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「…父親の血が流れていない子を父親の家の後継にする事は認められないと思います。しかも私は純粋なランドル人ですらない。
アザール人の血も混じってるのですから尚更この国の皆様を納得させられないと思います」
「事実はどうあれ、表向きはお前は正式にエリアル・ベニントンの娘だ。エリアル・ベニントンが国にそう書類提出しているのだから気にする必要はない」
「…別に、本当に、私じゃないといけないという事もないと思うんですよ…」
「お前は姉のエリアナが後継に相応しいと本気で思っているのか?」
「血筋的にはそうです。間違いなく」
「俺はあの女には人間的に問題があると思っている。とてもじゃないが書類上の妻という位置付けすら与えてやる気にはなれない」
「ブルクハルト様はお姉様と面識があるのですか?」
「お前が屋敷に居た頃には、お前が学院へ通ってる間に押しかけて来たし、お前が出奔して後は『異母姉』を引き連れて押しかけて来ている」
「『異母姉』ですか?…」
「…バルシュミーデ皇国に帰化してるのでバルシュミーデ人という事にはなる女だが、性根の腐った浅ましい女だ。
『虚偽申告罪』『詐欺罪』に問う為にブライトウェル城の『血縁関係看破魔道具』を王都の屋敷まで取り寄せる事にした。
エリアル・ベニントンの血液は彼の血判から採取できるので、血判付きの書類がすり替えられるか、『異母姉』の血液をエリアナ自身の血液とすり替えられない限り血縁だという結果は出ない事だろう。
不正を行えないように立会人も呼んで目の前で『異母姉』という女の血液を採取して判定を行う」
「その『異母姉』とは、父が新婚期に媚薬をもられてできたとかいう、アレですか?」
「ああ。その気のない男をその気にさせる媚薬など、もはや魔法薬だ。一介の女騎士に調達できる筈がない。どうやって入手したのか追求すれば、その時点で犯罪確定だな」
「万が一、本当に父の子だったらどうなるんですか?」
「認知されていない庶子に継承権は認められない」
「そうなんですね…」
「ブライトウェル辺境伯家を何処の馬の骨とも知れぬ『異母姉』から守るためにも、お前には戻ってきてもらわなければ困る」
「そんな事になっていたなんて…。それにしても、何故姉のエリアナは『異母姉』を推すのでしょう?自分がブルクハルト様に嫁ごうとは考えないものなのでしょうか?」
「エリアナは夫だったジェフリー・バンクロフトの友人のダニエル・ガードナーと密かに親交を温めていたようだ。
ダニエルは伯爵家の次男だし爵位は継げない。文官として働いているが、今の社会ではランドル人文官は出世もできない。それでもどうやら入籍したらしい」
「…好きな人がいたから、義兄との離婚もすんなり応じて、ブライトウェル辺境伯家の継承権も放棄している、と?」
「そうだ。あの女は元夫との結婚も渋々だったんだ。俺と結婚したがる筈がない。しかも相手が夫の親友だぞ。人間性がクズ過ぎる」
(確かに…。親友と妻がデキてるとか…やられる側は絶対に嫌だろうな…。義兄側に感情移入したら、確かにエリアナ姉様は信用できない人間性にしか見えないよね…)
「…ブルクハルト様の側の事情は分かりました。…少し考える時間を頂いてから結論を出させていただいても宜しいでしょうか?」
「早計な判断で逃げるのではなく、ちゃんと考えて自分の責任と向き合って欲しい…」
「分かりました」
私は言葉通り、今後の身の振り方を検討してみる事にしたのだった…。
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ブルクハルトの言い分は正当性がある。
姉のエリアナが夫の親友と不倫していたなら、そんな人間性の女を書類上の妻と言えど娶りたくない気持ちは理解できる。
異母姉を自称しているとかいう女を妻にしてベニントン家の継承権を認めるなどもっての他だ。
(彼が「私しかいない」と思うのも仕方ないのかな…)
と思ってしまった。
自分には継承権がないと思っていたのに
「元々ベニントン家が王家の傍流だった辺境伯家を乗っ取っていた」
と言われれば王家の血を引く自分に継承権がないと言い張って逃げる言い訳にするのもどうかと思われる。
(やっぱり戻るしかないのか…)
父が本当の父ではなかったとしても、それでも育ててくれた、大事にしてくれた、恩ある相手だ。
頭のオカシイ女騎士が孕んだ誰の子とも分からない女に
「エリアル・ベニントンの娘」
という肩書きを名乗らせて、辺境伯夫人の座を与えるのは
父エリアルの本意ではないと、それは断言できる。
(お姉様は何故、そんな女を担ぎ出して来たのかしら…。もしかして私の事が嫌いだからという理由で、私以外の人間なら誰でも良かったとか、そういう事なんじゃ…)
そう考えると少し目眩を感じそうになる。
あり得るからコワイのだ。
貴族令嬢・貴族夫人は感情では動かず、一族主義土壌の損得勘定に従って動くものであるべきだという価値基準の世界。
エリアナも祖母もそれに沿った生き方をしている模範的令嬢・模範的夫人のように擬態していたが…
実は途轍もなく感情的な人達だった。
私に対する態度は露骨だった。
無視したり
嫌味を言ったり
突き飛ばして転ばせておいて
「無作法者が勝手に転んだ」
と主張。
私の事を周りに
「礼儀知らずだ」
と思わせようとしていた。
父か母がそばに居れば私に助け舟を出すので
父も母も居ない時に狙ったように悪意表明していた。
(祖母の精神は最期まで大人になりきれないままだった…)
と残念に思ったものだ。
彼女が病死した時
全く悲しくなかった。
寧ろ「死んでくれてホッとした」と思った。
こちらが復讐するでもなく
恨むでもなく
勝手に病気になって
勝手に死んでくれたのだ。
(…あのまま悪意を拗れさせて、あのまま行動が陰湿化・エスカレートしていたら、恨みたくなくても恨んでしまったかも知れない…)
という不安を感じる分、彼女の病死で心から安心できた。
(私はお姉様が事故死・病死してもホッとしてしまうのかしら?)
