88:ブルクハルト・クンツ視点28
リリアンがいなくなった…。
彼女は元々俺の人生には登場していない人間だったので、出会う前と同じ状態に戻っただけ、の筈だが…
何故か全てが虚しい。人生そのものが虚しい。
どうすれば虚しさを感じない、元々の状態へと戻れるのか、全く分からない。
(クソ!クソ!クソ!クソ!クソ!クソ!クソ!クソ!クソ!クソ!クソ!クソ!クソ!クソ!クソ!クソ!クソ!クソ!クソ!クソ!クソ!クソ!クソ!クソ!クソ!クソ!クソ!クソ!クソ!クソ!クソ!クソ!クソ!クソ!クソ!クソ!クソ!クソ!クソ!クソ!クソ!クソ!クソ!クソ!クソ!クソ!クソ!クソ!クソ!クソ!クソ!クソ!クソ!クソ!クソ!クソ!クソ!クソ!クソ!クソ!)
と脳内語彙崩壊した状態では、苦痛が同じ言葉の繰り返しとして脳内反映するのみ。
そうした状態になってみて
「…そうか、これが反社会的心理か…」
と自覚した。
自暴自棄になっていて、他人に八つ当たり的に攻撃して回りたいという不毛な衝動。
(こういう衝動を抱えていた連中が犯罪を嬉々として行なっていたのか…)
と初めて積極的犯罪心理を理解できた。
感情が過剰で
感情が不安定。
それが反社会的心理へと変化する。
ならばそんな感情など無い方が良い。
「だけど、俺は、彼女の事を何とも思わずにいる事なんてできないんだ。絶対に…」
と溜息が漏れる。
(何故「ランドル人になど何をしても良い」と思い込むバカが湧いてるんだろうな…)
そう思うと、国際的濡れ衣を捏造し続けたアザール人に対して根絶やしにしてやりたい程の殺意が湧いてくるし…
アザール人の印象操作に操られてランドル人へと差別感情を向ける連中に対しても細切れにして殺してやりたい殺意が湧いてくる。
実際にリリアンに危害を加えた男を細切れにして殺したが…
(所要時間が短か過ぎた…。もっと時間をかけてジワジワ痛めつけて殺すべきだった)
という後悔が募る…。
(次からは長時間苦しめて「俺のものに手を出した事を後悔させる」まで死なれずに済むよう加減を考えなければ…)
と反省点を理解する事で少し冷静になれる。
俺は
「自分が妻を大事にしているところを見せれば誰も手出ししなくなるだろう」
と単純に考えたが…
よくよく考えたら
「俺自身が周りからナメられていれば、妻を大事にしているところを見せても牽制にはならない」
のだ。
寧ろ
「弱みだ」
と思われて積極的に妻が狙われる事になる。
(なんで思い至れなかったんだろうな。…リリアンが衛兵に斬られたのは俺がヤツらからナメられていたからだ。俺のせいだ…)
そう思うと、全てが嫌になった。
姉が気絶状態から目覚めて何があったのか証言してくれたので、第二皇子派の衛兵達の犯罪行為が決定的となり、法の裁き以前に件の衛兵を俺が直接私刑にした事は罪には問われずに済んだ。
犯罪者への私刑は法を軽視している事になるため
普通は罪に問われるものだが…
衛兵は武器を所持している。
つまりランドル王国の王城に既に第一皇子の衛兵が居て任務に就いている以上、第二皇子派の衛兵は第二皇子の護衛でしかない。
城の警備にも口出しする資格もない。
現行犯への正当防衛以外で剣を抜く行為はテロリストと同じ。
なので件の衛兵は
「テロリスト」
に分類されて
「即時処刑していても問題ない」
という扱いになったものらしい。
武器を持っていて
公的な治安維持要員を騙り
冤罪を根拠に
一方的に女性に暴力をふるい
殺そうとした男…。
指摘されてみれば確かにテロリストだ。
だが、まぁ、俺もまた、ランドル人から見ればそういう存在に見えるのかも知れない。
(リリアンは逃げた…。俺の元からも…。何処かで生きているとは思うが…彼女は俺の事を本気で嫌いになったのかも知れない…)
俺は自分がバカだったと気付いた。
屋敷に戻ると、使用人達の間に緊張が走った。
俺と姉がリリアンを連れずに2人だけで帰ってきたからだ。
王城へはリリアンの護衛につけた従騎士達を連れて行けなかった。
王族以外が王城で護衛を付けていると、それは案に
「王城の警備を信用していない」
という君主一族への不信表明になる。
だから全く衛兵を信用していなくても護衛は城へ足を踏み入れられない。
馬車留めのロータリー広場で御者と共に待機するにとどまる。
使用人達には
「リリアンが行方不明になった。王城の物置き部屋で監禁されたらしいが、その後の行方がわからなくなっている。攫われたのか当人の意志で逃げ出して何処かへ行ったのか真偽の程は分からない。だが、俺は必ず彼女を連れ戻すので安心して欲しい」
と話した。
自分でも話しながら
(そうだ!探して連れ戻せば良いんだ!)
という気持ちが起こって、自分の為すべきことがハッキリした気がした…。
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数人の使用人が退職した。
ランドル人の使用人達だ。
リリアンがいなくなった事で
「完全にバルシュミーデ人に仕えなければならなくなった」
訳だが、それが不本意だったのかも知れない。
あと、カスパーとオットーは残ったがギードが退職した。
ギードはバルシュミーデ皇国の孤児院で育ってるので国籍こそバルシュミーデ人だが、顔立ちの感じからしてランドル人っぽい。
普通にランドル人に擬態してランドル王国で生きていけるので、わざわざこの屋敷にしがみつく必要もないという事なのだろう。
「個人的に護りたい相手ができてしまったので…」
と言われれば止める事もできない。
あの女好きが身を固めるつもりになったという事なのかも知れないので
「護りたい相手とやらと幸せに」
というつもりで退職金は多めに払ってやった。
その後ーー
姉はつつがなく離婚できた。
息子が3人いるので後継には事欠かない。
姉は
「リリアンは戻って来ない」
と確信しているようだ。
確かに。
女があんな目に遭わされてしまえば
王城に二度と近づかなくて良いように
貴族社会そのものから逃げるものなのだろう。
「見つけたとしても無理矢理連れ戻すのは絶対にやめてあげて」
と言われている。
一応探すアテはあるが…
やはりそこでも
「無理矢理連れ戻すのは絶対にやめろ」
と言われる筈。
探すアテであるエセル・アボットらドミニク派がリリアンの逃走に協力した張本人である可能性が高いからだ。
「当人の意志を尊重して、戻って来てくれるように懇願する」
(脅しとかは無しに)
という苦手な行為を頑張らなければならない。
(少しでも勝率を上げるために、リリアンに対して差別感情を向けそうな連中を王都内から排除して迎えに行くんだ…)
と、そう決意して、今自分のなすべき事へと目を向けた…。




