98:ブルクハルト・クンツ視点32
エリアナ・ベニントン。
いや、いつの間にか再婚していたからエリアナ・ガードナーか。
リリアンの姉なのだが…いけ好かない女だ。
そのエリアナが何処でどう知り合ったものか、ワンダ・アシュトンを引き連れて辺境伯邸へ押しかけてきた。
(なんでこうなる…)
リリアンを害する可能性のある勢力を一掃して
そろそろリリアンを呼び戻したいと思った矢先
呼んでもいない連中が押しかけて来るなど…
「俺の事をナメてるのか?」
と殺意を感じそうになる。
「運命の相手だったのですね!」
などと嬉々として押し付けられても、こちらとしてはひたすらにウザいと思うだけ。
ワンダもワンダで
「私が本当に愛していたのは、やっぱりハルトだったんだわ!」
などと御都合主義を地で行っている…。
(死ねよ…。クソビッチ…)
ワンダを
「辺境伯家乗っ取りを目論む詐欺師」
として罪に問うて処罰するのは問題ないにしても…
エリアナは一応リリアンの姉だ。
性根の曲がった女だとしても
告発して犯罪者にしてしまうのは不味い。
ともかくブライトウェル城の隠し部屋で見つかった魔道具をこちらへ送ってもらう事にして、ヴィクトール様に相談しておくに限る。
俺は色々考えるのは苦手だ。
色々考えて独自に動いても裏目に出る事が多い。
俺は考えるのが得意な人に考えてもらって、ただ行動するだけという生き方の方が性に合う。
コンクウェスト侯爵のカール・ヴィルダーは俺と同じく
「嫁に好かれたい」
と望む男なので意外にも俺の心情に共感してくれる。
一方でカークランド公爵ヨナタン・クラルヴァインは嫁に寝首を掻かれそうになったとかで嫁を現行犯で処している。
表向きはカークランド公爵夫人は急病により急死した事になっている。
(よく女に対して寝所で斬首なんてできたよな…)
とヨナタンに対して残虐さを感じたが
「自己防衛だから仕方ない」
とヨナタンは項垂れていた。
要は女に寝首を掻かれそうになっても決して殺されないだけの自信があれば、そういう悲劇は起こらないという事だ。
戦場ではいつ何が起こるか分からないので遠征に出る騎士は少しの物音や気配で直ぐに目を醒ます。
俺はリリアンが俺の寝首を掻こうとしても、そうはさせない自信がある。
なのでヨナタンのような事にはならずに済むだろう。
だが経験者の経験談には学習できる要素があるのも確かだ。
ヨナタンに言わせると
「家族仲が良かった女は、兄が廃嫡されて自分が後継指名されて婿取りする事を内心で激しく拒絶して、夫への憎しみを募らせる」
ものらしい。
リリアンだと、その点が微妙だ。
彼女は父と母と祖父には可愛がられて育ったが
兄と姉と祖母には疎まれて育った。
祖父と祖母は、バルシュミーデによる侵攻より数年前に亡くなっている。
両親の死に関しては恨まれているだろうが
兄の死に関してはおそらく何とも思われていない。
それでもヨナタンの例もあるし…
俺はブライトウェル城の隠し部屋を徹底捜査させた。
少しでもベニントン家の実態を知っておきたかったのだ。
その結果、判明した新事実が幾つか出てきた。
エリアル・ベニントン。
リリアンの父、というよりリリアンの原本であるレベッカの夫。
そのエリアルの私室と続きの隠し部屋からは様々な書類が出てきた。
彼はどうやら
「領内の長閑な町にこぢんまりとした瀟洒な屋敷を購入していた」
らしい。
そして若い女性が好みそうな調度品を仕入れては
その都度、その屋敷へ運ばせていた。
住所通りの場所へ赴いた者の報告では
「誰も住んではいなかった」
との事だが
「まるで若い愛人を迎える準備でもしているかのようだ」
という感想が出ていた。
(そう言えば、レベッカ夫人はバルシュミーデ軍が樹海越えして襲撃する事をドミニク派の元近衛騎士から知らされていたんじゃないのか?)
