81:ブルクハルト・クンツ視点27
会場へ戻ると姉もリリアンもおらず…
(何処で何をしてるんだ?)
と俺は首を傾げた。
姉と仲の良いアルムスター子爵夫人をなんとか見つけ出して
「何処へ行くと言っていたか、ご記憶にございませんか?」
と尋ねたが
「さあ?…私が親戚と話している間に会場を出られたようで、見ておりませんでしたの」
との事。
姉が付いているのだから、おかしな事になってはいない筈だが…
このまま戻らないようなら流石に気になる。
ずっと会場に居た筈のユルゲンを探すが見当たらない。
何処かに潜んで周囲の噂話に聞き耳を立てている最中なのかも知れない。
丁度ライムント・パラディースがランドル人の奥方を連れて会場へ入って来たので
「ウチの姉を見かけませんでしたか?」
と挨拶もせずに単刀直入に尋ねてみたが
「ん?クンツ子爵夫人か?いや、見てないが…」
と言われた。
このまま去るのも失礼に当たるので
「お美しい奥様をご紹介いただけますか?」
とお世辞を口にして彼の妻の紹介を受けた。
元キングスコート侯爵令嬢。現キングスコート侯爵夫人。
彼女の兄が爵位を継いでいた筈が、先の戦いで戦死。
婚約者との婚姻間近だった彼女が急遽後継となってライムントを婿に迎えた。
こちらにとって幸いな事に彼女と家族との仲はあまり良くなかったらしい。
婚約者も彼女の妹に色目を使っていたという話だ。
そんな事情もあって、ライムントとの間にわだかまりは少ないと聞いた。
だからなのか、こちらはカールの妻と比べて愛想が良い。
というか愛想が良過ぎる。
心と表情が全く真逆という貴族の特徴を持つ典型的な高位貴族…。
(こういう女の方が平気で寝首をかきそうだ…)
「それでは俺は引き続き姉と妻を探しますので、お二人はお楽しみください」
と言い残して廊下へと出る事にした。
顔見知りの衛兵に
「異常はないか」
と訊くと
「ランドル人の元婚約者同士が鉢合わせして罵詈雑言の応酬を始める事態が数件起きてます」
と言われた。
まぁ、そうなるだろう。
婚前交渉が当たり前の社会だと、そういう修羅場を後日生み出す。
これを機にランドル人貴族令嬢は
「結婚初夜まで純潔を保つ事の重大さ」
を改めて知るべきだ。
「そう言えば、第二皇子派の衛兵が第二皇子について来て勝手に王城内を見回りしてましたが…アレはヴィクトール皇子殿下の許可があってのものでしょうか?本国の衛兵がこの地の衛兵の仕事を勝手に横取りするのは越権行為ですよね?」
そう言われて
「ヴィクトール皇子殿下からは、第二皇子派の越権行為を許可するような話は伺っていない」
と返事はしたものの…急に動悸がしてきた。
「それより、クンツ子爵夫人と俺の妻を見かけなかったか?」
「さぁ、こちら側の通路では騒ぎを起こすランドル人達の対応で忙しかったので、申し訳ありませんが、会場内の方々の見守りまでは手が回っていません。
向こう側の通路になると、それこそ第二皇子派の衛兵が屯していたので、何か知ってるかも知れませんが…尋ねて素直に答えるとも限らないかと」
「だよな…」
ハァァーッと溜息が漏れた。
(そう言えばコルネリウス公子は何をしてるんだ?衛兵への采配とかもあの人の管轄だよな…)
こうしたイベントの開催は慣れたものだろうに、平定直後の元敵地での開催という事で勝手が違ったのかも知れない。
ともかく、此処は辺境ではない。
俺の領地ではない、王家の直轄地である王都で人事に口を出す権利はない。
第二皇子派の衛兵達がたむろしているのが目に入ったが
(どうせ訊いても素直に答えはしないだろうし訊くだけ無駄だろうな)
と思いながら、連中が屯している通路側の部屋部屋を見て回る事にしたのだが…
「休憩室を勝手に見て回られては困ります」
だのと文句を言ってきやがった…。
なのでこちらもついつい怒気が漏れる。
「…お前達。誰の許しを得て、勝手に城内の警備を行なっている。本国から第二皇子殿下の警護の為にと付いて来たのだろうが、この城の持ち主である第一皇子殿下の許可を得ずに勝手に歩き回るのは、この城の警備への不信表明であり、第一皇子殿下への叛意表明にも該当するぞ。
それらを理解した上で、此処をお前達の縄張りであるかのように勝手気ままに振る舞い、仕切ろうとしているのか?」
と文句を言い返してやると
「第二皇子殿下の許可は得ています」
と口答えされた。
「貴様。耳が悪いのか?それとも頭もか?俺は第二皇子殿下ではなく第一皇子殿下の許可が必要だと言った。
もう一度問おう。お前達、第一皇子殿下の許可は得たのか?」
「………」
「…何故お前達はこの城が第二皇子殿下のものではなく第一皇子殿下のものである事実を無視する?
そうやって第一皇子殿下の城で第二皇子殿下の威光を振り翳して第一皇子派の者達の権利を踏み潰す事が第二皇子殿下の命令だと、お前達はそう言い張るのか?
それなら今すぐ第二皇子殿下の元までお前達を連行して、そんな命令が本当に有ったのかどうかを確認させてもらおうか?
