を歩けない」
彼女の家が引っ越すことを、僕はその時初めて知らされた。親の都合、避けては通れない現実。
「せつないね」と、彼女は笑った。その笑顔は、彼岸花の毒のように、僕の胸を静かに、でも確実に蝕んでいった。
別れの日。駅のホームには、まだ夏の湿り気を帯びた風が吹いていた。
僕は彼女に、一輪の彼岸花を渡そうとして、やめた。
その花の「再会」という花言葉よりも、「あきらめ」というもう一つの意味が、今の僕らにはあまりに鋭すぎたから。
「バイバイ、私の夏くん」
電車が走り出す。
窓越しに見えた彼女の唇が、「好きだったよ」と動いた気がした。
線路沿いに広がる赤色の群生が、夕日に照らされて、まるで世界が燃えているように見えた。
あんなに鮮やかで、あんなに寂しい色は、後にも先にも見たことがない。
その後
あれから数年が経ち、僕も大人になった。
毎年、九月の風が吹くたびに、鼻の奥がツンとする。
街角にふと咲いている赤い花を見るたび、僕はあの、終わらない夏の中に閉じ込められたままの「僕ら」を思い出す。




