97:ブルクハルト・クンツ視点31
クレーバーン公爵領でリリアンを発見したからには…
(…直ぐに連れ戻す事はしないにしても今後も安否確認はし続けたい)
と思った。
(それにしても、なんでよりにもよってクレーバーン公爵領なんだろうな…)
と俺は内心で頭を抱えたくなった。
何故なら、クレーバーン公爵アラン・チャニングは
「リリアンに毒を持った元侍女の女に毒を融通した男」
でもあるのだ。
元侍女の証言によるとーー
アラン・チャニングはその昔、毒をもられて以降、他人の作った食事を摂るのが恐ろしくなって、食べ物を全て自炊していた。
当時、レベッカも同じ状態だったので2人は自炊仲間として親しくなった。
クレーバーン公爵邸の厨房または
グラインディー侯爵家の厨房を行き来して
アランとレベッカは友情を温めていたのだという…。
その頃からレベッカに心酔していた使用人達は
「アラン様がレベッカ様に婚約を申し込んでくれたら良いのに」
と期待していた。
アランの方では
「拒まれたらどうしよう」
という不安を乗り越える事ができずにいて
気がつくとレベッカはエリアルと婚約が成立していた…。
要はグラインディー侯爵家の古参侍女とクレーバーン公爵は面識があり、共にレベッカ大好き人間だったのである。
レベッカが子供を産めなくなって後
「それでも子供が欲しい」
と思いリリアンを作った事実を侍女もクレーバーン公爵も知っていた。
クレーバーン公爵はレベッカの死後は大金を投じて
「国内の記憶同期化魔道具にレベッカの記憶が保存されていないか」
を調べさせていたらしい。
要は出奔後のリリアンを自領に引き込んで保護していたのは
「レベッカの記憶保存された魔道具が見つかり次第、リリアンへそれを植え付ける」
ためだ。
客観的には
「逃げられないように軟禁していた」
ようにしか見えない…。
実際にギードを呼び出して話を聞いてみると
「傭兵ギルドが俺の本当の所属先です」
とカミングアウトされた。
ランドル王国のドミニク派は複数のギルドを掌握していて
ギードが所属している傭兵ギルドもその一つ。
傭兵ギルドへ来たクレーバーン公爵からの依頼。
それに従ってリリアンの監視・護衛を引き受けているのだという…。
レベッカがリリアンをリリアンのまま生きさせようとしていた以上
どこをどう探しても
レベッカの記憶が保存された魔道具は見つからないだろうが…
それでもそんな企みをするヤツらがいると思うと気分が悪くなる。
「…単に一人の人間が、『自分は自分だ』と生きてるだけなのに、何故当人の意思を無視して『オリジナルの記憶を移してオリジナルの完全復元を目指そう』と目論む連中が湧くんだろうな…」
と腹が立ってくる…。
「…オリジナルの人間に心酔している連中は複製体にも個別のアイデンティティが宿る事実が疎ましいのでしょうね」
とギードが頷いた。
「…お前と一緒に居た男はSランク冒険者のバルフォア・ジョーンズにそっくりだった。そしてバルフォアは元近衛騎士のロドニー・デューだ。
お前と一緒に居た男がロドニーの複製体なら、お前も元近衛騎士の誰かの複製体だったりするのか?」
「…ええ。俺達だけでなく、元近衛騎士の複製体は国中に散らばって活動しています」
「それで?もしかして、お前達も、中身までオリジナルの記憶がインストールされてるのか?」
「いいえ。中身は自分自身の筈ですよ。ですが怖いくらいに諸々の嗜好がオリジナルにソックリなんで、どこまで本当に自分自身なのか、自分でもよく判りません」
「…『可哀想』とは思わないぞ」
「ええ。構いません」
「俺はお前を許してないしな」
「…出自の事はともかく、リリアン様のことで欺くつもりはありませんでした。俺は多分、彼女があの日、グラインディー侯爵邸の裏門前で変装を解いた時、素顔を見てしまった瞬間に一目惚れしてたんです。
なのに、自分で自分の気持ちを自覚できていなかった。彼女を助け出して医者へ連れて行った時には流石に『自分が動揺し過ぎている』のを自覚して『好きなのかも知れない』と思いましたが…。
今にして、やっぱり『この想いはオリジナルの嗜好を引き継いだせいで起こる踏襲に過ぎないのかも知れない』と思っています。
…『自分の想いが自分のものではないのかも知れない』という不安は何気に自分自身のアイデンティティを信用できずに心許ないものですよ」
「…複製体が必ずしもオリジナルと同じ嗜好になるとは限らないんじゃないのか?それをいうならリリアンは中身が母親に似てないという理由でレベッカ信者に存在否定されたんだぞ?」
「貴族は『精神的に矯正を受ける』部分があります。レベッカ夫人の素も案外わがままで可愛い人だったのに、貴族特有の矯正を受けた事で優雅で隙のない貴族夫人になっていたのだと思いますよ」
「…リリアンの素朴な性格が『あの肉体に宿る精神の本来の性格だった』という事か?」
「おそらくは」
「全く、難儀だな…。複製体など作らずに普通に男女で番って出来る子供で満足していれば良いものを。何故そんな禁忌魔道具を使おうなど思う人間が出てきてしまうのか…理解に苦しむよ」
「そうですね。俺も理解できませんよ。ですが『家庭を持つと自分の妻子が人質に取られるかも知れないから家庭を持てない』ようなポジションの人間が世の中にはいて、そういう人間もまた『自分が生きた証として子を持ちたい』という欲求を持っているのだという事実を俺は知っています」
「そうなんだろうな」
「…ダウズウェル公爵家の養子は無事ですか?」
「ああ。無事だよ。流石にあの子供に手出ししたら、お前らが一斉にテロリスト化して牙を剥いて来そうだからな。誰も手出しできない」
「それなら良いです…」
「お前がドミニクの複製体を大事に思う気持ちも、お前のオリジナルの影響だと思うか?」
「ええ。ですが…何の罪もない幼子に幸せになって欲しいと望むのは俺自身の想いもあるのかも知れません…」
「そうか…」
納得はできないし
許してやる気にもなれないが
人間。各人ごとに自分都合が存在するのだ。
(ギードにもギードの都合があるんだろうさ)
と思う事で割り切る事にした…。




