79:ブルクハルト・クンツ視点25
新しくコンクウェスト侯爵位に就いたカール・ヴィルダーから姉クラーラを引き離した。
姉がカールに物申すとややこしい事になりかねないのだ。
姉とリリアンが離れて声が届かない距離まで行ったのを確認してから俺は
「…そう言えば、ブライトウェル領から送り付けられた例の盗人女、今日の午後にはこっちに着いてるのでしょう?様子はどうですか?」
と露骨に話題を変えてカールへ質問した。
カールは
「…50ババアに興味は無いんで俺は事情聴取にも立ち会ってないが、コルネリウス様の話では、リリアン夫人に会いたがっているらしいな。
毒をもった相手に会いたがるなんてどういう気なのか分からないんで面会許可は降りないだろうが」
と答えてくれた。
「俺は興味があります。今から会って少し話を聞ければと思うのですが、案内をお願いできますか?」
「…短時間なら別に構わないが、本当に『少し』だろうな?」
「50ババアに興味があるのではなくて『何故リリアンに会いたいのか?』尋ねたいだけです」
「分かった。なら連れて行ってやるよ」
「お願いします」
地下牢にはリリアンの姉エリアナも二日間拘束されていた。
罰金刑で済んだのはあくまでも未遂だからだ。
「外国人がバルシュミーデ人に讒言を聞かせて惑わせ操る」
のは重罪だ。
バルシュミーデの法では当事者達の国籍によって罪の重さが変わる。
盗人女のブリトニー・ルースも窃盗は未遂なので罰金刑になるが、エリアナと違いグラインディー侯爵は罰金を支払って釈放を願うという事もない。
ブリトニーの場合はリリアンに命じられての犯行なので罰金刑の支払い義務はリリアンに掛かる事になるが、リリアンの財布は俺自身なので、俺が支払わない限りブリトニーが釈放される事はない。
そして俺はリリアンに毒をもったブリトニーを許さない。
保釈金も払う気はない。
「………」
俺の怒りが伝わったのか、カールは無言だ。
無言のカールに案内されて地下牢の前まで来るとーー
鉄格子越しにキツイ顔立ちの女の姿が見えた。
牢内は暗いが…
視覚強化訓練を受けた俺には暗いながらも見たいものは全て見える。
石壁から剥がれ落ちた小さな石片を
どうやら少しずつ研いで刃物のように加工しているようだ。
刃物に代用できそうな石片が牢の暗がりの中に見える…。
(油断も隙もない)
「お前が報告にあったブリトニー・ルースだな」
俺が尋ねると
ブリトニーはこちらを振り返ったが
「………」
返事は無かった。
爪を剥がされているのが分かるので、こちらへの敵意も一入だろう。
「リリアン様に合わせてください」
「お前はリリアンに毒をもった犯人らしいな。何故会いたい?ブライトウェル城へ盗みに入れと命じたリリアンのせいで捕まって今の有り様になっている事で恨みに思っているのか?
…お前のくだらない恨み言を聞かせるために、わざわざリリアンをここに呼ぶ訳がないだろう?」
「…貴方様は?…リリアン様の何なのですか?」
「…俺はブルクハルト・クンツ。お前が忍び込んだブライトウェル城の新しい主で、リリアンの夫だ」
「そうですか…」
納得したような表情だ。
「言っておくが、形だけの妻とはいえ、リリアンとは縁あって夫婦になったんだ。当然、大事にするつもりでいる。お前のようなヤツの事に関しては彼女には何も伝えずにおいた方が良いと思っている」
「………それでも、お伝えくださいますか。『申し訳ありませんでした』と」
「反省はしている、と?一体誰に言われて毒をもった?グラインディー侯爵家の政敵とでも通じていたか?」
「そういう事ではありません。そうではないのです。私は先のグラインディー侯爵令嬢レベッカ様に忠実に仕えていました。
私はリリアン様が余りにもレベッカ様と違う事が許せなかったのです。ただそれだけです。決して他家と通じて仕える家を裏切ったつもりはありません」
「…そうか。レベッカ夫人に仕えていたか。…だが、それならどうしてお前はブライトウェル城ではなくグラインディー侯爵邸で働いていたんだ?夫人の不興を買ってブライトウェル城を追い出されたんだろう?」
「リリアン様のせいで追い出されたのです。私だけでなく、レベッカ様をお慕いしていた他の侍女達も」
「何故リリアンのせいにする。お前達が至らない点があって追い出されたのだと、何故納得しない?」
「…レベッカ様の秘匿文書の、謎の文字。…アレを、リリアン様はお読みになれましたか?」
「お前に教えると思うのか?」
「…私達は『永遠に生き続ける価値のある人間』というものがあるとすれば、それはレベッカ様以外にあり得ないと、そう思っただけです。
そしてそう思った通りに行動に移そうとした事でレベッカ様のお怒りに触れました。リリアン様のせいで」
「…要するにお前も当時レベッカ夫人に仕えていた他の侍女も『リリアンの肉体がレベッカ夫人の複製体だ』と知ってたって事だろ?」
「………」
「それで当然のようにリリアンへは、夫人の記憶を埋め込んで夫人のミニチュアになるべきだと思いこんだ。
しかし夫人はリリアンを『リリアンとして』生きさせようとした。娘という名目通りに。
お前達はそれを許せず、独断でリリアンに夫人の記憶を植え付けて夫人の続きを生きさせようと企んだ。そういう事だろ?」
「やっぱり、あの謎の文字をリリアン様はお読みになれたのですね…。良かった…」
「…そんなにも、リリアンの中身をレベッカ夫人に近づけたかったのか?…何故リリアンをリリアンとして受け入れてやれなかったんだ?
リリアンの何がそんなに気に入らなかったっていうんだ?おかしいだろう?
『肉体が複製体の人間には自我は要らない』という考えなら双子の弟は兄のスペアとして自我も持たずに生きなければならないという理屈になる。
それならお前らは、エリアナ・ベニントンにも『ナイジェル・ベニントンのスペアたれ、自我を持たず、行動も思考も兄とソックリであれ』と強いたとでも言うのか?」
「…私達がお慕いして『失われてはならない人だ』と思ったのは『レベッカ様だけ』です」
「…生憎と、俺にとっては逆だ。お前らの唯一無二が死のうがどうしようがどうでも良い。
俺にとってはリリアンこそが『失われてはならない人だ』。お前は彼女に毒をもった。俺は決して許さない。
俺がお前の保釈金を支払わない限りお前は此処から出られない。覚悟しておくんだな」
「…リリアン様にお会いできないのは残念ですが、どうかリリアン様にお伝えください。『申し訳ありませんでした』と。
今は心からそう思っています。…あの文字を読む事ができるようになった今のリリアン様に対しては、もう否定する気持ちはありませんから…」
「………」
返事をするのが癪なので、俺は返事をせずにその場を離れた。
ブリトニーが石壁から剥がれ落ちた小さな石片を少しずつ研いで刃物のように加工している事に関しては看守に注意して、取り上げさせる事にした…。




