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ワンダとダニエルを伴ってブルクハルトが衛兵に案内され王城内へ入っていく。
私も遅れないように後を追った。
「こちらでお待ちです」
と謁見室の前で言われて緊張した。
(ヴィクトール皇子…いやヴィクトール陛下は私の事を気に入らなかった筈…)
という事実を思い出したのだ。
以前会った時に「逃げるな」と牽制されていたのに逃げた。
その後、彼が何をどう思ったのか分からない。
更に悪意を募らせてくれているのかも知れない。
(ああ、でも、ヴィクトール陛下はブルクハルトがお気に入りだ。彼が詐欺師と結婚するような事態を許す筈がない)
一応、今現在、ヴィクトールと私の利害は
「ワンダ・アシュトンの血筋を明らかにして罪に問う」
という目的に向けて一致している筈。
入室許可がおりたらしく、室内側の衛兵が
「どうぞ」
と扉を開けてくれた。
終戦記念パーティーの時に私に因縁をつけてきた衛兵達とは制服も雰囲気も違う。
(あの衛兵達は正式な衛兵ではなくて第二皇子派の護衛だったんだろうな)
と今更理解した。
私達が入室すると早速、新国王のヴィクトールが
「お前がワンダ・アシュトンか」
とワンダに話しかけた。
ワンダが嬉しそうに
「はい。やっと私がエリアル・ベニントンの娘だと明らかにされる機会が訪れた事を光栄に思います」
と言うのに対して
私は
(ワンダはザラがヤリマンだった事実を知らずに育ったのかしら?)
と疑問に感じた。
(自分を本当にお父様の娘だと信じきっているのか、それともズルをして皆を騙せるつもりでいるのか…)
判別がつかない。
「…それならこの場で採血を受ける事を了承してくれるな?」
「はい。慎んで了承させていただきます」
ワンダは随分と協力的だ。
しかし医務官が採血道具を持ってワンダに近づくと
「お待ちください」
とワンダが制止をかけた。
「…申し訳ありませんが、私は血や怪我を見ると気分が悪くなるタチでして…。自分の肌に採血用の注射針が突き立てられるのがとても恐ろしいのです。なので手袋の上から針を刺してくだされば、と思います」
ワンダは怯えたようにそう言うと
庇護欲を唆るような小動物っぽい上目遣いをした。
(…そんな風に言われると「手袋の下に細工がある」と自白してるように思えるんだけど)
と思ったのは、どうやら私だけではなかったらしく
ブルクハルトがニンマリ笑いながら
「大丈夫だ。採血の間、目を瞑っていれば良い」
と言い、ワンダの手袋を素早く剥ぎ取った…。
ブルクハルトが手袋を裏返して見てみると、やはり細工があったらしく
「エリアナ・ガードナーの共犯が明確になったな」
とブルクハルトが呟いた。
「お粗末な手口だな?お前達は余程王族・上位貴族をナメてるんだろうな?」
ヴィクトールが意地悪そうに顔を歪めた。
「何故医務官が予定の人物と違ってるんだ。おかしいじゃないか!」
とダニエルが喚くが誰も返事はせず
ヴィクトールが
「採血しろ」
と医務官を促した。
ワンダが
「いやぁ!やめて!本当に怖いのよ!」
と叫んだが
(そりゃぁ貴族家後継権を騙し取ろうとした詐欺が露見したら怖いよね?)
としか思えない。
同情する気が起きず、ワンダの悲痛な叫びが猿の嬌声のように思えて鬱陶しい。
やめなさい!やめろ!クソ眼鏡!死ね!などと医務官を罵りながら暴れているが、衛兵にガッチリ取り押さえられている。
「採血できました」
「ではこちらへ」
「この書類にはエリアル・ベニントンの血判が押されています。血判から血を削り出して使います」
という言葉通りの作業が行われて、魔道具の前に削られた血のカケラが置かれた。
「動作確認は既に済んでいます。所定の箇所へ血を投入します。結果が出るのには2、3分掛かります」
そう告げられて私達が大人しく待っている間もワンダがやめろ!やめろ!と叫び続けている。
ダニエルの方は
「動作確認が済んでいると言われても信用できない!我々を罪人に仕立て上げるための陰謀が企てられているのかも知れないじゃないか!」
と言うが悪足掻きっぽくてとても見苦しい。
「辺境伯が連れている、その女の方が先代辺境伯の血を継いでいないかも知れないのに!何故こちらが血の正当性を疑われるんだ!おかしいぞ!」
とダニエルが喚く声を
ブルクハルトが
「黙れ!!!」
と一喝した。
無常にも判定結果が出て
「ワンダ・アシュトンとエリアル・ベニントンとの血縁関係は確認されませんでした。結果は『赤の他人』ですな」
と年長の医務官が髭をいじりながら告げた。
「牢に連れて行け!」
とヴィクトールが命令するまでもなく、ダニエルとワンダが逃げ出しそうな気配を見せていたので衛兵が2人を羽交い締めにしていた。
「陛下、お手間をとらせてしまい、申し訳ありませんでした」
とブルクハルトがヴィクトールに礼をする時には
ダニエルとワンダは扉近くまで引きずられていた。
往生際悪く
「ハルト!ハルト!助けて!貴方を愛してるの!貴方の妻になれると思ってエリアナに従ったの!私達はエリアナに騙されたのよ!」
と聞き捨てならない事をワンダが言っているが
「話にならないな…」
とブルクハルトは溜息をついた。
そのままダニエルとワンダは引きずられて扉向こうの廊下へ出た。
一瞬、場がシンと静まりかえった後でーー
ヴィクトールの側に控えていたメイスフィールド公爵ユルゲン・マルトリッツが
「せっかく血縁関係看破魔道具があるんだ。リリアン夫人も先代辺境伯との血縁関係を調べてもらったらどうだ?」
と言い出したので私は思わずギョッとした。
確かに知りたい事の一つではあるが…
ここで調べると、ここにいる人達全員に知られてしまう。
「…ご命令なら従いますが」
とだけ答えて顔を伏せた。
「命令だ。採血しろ」
ヴィクトールがそう言うと医務官が寄ってきて、手際良く私の血を採取した。
魔道具へ私の血が投入されて2分くらい。
誰一人として何も喋らない。
不自然なくらい静かな時間が流れた。
「リリアン・クンツとエリアル・ベニントンとの血縁関係が確認できました。98%の確率で親子です」
と医務官が言うのを聞いて、私もブルクハルトも驚いた。
「そんな…!」
驚きだけでなく嬉しさが込み上げてきた。
「私は本当に、お父様の娘だった…?!」
「良かったな」
ブルクハルトに抱き寄せられて、何が何だか分からないまま涙だけが溢れた。
「リリアン夫人に辺境伯家の後継の資格がある事が証明された訳だ。これでその夫であるブルクハルトが一点の曇りもなく辺境伯家当主だという事も証明された。皆もブルクハルトのために喜んで祝福してあげて欲しい」
ヴィクトールがそう言うと、ヴィクトールの側に控えていた側近達が皆一斉に拍手し出した。
ブルクハルトは示し合わせていたかのように
「皆様、祝福の拍手ありがとうございます。ですが妻は療養から戻ったばかりで疲れが溜まっている筈。
図らずも興奮させてしまったので、妻の体調を慮り、今日はこのまま退席させていただきたいと思います」
と言い出した。
私は
(えっ?)
と思った時にはブルクハルトにお姫様抱っこで抱き上げられていて、そのまま攫われるかのように馬車に乗せられて、屋敷へ連れ帰られたのだった…。




