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80人程度の人数で300人超えの盗賊団を殲滅できたのには、各個人のレベルの高さもあるが、やはりブルクハルトのお陰も大きい。
よく見ると従騎士のカスパーとオットーもいる。
「バルシュミーデ人はやっぱりガタイもデカイし強いな」
とランドル人冒険者達はブルクハルト達を見遣って賞賛した。
この世界には魔力による身体強化があるので見た目だけでは強さは分からない面もあるが…
魔力持ちのマッチョと魔力持ちのガリとでは、当然魔力持ちのマッチョの方が強い。
私はバルシュミーデ人の魔力無しマッチョよりは強い筈だが、流石に魔力持ちマッチョには敵わない。
(「戻って来い」とか言われるんだろうか…)
と内心で怯えた。
逆らえるとは思えないのだ。
バルシュミーデ人が国内に入って来てからのランドル王国は私にとって生きにくい国だった。
令嬢のリリアンが夫人になって、その後、こうして冒険者のリアになった。
(このままスンナリと冒険者暮らしが続けられるとは思ってなかった…)
いつか決着をつけなければならないのだから、それが今だと割り切って交渉するしかない。
「リリアン、無事だったか…。良かった」
と心から安心したように笑顔を浮かべるブルクハルトは私に対して尊重する気がある人のように見える。
「ブルクハルト様…。その、驚かないんですか?私が冒険者とかしていて」
「最初は驚いた。リリアンが冒険者として身を立てる事にした事自体は驚かなかったが、ギードと一緒に冒険者をしてる事の方に驚いた。
『もしかして2人は辺境伯邸に居た頃からデキていて、リリアンの出奔は駆け落ちだったのか?』と疑った時には目の前が真っ暗になった」
「駆け落ちはないです」
「ああ。その点は直ぐにギードと接触して釈明を受けたし、度々変装してお前達の様子は観察させてもらってたし、疑いは晴れたが…」
「観察、ですか…」
「信じてはくれないだろうが、俺はお前が好きだ。お前がいなくなって絶望した。それでも頑張って来れたのは、お前を傷つける者達を排除してから迎えに行けば戻って来てくれるかも知れないという期待が残っていたからだ」
「………」
「結局、第二皇子派の連中の主だった連中に事故や病気で退場していただいて、アザール系闇ギルドを壊滅させるのに2年もかかってしまった。
急いだ筈だが、俺は頭がキレる方じゃない。決して有能とは言えない。
だけど、ちゃんとやり遂げたんだ。お前が誰にも傷つけられずに辺境伯夫人として平穏に生きられる環境を整えたつもりだ。
迎えに来たんだ。頼むから俺の妻として戻ってきてくれないか?」
「………」
「リリアン…」
「そういう話は、ここでされても困ります。話し合うにしても落ち着いて意見交換できる場所が必要ですよね?」
「そうだな」
「…一先ずは盗賊の遺骸から身元を特定できるものを剥ぎ取って、遺骸を埋める必要があります。亡くなった冒険者の遺骸と怪我した冒険者は馬車でパクストンへ運ぶべきですし、冒険者ギルドへは盗賊団討伐依頼の達成を報告しなければなりません」
「ああ、お前の言う通りだ」
私の住まいは賃貸住宅だ。
フラットの一室。
ギードとクリスは同じ建物内の2人部屋をシェアしている。
宿屋と違って食事は自炊か外で食べるかになる。
屋敷を出て、こうして市井で生きてみて驚いたのは
「賃貸住宅の持ち主が外国人」
というパターンが多かったという点だ。
おかしな話だ。
近隣国では「外国籍の人間・帰化人一世は不動産を所有することができない」ように法整備されている。
ランドル王国も同様だろうと思い込んでいたのだが…
「友好国からの移民・帰化人は制限対象外」とかで、しかも「名目上友好国、実質敵国」な国もあり、ランドル王国内の主要都市の多くの不動産がアザール人の所有になっていた。
バルシュミーデ人の侵攻以降、アザール人不動産王の事故死や病死が相次いだとかで、それらはアザール人への相続が許されず、一旦「国の所有」となった。
その後、大量の不動産はバルシュミーデ人の間で競りにかけられて
今現在はバルシュミーデ人不動産王らの所有となっている。
国勢調査に該当する住民実態調査は
「賃貸住宅を沢山所有している不動産王が代行して領主・国へ報告している」
ので、不法滞在者が見つからずにいるのは難しい。
虱潰しに探されれば、私がこの地で暮らしている事もブルクハルトにも当然バレるのは時間の問題だと分かっていた。
私は心の何処かで
(ブルクハルト様、私が消えても探さないよね?放っておいてくれるよね?)
