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不意に
(そう言えば前世では「人殺しだ!助けて!」と言うべき場面で「火事だ!」と叫ばなければならない、と習ったな)
と前世のSOS事情を思い出した。
武器を持った犯罪者が居る場面に向かいたい人はいない。
危機を伝えて助けてと言えば言う程無視される。
だから「火事だ!」と言え、と言う訳だ。
(それに言葉が短い方が渾身の大声を出せる!)
そこまで考えてから
「火事だ〜っっっ!!!!!!」
と可能な限りの大声を出すと、思わず咽せそうになったが
命が掛かってる場合では咽せる訳にもいかない…。
叫んだ甲斐があって、やっと人が来てくれたらしく
「何をしてるんだ!」
「双方武器を手放せ!」
と駆けつけた人達に命じられた。
件の衛兵が大人しく振り翳していた剣を下げたので、私も
「あくまでも正当防衛のためにナイフを持っていました」
と主張するためにナイフを握った手を下ろして、ナイフを手放した。
「この人がーー」
と衛兵の凶行について話そうとした途端にーー
衛兵は振り下ろした腕を再び振り上げ
またも斬り掛かってきた。
(あっ!斬られる!…)
と分かった。
反射的に顔を庇うように左手を顔の前に出し
魔力の鎧にも思い切り魔力を注いだ…。
お陰でーー
腕が斬り落とされたり
顔にまで傷が付いたりという事はなく
予想よりはマシな怪我で済んだ…。
とは言っても、左腕がーー
手首から肘にかけてザックリ切り裂かれた。
出血が多い…。
斬られたショックで言葉も出ずにいたら…
「…っ!…グラッツェル侯爵令嬢への暴行未遂及び、犯行に関する自供を引き出そうとした衛兵への攻撃。更にはクンツ子爵夫人を人質に取り、自分に都合の良い偽証をさせようとした脅迫罪。この女は罪を重ねすぎている!今すぐこの女を取り押さえろ!」
と件の衛兵が虚言を吐くのが聞こえた…。
(ああ…。バルシュミーデ人というのは虚言癖のある気狂いと、それに騙される馬鹿しかいないのかな…)
と思いながら、気を失ったので
その後その場でどんなやり取りが行われたのかについて
私は何も知らない…。
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目が覚めると物置部屋の中だった。
止血しか処置が施されていない傷口がまだ膿んでいない所を見ると…
そこまで時間は経っていない様子。
傷口は熱を持っている。
そのうちに私自身も高熱が出る事だろう。
消毒もされておらず、止血だけ。
しかも縛られている。
バルシュミーデの医療では傷を縫うという事もないのか。
これだと生き残っても絶対醜い傷痕が残る。
(完全に「貴族夫人」としての役割は終わったな…)
と社交に鈍い私にも判った。
(私が物置部屋に放り込まれているという事は、駆けつけたのはあの衛兵の仲間だったという事?だよね。だとすると、クラーラはどうしてるんだろう?…)
クラーラが何を言っても私が偽証するように脅したから偽証しているに違いないと思われている?とか?
或いは普通の貴族夫人が刃傷沙汰を目の前で見て気絶したとか?
どちらもあり得るが…後者の可能性が大。
クラーラが意識を取り戻して事実を証言できる状態になるまで
「私の所在不明を不審に思う人もない」
「クラーラが私の所在不明を気にして人を呼んで捜査を始めても発見にどのくらいかかるかも分からない」
その間、治療行為も行われず放置され続けるだろうし…
大人しく小屋に転がされたままでいると死ぬ可能性が高い…。
もっと悪ければ
私の息の根を止めるためにあの衛兵がやって来る可能性もある。
(とっとと逃げてれば良かった…)
と、しみじみ後悔した。
ブルクハルトは思っていたより善人で、もしかしたらこのまま普通に暮らしていけるのかな?と思わないでもなかったけど…
やっぱり色々と無理だ。
第二皇子派は第一皇子派に対して
「一緒にランドル人貴族を虐げ差別する事で仲良くしようぜ」
というアピールをしている最中なのだろうし…
こういった一方的な攻撃と冤罪捏造はそうしたアピールの一つ。
政治的駆け引きの一端でしかない。
くだらない。
誰かを一緒にイジメる事で皆で仲良くしようと周りに持ちかける気狂い達の生贄にされて、振り回されて、まんまと殺されるなんて冗談じゃない。
(何故私がそんな連中の生贄にされて大人しく死んでやらなきゃならない?)
治療院へ駆け込めば治療はしてもらえるだろうが
「逃げやがった!」
となれば、その後は延々と逃亡生活になる。
資金が要る…。
私の脳裏には
(お母様の遺品の宝石箱…。ブライトウェル辺境伯邸へ持ち込まずにグラインディー侯爵邸の裏庭に埋めてきて良かった…。掘り返しに行ける…)
という考えが浮かんでいた…。
(そう言えば、ここの見張りは何処に居るんだろう?)
と気になって
「誰かいないの?傷が痛むわ。治療を受ける権利の行使を要求するわ」
と部屋の外へ向かって話しかけたが返事はない。
代わりに
足音が近づいてきて鍵がガチャリと解錠され
ヒョッコリ見慣れた顔が現れた。
「リリアン様。治療を受けたいんですか?」
そう尋ねられて
「ギード…」
と、その人の名前を呼んだ。
「ギードは、本当は、第二皇子派だった、のね?」
私が不信感丸出しの表情で尋ねると
「どうしてそうなるんでしょうね…」
とギードが肩を落とした。
「俺はリリアン様のご意向を尊重するつもりですよ」
「私の意向?」
「逃げたいなら逃げるお手伝いをしますし、治療を受けたいなら騎士団の捜索にもひっかからない闇医者を紹介します。
勿論、お金までは肩代わりしてあげられませんが、治療費はおそらく今お召しの血塗れドレスに沢山縫い付けられているクンツ子爵領で採れた上質の真珠を売ればどうにかなります」
「なるほど。そうやって油断させてから始末する、というのが貴方の仕事の仕方という訳ね?」
「違います」
「………」
「疑い深いのは辺境伯家令嬢として育ったが故の必然で、生き残る能力故の可愛げの無さなのでしょうが、今はちょっと、そういうのは引っこめておいてください」
「………(やっぱり私は可愛げ無いんだ)」
「俺はどこまでも『雇われ』なんですよ。特定の誰かの味方だと言い切れない人間です。
そして今現在は『ブルクハルト様がリリアン様を護れずにその身を危険に晒した場合にはリリアン様を逃がしてやる』という善意のパトロンが俺の雇い主です」
「要は『私の逃亡を手助けする気でいる善意のパトロンがいる』と貴方は主張しているのね?」
「そうです」
「私、死にたくないの」
「そのようですね」
「…貴方の言う事が嘘で、私をハメて殺すとかだったら、絶対恨んで呪ってやるから…」
「嘘ではないので、逆恨みはしないでくださいね」
「………」
「それで?リリアン様はどうしたいんですか?」
そう訊かれて
「私はーー」
思い切って本音を口にした…。