と自分自身の不人情さを感じはする。
恨みたくなる前に
復讐したくなる前に
こちらの人生から消えてくれるなら
心を恨みや復讐で汚さずに済む。
自分自身の精神衛生面を清潔に保つためには
「加害者の自滅」
は最も都合が良い。
(お姉様は私を嫌うあまりに常識を見失っているのだわ。ちゃんと止めてあげなくては…)
そう決意する事で私はブルクハルトの元へ戻る気になったのだった…。
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「…本当に戻るのか?…ブルクハルト様は俺を再び雇うような事はなさらない。お前が戻れば、もう一緒に居られなくなるんだ」
とギードが恨みがましい目を向けてきた。
クリスは
「もしかして貴族生活に未練があったのか?」
と違う見方をしたので
「未練というより、育ててくれた両親への恩返しをちゃんとしないとって、改めて思った感じかな?
庶子を自称する女が辺境伯家を継ぐ気でいるらしいので、それを放置するのは両親も本意ではないと思うの」
と正直に答えた。
「真面目な性格があだになったな…。恩返しなんて考えずに、貴族夫人の責任なんて放棄して自由に生きれば良いのに…」
「貴族家に生まれた以上、必要とされれば不自由な枠の中で生きるしかないんだよ。それでも仮初めに自由を体験できたんだから、2人には感謝してる。
きっと独りで冒険者してたら悪いヤツらに騙されて今頃とんでもない事になってた筈だよね。
…2人は私の護衛だったんだね?クレーバーン公爵に雇われた…」
「「知ってたのか?」」
「クレーバーン公爵領に来て直ぐにお母様の残した料理のレシピに『アラン』って名前があったのを思い出したの。
クレーバーン公爵がアラン・チャニングって名前だという事も思い出して、公爵がお母様と親しかったんだなって分かった」
「まぁ、そうだよな。クレーバーン公爵がレベッカ夫人に懸想してる事はランドル王国内の醜聞の中でもとりわけ有名だからな」
「公爵は私が複製体だとご存知なのかしら?」
「知ってる筈だ。だから彼は俺達にも知られないように『記憶同期化魔道具にレベッカの記憶が保存されていないかどうか』を調べさせていた。
レベッカ夫人が自分の記憶を引き継がせる気がなくて残してなかったお陰で、公爵も不穏な考えを捨ててくれたが…最初は俺達の護衛も『リリアンが逃げないように監視する役目』だったんだ」
「…クレーバーン公爵。グラインディー侯爵家の侍女長と同じ類の人だったのね…」
私がガックリ肩を落とすと
「…『母親と懇意だった人達の好意には二種類ある』と、ちゃんと理解して気を付けるんだぞ。辺境伯邸には俺達は付いていけないんだからな?」
とクリスが言い聞かせるように注意喚起した。
「『好意』なのかな?私が私のままである事が気に入らずにお母様の記憶を植え付けて中身までお母様と同じに改変したがる人達の執着って?」
「『好意』だと思うぞ。たとえそれが倒錯したものであったとしても」
「そうなのかな?」
「…今まで言った事無かったけど、俺はお前が好きだ。愛してるとすら言って良い」
「クリス?…」
「だけど確信が無いんだ。こうした好意がどこまで俺自身のものなのか分からない」
「…自分の感情は自分のものなんじゃないの?」
「そう思いたいが、俺の身体のオリジナルであるロドニー・デューはレベッカ・ベニントン夫人がレベッカ・ルース嬢だった頃から彼女に片想いし続けていて、相当拗らせてる男なんだ。
複製体である俺の食べ物の好みは完全にロドニーと一致してる。好きなもの全部がオリジナルと一致するんだ。
怖いだろ?ロドニーの記憶を受け継いでもいないのに、まるで精神がロドニーに憑依されてるみたいに感じる時がある。
だから『リアが好きだ』とかって想いですら、ロドニーの好みに引きずられている気がしていて…自分の感情なのに、それが本当に自分のものだという確信が持てない。
だから今まで告白しなかったし、一生告白しないつもりだった」
「そうなんだ…」
「でも考えてみればリアは本当はリリアンで、本当は貴族なんだ。だから今後一生会えなくなるかも知れないから、今のうちに言っておくべきだと思った」
「…うん。…今までありがとう。優しくて、強くて、頼り甲斐のある、私の大事な仲間。ありがとう…クリス…」
私がそう言うと
「どういたしまして」
とクリスが微笑み、ホロリと涙をこぼした。
「ギードも今までありがとう」
ギードを見ると
「(ハァァーッ)…本当にありがとうと思うなら、帰らなきゃ良いのに」
と不貞腐れた顔でそっぽを向いてしまった…。