と期待していたから…国内でのうのうと過ごしていたのだ。
実はとっくに居場所がバレていて、時折監視されていたのかと思うと…
かなり戸惑うし、怖い…。
淡々と盗賊討伐の事後処理に携わって
着々と時間が過ぎた。
冒険者ギルドの受付で盗賊団討伐の報酬を受け取って
「お疲れ様でした」
と言われた途端に背後から肩に手をかけられて、振り返ると
「今から話せるな?」
とブルクハルトに言われた。
観念して頷き
「私が住んでるフラットまでついてきてください」
と言い渡した。
「近くか?」
「ええ」
「そうか…」
はぐれる心配もないというのに
「はぐれるかも知れないから」
とブルクハルトが手を握ってきた。
「もう俺から逃げないで欲しいんだ」
と言われれば文句を言う気も起きない…。
「どうぞ」
と自分の部屋へ案内して、椅子に腰掛けてもらった…。
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「実は私は、自分が王城から逃げ出して以降の事を知らないんです。ギードに訊けば教えてくれたのかも知れませんが、敢えて何も尋ねずにいました」
「だろうな」
「ギードは貴方と連絡を取っていたんですね」
「連絡は基本的に一方通行だ。俺の方から接触するのみで、ギードの方から連絡が来た事は無かった」
「ギードはそんなのおくびにも出さなかったんですが…」
「ギードは魔力の適性が闇属性だからな。気配隠蔽能力が高いし、自分の真意を悟らせずに取り繕う術にも長けている」
「そうだったんですね…。だからだったんでしょうか?…私、ギードにはお世話になりっぱなしだったのに、何故か気をゆるせなくて、自分でも不思議でした」
「俺にもギードの真意は読めない。闇属性の魔力を持つ連中の特徴の一つだろうな。周りから見て人間性が分かりにくいというのは」
「ギードに何か訊いても真実を答えてくれるとは限らないんですよね」
「そうだな。それはある意味で助かった。ギードが俺に関して嘘を吹き込んで、俺とお前の仲を拗れさせる可能性もあった訳だからな」
「…ブライトウェル領の領民は元気ですか?領地経営を家宰に任せてても、様子くらいは報告を受けてるんですよね?」
「ああ。ブライトウェル領の領民は以前と同じように皆職に就いて活発に働いて暮らしてくれている」
「それなら、良いです」
「お前の言う『それなら、良い』の意味が分からない。つまり俺の所に戻って来てくれるという事か?」
「…そもそも私は貴方にとって必要ない人間だと思うんですが?」
「そんな事はない。俺にはお前が必要だ」
ーーそう言われても私は自分が彼の役に立つようには思えない。
(「好きだ」という戯言がまさか本気だとか?)
他人の真意など分からない…。
「…ブルクハルト様もお疑いだとは思いますが、おそらく私は父の娘ではありません。私にはベニントン家の血が流れていない。
それだと『私の夫がブライトウェル辺境伯となる』というのは筋が通っていないのでは?ブルクハルト様はエリアナお姉様を娶り直すべきです」
「…その考えは了承できない。だが、お前がその点で悩むだろうという事は想定の範囲内だ。だからちゃんと調べてきた」
「調べてきたって…私がお父様とお母様の子だという証拠でも用意なさったんですか?」
「いや、お前の肉体はおそらくお前の言うようにレベッカ夫人の複製だろう。お前に毒をもった元侍女もそれを知っていたからこそ、お前の自我がお前のままである事に不満を覚えていたんだ」
「それなら、何をどう調べても私がブライトウェル辺境伯家を継げる根拠は出てきませんが?」
「いや、お前はベニントン家の血が流れていなくてもブライトウェル辺境伯家を継ぐ資格がある。
そもそもランドル王国の初代辺境伯は庶出の王子。歴史的事実だ。
レベッカ夫人が元ランドル王女の隠し子である以上、彼女は王家の庶子。それと同じ遺伝子を持つお前は初代辺境伯と血縁的に近い」
「歴史を遡ればそうでしょうが、今はベニントン家が辺境伯家です」
「ランドル王家の血筋は『何代か後に直系が胤無しとなり直系断絶する』ような血筋だ。
だからランドル王家は、初代国王や、その子供達の血から複製体を作り出して王家をやり直し続けている。
歴代国王の秘密文書にもその事実に言及した記述がある。
辺境伯家の場合は、辺境伯家の直系が途絶えた時に姻戚のベニントン家が乗っ取っている。
なので元通りに王家の血を入れて乗っ取り返しても全く問題ないんだ」
「…ブルクハルト様の言い分だと、この国の公爵家は全て『初代公爵は王太子以外の王子』なので『公爵家は王家の者に乗っ取らせて良い』という事になります」
「…俺としてはそもそも『爵位を継ぐ血筋の正当性』は本来なら『その国の国民であるか』という点以外気にする必要はないとすら思っている」
「それは…。ランドル人が絶滅危惧種になって『ランドル人は平民が数人残ってるだけ』という状態の場合のみ有効な理屈なのでは?」
「『外国人から見たらそう見える』という話だ」
ブルクハルトが本気で言っているらしいのが、頭の痛い所だと思った…。