と不意に思った。
手紙の文面からも好意が溢れ出ていたロドニー・デュー辺りが彼女を逃がそうとした筈。
彼女が襲撃が降りかかるより前に情報をリークしていたら…
辺境伯軍の初動も随分と違ったものになっていただろうし
こちらももっとずっとやりにくくなっていたのだろうに…
辺境伯軍はまるで
「想定外の事態に見舞われて皆が皆動揺していた」
かのような状態だった。
(お陰でこちらの被害は少なくて、妙な報復心を起こして民間人を虐殺するような兵も出ずに済んだ)
隠し部屋からはーー
レベッカの主治医が書いたと思しき病に関する説明書も見つかっている。
「近親婚を繰り返した血族に見られる遺伝病」。
リリアンは何も知らなかったようだが…
レベッカの病は進行していて余命は後数年だった。
王族や由緒正しい高位貴族は、何処の国でもやはりこうした遺伝病を抱えている。
普通の貴族が魔力による身体強化で只人より寿命が長いのに対して、魔力に優れた王族・高位貴族が遺伝病により短命なのは皮肉だと思う。
アザール王国は特にそれが顕著で赤目の王族が50まで生きた例はない。
やっと居所を見つけたアザール系闇ギルドの首領ルネ・シャントルイユも40代半ばで床に臥していて死を待つばかりの状態だった。
(おそらくリリアンも40かそこらでレベッカと同じ病を患う…)
エリアルはレベッカの体調不良を慮り夫婦の営みを遠慮するようになったらしく…レベッカの病の進行と共に娼館へ支払う金の領収書も増えていった。
そうした事実を組み合わせ考えるに
(エリアルはレベッカがそのうち亡くなるのを見越して「若い愛人に乗り換えよう」とした挙句、レベッカから「戦死して欲しい」と願われて、戦死してしまったという可能性がある…)
と気が付いてしまった。
しかし、エリアルが仲睦まじいと評判だった妻を裏切って
娼婦を身請けして若い愛人として迎えようとしていた(?)
という点には、微妙に違和感を感じる。
エリアルの隠し部屋はエリアルの生前の秘密が詰まっている。
エリアルがどうやら
「リリアンとイーノック・トレントとの婚約を破棄する準備をしていた」
事も分かった。
それというのもイーノックを素行調査した調査結果には
「イーノックはリリアンを内心で疎み軽んじている」
という事実がイーノックの友人らの証言付きで書かれていた。
イーノックはどうやら
「エリアナがばら撒いたリリアン関連の捏造された人物像」
を鵜呑みにしていたらしい。
「あんな我儘な性悪をもらってやらなきゃならない僕は不幸だ」
「侍女を虐めて憂さ晴らししてる女になど、結婚後は侍女を付けなくて良い」
「向こうの両親の目が届かなくなったら、性根を叩き直してやらなきゃならない」
だのと調子に乗った事を言っていたらしい。
王立魔法学院でリリアンへ突っかかった時の暴言は
婚約無効後に培われた偏見によるものではなく
元々陰で彼自身が培ってきていた偏見によるものだったのだ。
(そりゃあ、親の立場なら婚約破棄を考えるわな)
と納得。
その他に
「ナイジェルもそのうち妻を迎えるし、婚約破棄後のリリアンをいつまでも城に居させる訳にはいかない。
何とかリリアンが領内で平和に自由に暮らせるようにしてやれないものか…」
というエリアルの悩みに基づく計画書が出てきた事で…
俺は
「まさか…」
と、ある可能性に気が付いた。
エリアルが
「愛人を迎える準備をしていたように」
見えた行為は
「婚約破棄後のリリアンが領内で自立して暮らしていけるように」
という配慮によるものだった場合…
エリアルはやってもいない浮気を疑われて
そのせいで妻に殺意を持たれて
そのせいで戦死したのかも知れない、という事だ。
ブライトウェル城の使用人達の生き残りが語る所によると
「レベッカ夫人は夫の出陣の際には地属性魔法を付与した御守りを手渡して、夫の防御力を底上げしていた」
そうだが
「あの日はレベッカ夫人は気分が悪いとかで見送りもなかった」
との事。
しかも古い御守りも
前々日、前日に何故か不自然な壊れ方をしていたのだという…。
(女の嫉妬は恐ろしい…)
エリアル・ベニントンが病身の妻に心配させまいと単独でリリアンの身の振り方を考えてやっていた事で、浮気を疑われて、死ぬ羽目に陥ったのだとしたら…
(気の毒だ…)
と思わなくもないが…
(親の仇だとか思われて寝首を掻かれるのと違って、嫉妬されて婉曲的に心中に持ち込まれるのだとしたら…それは「命をかけて愛されている」という事になるのかもな)
とも思う。
エリアル自身、妻に先立たれる事に悲観して
生への執着が希薄になっていたのかも知れない…。
「妻に殺された男」
の中では
「エリアル・ベニントンは最も幸福な男だ」
と、俺は思ったのだった…。




