2話『境界を越えた少年』
舗装もされていない森。『田舎』を彷彿とさせるかのような道を、ただ歩く。
俺はこの命の恩人の少女について行くだけだ。見たこともないカラフルな木。ありえない形をした果実。――これ、食えるのか?とか、キョロキョロするのをやめられない。
俺、本当に異世界に来ちゃったんだ。心臓がキュッと萎んだような感覚。まあ、無理もない。さっきまで死の瀬戸際にいたわけだし。
俺、帰れないのかな。もう一生ここで過ごすの?夢じゃないんだろうなあ。――親孝行とか、しとけばよかったなあ。ただでさえ、こんな引きこもりな息子でさ、親には申し訳ないよ。ごめんなあ――なんて、きっともう一生、伝えられない想いを胸に秘めて。
「君、名前はなんだっけ。 私はリィア。 リィア・ステラね」
鈴の音を転がしたかのような声色に、一気に現実に戻る。星の名前か。儚くて、目を離したら直ぐに消えてしまいそうな印象の彼女には、よく似合う名前だ。
「俺は朔真――ああ、ユウヒ・サクマ! リィアって呼んでもいい?」
「ユウヒね。 わかった。 街はもう少しだから、その辛気臭い顔やめてくれる? 耳障りなの」
――耳障り?目障りじゃなくて?
だが、まあ、なにはともかくだ。リィアに会えてよかった。『美』の具現化のような外見で、ツンデレとかご褒美でしかないっしょ。心なしか、妖精の羽が生えているかのようにみえるし。異世界転移特典とかでこの子とウハウハとか出来ない?つか、ハーレムとか期待してもいい感じ?――いやいや、何考えてんだよ俺。
てか、魔法とかあるのかなあ。こういう異世界物っつーのはさ、異世界特典でチート能力ってのが定石っつー話でしょ?
――つまり、俺もこの子みたいに強くなれるかもなあ。とか、さっきまでの死を前にして、テンションがハイになってんのか、わけも分からない思考をしてしまうのも無理はないだろう。
「あの、リィア? 聞きたいことがあるんだけど」
「簡潔に手短に話してくれる?――それに、私も君に聞きたいことは山ほどあるし」
やっぱツンデレだよなあ。今のところツンツンしてるところしか見れてないわけだけど。
「この世界って魔法とかあるの? あとさ、リィアがさっき倒したのはなに? 魔物とかでいい感じ?」
「質問はひとつずつにしてよ。 魔法は生活に欠かせないものだし、さっきのは魔物的存在。 詳しいことは帰ったら話す」
魔物的存在?魔物じゃなくて?
どういうことだ。ただ、ひとつ分かるのは、俺はリィアと出会わなければとっくに死んでいたという事実だけだ。
「街についたら、近衛兵にいろいろ聞かれると思うけど、適当にはぐらかせる? 許可証は魔物的存在に襲われて失くしたって言えばいいよ」
「オッケー。 そういう適当なことは任せてくれ。 田舎者感を隠すために、そういうのは習得済みってわけよ!」
「よく分からないけど。 じゃ、もうすぐ門だし、頑張って」
木々の合間から、灰色の影が見えた。
最初は岩かと思ったが、近づくにつれて、それが『門』だと分かる。
――でか。
東京で見たどんな建造物とも違う。無骨で、実用一点張りで、それなのにどこか神聖な圧を感じる。
門の前には、鎧姿の人影が立っていた。槍を持ち、同じ方向を向き、微動だにしない。すごい。鎧ごしにもわかる鍛え上げられた体格。
――本当に、俺は異世界に来てしまったんだろうな。
「――あれ、近衛兵?」
「そう。 だから、余計なことは喋らなくていい」
喉がひくりと鳴った。
今さらだけど、俺って完全に不審者だよな。
そんな俺の様子を見てか、リィアは一歩だけ前に出た。
――気のせいかもしれない。
でも、俺と門の間に、彼女が立ったように見えた。ほら、やっぱり彼女は優しい。不器用なんだろうな。
「外出許可証を拝見する! リィア殿、お連れの方は?」
「森で怪我をしていたから拾った。 彼はユウヒ。 身分を証明する物も許可証も、魔物的存在を前に失くしてしまったそうだ」
全部説明してくれた――。俺、リィアにおんぶにだっこじゃん。近衛兵の訝しげな瞳に背筋が伸びた。疑われたら、俺は街に入れない?つまり、野宿?あんな魔物的存在がうじゃうじゃいる外で?冗談はよしこちゃんだ。勘弁してくれ。これじゃ今度こそお陀仏になるだろ。
高校で訛りが出たとき以上に緊張してる。失敗はできないぞ夕瞳!
「リィアの紹介の通り、俺はユウヒです。 情けない話なんだけどさ、襲われたときに足がもつれちゃって――この通り荷物失くしちゃったんスよ」
人あたりのいい感じで、どうだ?これが都会で培った田舎者の営業スマイルっつーわけよ。自分で引きつってるってわかるけど。
「…………ふむ。 そういうことなら通ってよし! リィア殿、念の為ですがギルドへの届出も」
「分かってる。 明日にでもやっとくよ。 ユウヒ行くよ」
ギルド?異世界じゃん。――異世界じゃん!
異世界ファンタジー?不謹慎とか薄情者かもしれないけど、それでも、……楽しみだ。
「ありがとうございます、皆さん。 待ってよリィア」
――俺は知らなかった。リィアがまさか、この街の『英雄』的存在だったなんて。でも、そう考えると腑に落ちる。
リィア相手に軽口を叩いた俺を、目を見開いて見つめた近衛兵の表情だとかさ。