代表者は誰だ。今すぐ出て来い!責任は軽くないぞ。お前達の行動によって、ただの客人がこの城の主人のように振る舞ったという解釈になる。
こうした越権行為がお前達自身の暴走だった場合には『第一皇子派と第二皇子派との和解を邪魔した』という事で国家転覆罪の適用もあり得る。
自陣以外の場所で自陣に居るが如くに振る舞う事の罪を、今からお前達にたっぷり味わわせてやる事にしよう」
俺がそう言うと
第二皇子派の衛兵らは貝のようにダンマリを決めた。
「代表者出て来い!どいつだ!」
と問うが誰も名乗り出ない。
わざとのように階級章すら外している。
なので俺に文句を言ってきたヤツの腕を捻り上げて
「お前が代表して、この俺にさしで口して来たんだったな。ならお前が代表だと見なそう」
と手首を縛って、フリートヘルム皇子の控え室まで引きずって行くことにした。
すると
「…後悔するなよ。第一皇子に媚びただけで辺境と伯爵位を与えられた無能が…」
と小声で呟く声が聞こえた。
振り返ると目を逸らしているヤツがいた。
「お前、もう一度言ってみろ。お前の身分は何だ?一体何処の家の縁者だ?」
「………」
返事はない。
「侮辱罪を適用の上、この場で処する事にする。侮辱罪の場合、舌を切り取るだけで済むが、歯向かう場合には反逆罪で首を落とす。
分かっているだろうな?ゆっくりしている時間はない、大人しく舌を出せ」
俺がそう言うと、件の衛兵は顔を歪めて、俺の顔に向かって唾を吐き掛けてきた。
「斬る」
と宣告してから、ソイツの首を斬り落とした。
宣告すると逃げられる可能性も出てくるが
周りに他の者達がいて宣告抜きだと
部外者が不用意に動いて巻き込まれた場合に
こちらの責任となる。
宣告してから斬る事で
不用意に動いて巻き込まれる者が出ても
当人の自己責任へと帰する事ができるのだ。
「馬鹿な…。鎧の上からだぞ…」
と俺の背後で連行予定の衛兵が驚愕の声を漏らした。
コイツらはどうやら俺を無能な小判鮫の1匹くらいに思っていたらしい。
何をどう勘違いすればそうなるのか、第一皇子を「男色家だ」と噂して貶める連中もいて、ソイツらの中では容姿の良い俺とコルネリウス公子は「お気に入りの情人」という事になっているという話を聞いた事はある。
馬鹿らし過ぎて気にもとめていなかったが…
放置していたが故の反逆罪。
今俺によって首を落とされた衛兵が、ここまで命令違反して「お咎めなしで済む筈だ」とナメきった態度を取れたのも…
要は俺を「爛れた男色家の皇子に媚びて出世した優男だ」と思い込んでいたからなのだろう。
(ふざけやがって…)
俺は
「この罪人の遺体を片付けておけ。どうせお前らにも直ぐに処分がくだる。
血で隊服が汚れても客前に姿を見せる機会すら恵まれずにバルシュミーデ本国へ連れ戻される事もなく、この地において処刑となる筈だ。
見苦しいものを客人に見られる事なく片付けたなら、処刑も多少は人目や苦しみを配慮したものになるだろうし、その逆もあり得る。
分かったなら、とっとと片付けろ。今直ぐに」
と命じてから縛った衛兵を引きずって第二皇子の控え室へ今度こそ向かおうとした。
ーーのだが…
「あの、先程、クンツ閣下が粛正なさった男が代表で首謀者です。私達は命令で仕方なく従わされていただけです」
と青ざめた衛兵達の一人が言い出した。
「そして、クンツ閣下が今縄で縛っているソイツこそが、閣下の細君を斬りつけて物置きに監禁している大罪人です」
「私達は無実です」
「ただ逆らえなかっただけです」
「上官の命令でした。不可抗力です」
「フリートヘルム殿下の元へ向かうなら我々もご一緒します」
「どうか、お取りなしを」
と言われて
(何を聞き捨てならない事を…)
と固まった…。
「今、お前、何と言った?…コイツが俺の細君、つまり妻を斬りつけて監禁している、と言ったのか?」
急激に込み上げた激しい怒りのせいで身体が震えてきた…。
(余りにも怒り心頭だと身体が震えるという話は本当だったのか…)
と現実逃避気味に思った。
「今、俺の妻は何処だ?姉も一緒だった筈だが、姉は何処だ?2人は何処だ!!!」
今にも叫び出して暴れ回りたい衝動に駆られたが、辛うじて耐えた。
「クンツ子爵夫人は目の前で義妹が斬られて気絶なさり、救護室でお休みになられています。閣下の細君は物置き部屋です。止血だけは応急処置しましたが、傷が膿んで発熱している頃だと思います」
「…お前達は、貴族夫人が衛兵に斬られて今にも死にそうになっているかも知れないと知りつつ、様子を見るでもなく医者に見せるでもなく、ここで群れて、着飾った客達を値踏みしながらニヤニヤ笑いをしてたのか…」
「今すぐ医者を呼びます。物置き部屋はこちらです…」
ビクビクしながらそう言う衛兵に連れられて
見窄らしい使用人部屋の一角まで行く途中、所々に血の滴りがあった…。
第二皇子派の衛兵を今すぐ皆殺しにしたい衝動を堪えながらついてゆき、そうして物置き部屋まで行くと…
「鍵が壊されてる?!」
と案内してきた衛兵が動揺した。
構わずドアを開けて中へ入るとーー
あるのは血溜まりだけで
リリアンの姿は既に無かった…。




