82:間話
終戦記念パーティーは「つつがなく終わった」などとは言えない結果となった…。
それでも終戦記念パーティーで予定通り「アラーナ王女とヴィクトール皇子の結婚式の日取り発表」はなされた。
フローレンス女王の人間性が悪質だった事もあり、ヴィクトールが早めに結婚して早めに王位に就くのが無難だとの判断だ。
ランドル王国の国民感情を逆撫でする気はない。
しかし早々の王家乗っ取りはやはりランドル人達の怒りを掻き立てた事だろう。
しかもランドル人貴族の辺境伯夫人が王城内で衛兵に暴行されて殺されかけるという事件が起きたのだ。
内容的にも相当粘着だ。
先ずは辺境伯夫人にワインを引っ掛けて着替え室または休憩室へ行くように仕向けて、そこでならず物に暴行させる計画だったが、それは上手くいかなかった。
次はグラッツェル侯爵令嬢が自分で自分の頬を叩いてから第二皇子派の衛兵へ
「辺境伯夫人から暴力を振るわれた」
と虚偽の訴えをした。
第二皇子派の衛兵は元々ブルクハルトを軽視していた連中で、尚且つ
「ランドル人に対しては何をしても良い」
という差別意識を持ってもいた。
虚偽の訴えに対して
「虚偽かも知れない」
と内心で思いながらも
「バルシュミーデ人高位貴族に対して暴力を振るったランドル人」
という扱いで辺境伯夫人に高圧的に怒声を浴びせ
挙句キレて剣を抜き
武器を手放した彼女に一方的に斬りつけた。
…事件に関しては当然、ヴィクトールはすぐさま緘口令を出したが
何処まで情報封鎖できるのかは不明である。
(…ランドル人達からの憎悪を一番多く背負わされるのは、この俺なんだぞ!)
とヴィクトールは、事件を起こした連中を自ら拷問したいくらいには腹が立った。
(頭が痛い…)
ヴィクトールは現実逃避気味にバルシュミーデ皇国にいた頃の事をしばしば懐かしむ…。
お忍びで市井に降りた時に
「政敵の手の者達から狙われる」
という事はあっても
「国民総出で殺そうとしてくる」
今現在のランドル王国よりは遥かに治安の良かった国…。
(祖国とは離れたこんな悪意満々の国に追いやられてしまったんだなぁ…)
と色々嫌になりそうになる。
「実質叔父である義弟」と思っていたフリートヘルムが実は祖父ジギスヴァルトの複製体で、中身まで祖父になっているのかも知れないと思うと…
かなり気持ち悪い…。
そのフリートヘルムがヴィクトールの控え室へ予約無しでやってきたのだから
(城の警備はどうなってるんだ!)
と内心で真っ先に衛兵隊とその責任者の不忠を疑った。
フリートヘルムはヴィクトールを「義兄」とは呼ばず「ヴィクトール第一皇子殿下」と呼んでいた。
それもヴィクトールの前でだけ。
他の者達の前では「ヴィクトール」と呼び捨て。
「随分と躾のなっていない傲慢な子供だ」
と思ってはいたが、中身がジギスヴァルトだと思えば全てが腑に落ちた。
その中身老人のフリートヘルムがヴィクトールの元へ来てわざわざ言ったのが
「ランドル王国内で私を慕ってくれる者達がしでかす言動に私は一切関わっておらず、無関係だ。法に背く行為があった場合には裁いてくれて構わない」
という言葉。
第二皇子派が(フリートヘルム派が)何か仕出かすと分かっていたのなら、初めから何もさせずに止めてくれれば良かったものの…
敢えて「何を仕出かすか知っていて放置した」としか思えない。
ヴィクトールはブルクハルトの妻リリアンが第二皇子派の衛兵に斬られ物置き部屋に閉じ込められていたと聞いて心配で気を揉んだ。
リリアンの身が心配だったのではなく
「その事件のせいで今後情勢がどう動くか」
が心配だったのだ。
しかもリリアンは大人しく物置き部屋で死んでいたという事でもなく
城自体から逃げ出し行方をくらませている。
つまり…
「ブルクハルトの元からも逃げた」
のである。
ブルクハルトが激昂して、リリアンに危害を加えて閉じ込めた犯人を司法の判定も待たずに即時私刑にするのを誰も止められなかった。
結果ーー
第二皇子派の衛兵達は
「件の衛兵が目の前で細切れにされた」
のを黙って見ていた。
口を挟めば、口を挟んだ者まで殺されそうな勢いだったのだ…。
ブルクハルトは普段は従順で気の良い男だが、ヴィクトールは時折
「ブルクハルトの奴は実は戦闘狂・殺人狂なんじゃないのか?」
と思う事があったので、第二皇子派の衛兵達のその後の怯えも理解できた。
「処刑なら一思いに」
「どうか毒杯での自死をお許しください」
「遺骸が人間の原型を留めておけるようにご配慮を」
「お慈悲を」
と他の第二皇子派の衛兵らに泣き付かれてヴィクトールは精神的に疲労した。
ブルクハルトは敵に対して余りにも容赦がないのだ。
味方でいてくれる分には頼もしいが敵に回られたとしたらゾッとする。
(それにしてもリリアン夫人…。何処に逃げたんだ?)
気になるところである。
ブルクハルトの事だから逃げた妻に対して
「可愛さ余って憎さ百倍」
という心理でやはり細切れにして殺すのだろうか…。
そう考えるとヴィクトールは背筋が凍った。
バルシュミーデ皇国において皇国軍総帥として騎士団を預かった身なので、国を挙げての国内盗賊団討伐を命じて、大勢の悪党の命を間接的に奪ってきたし、今回のランドル王国への進軍でもやはり大量の人間の命を間接的に奪った。
というのに、身近な人間が身近な場所で
「人間の原型を留めぬ程に肉体を細切れにして殺す」
ようなイカれた凶行を行ってしまうと
「殺人」
という行為の血生臭さを改めて痛感し、諸々が恐ろしくなる。
「番犬を飼っているつもりが狂犬を飼っていた」
のだと、改めて理解し、ブルクハルトに対して配慮してやる事にした。
本国で起きているらしい身内派閥内での仲間割れ。
そこに敵勢力による人心分断工作の痕跡がないかを改めて捜査させる。
(それとクンツ子爵夫人が不利にならないように離婚できるように後押ししてやる事も必要だろうな…)
ヴィクトールはブルクハルトの懐柔に彼の姉や妹への優遇を考えつく事で多少は狂犬を飼い続ける自信を取り戻せたのであった…。




