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アルムスター子爵夫人エルヴィーラ・アルムスター。
彼女とクラーラの会話を聞くと、どうやら2人は同じく長女で婿養子をとって家を継いだ者同士らしい。
しかも爵位も子爵家。
国立学院時代からの親友。
(なるほど、仲が良い訳だ)
と思った。
中等部の時にも
「爵位・境遇・家庭環境や家庭内の位置付けなどに共通点のある者同士が仲良くなる」
という傾向を感じていたのだが…
クラーラとアルムスター子爵夫人は、そうした傾向をそのまま体現したような親友同士だった。
当然、クラーラは自分の家庭内の悲劇についてもアルムスター子爵夫人に話していたらしくて、夫人は
「やっぱり独りで参加したのね」
と気の毒がった。
アルムスター子爵夫人は
「明日は我が身、という事なのかも知れないわね…。実はバルシュミーデ皇国内で第一皇子派の貴族家では、貴方の夫のような不心得者が続出しているのよ」
と、声を低くして囁いた。
「まさか第二皇子派が第一皇子派を解体させようとして人心分断を故意に引き起こしている、の?」
「流石にそれは無理だと思いたいけど…。皇家の暗部は優秀だという話よね。気に入らない貴族達が仲間内で揉めて協力関係が瓦解するように長い時間と周到な準備をして状況を誘導している可能性はあるでしょうね。
だけど、『そこまで粘着になれるのか?』という部分でどうにも納得がいかないわよね?
私達だったら、たとえ違う派閥の者達相手でもエゲツナイ下ネタでの人心分断なんて考えない訳だから『まさか同じバルシュミーデ人が自分達にそこまで悪質な罠を仕掛ける筈がない』と、心の何処かで否定したくなるものよ」
「だから実際に起きている第一皇子派派閥内の内部分裂は偶然タイミングが重なっている、と思うしかないわ。
疑って、それを口に出しても大半の人間から『陰謀論的こじつけだ』と嘲笑されるでしょうからね」
「確か古代の魔道具には人心操作の作用を持つものもあるのよね」
「あるにはあるけど、そういう魔道具はレア中のレアね。不忠者全員にそういった魔道具が使われて派閥内に恣意的に亀裂が生み出されてるとは断言できないわ」
貴婦人達の会話は何気に物騒だ。
庶民は貴婦人達が孤児院や救護院へ訪問して寄付する事さえ本当の意味を理解できていない。
「偽善だろう」
と単純にノブレスオブリージュごっこをしているだけだと思う人達が大半だろうが…
実際には
「派閥内の裏金を派閥員へ行き渡らせるために『寄付』という形で裏金を放出している」
のが殆どである。
勿論、寄付金の全額が裏金という事はない。
微々たる額は本当にその貴族個人のお金だ。
裏金の分は渡す方も受け取る方も帳簿に残さない。
そして受け取った側は日々食糧を仕入れる商会に日々の食糧の代金を支払う時に、それこそ帳簿に残さない分の裏金を支払う。
建物の補修・修繕などにかかる費用も業者へ裏金を混ぜて支払う。
出入りの商会も業者も同じ派閥の者達ばかり。
コネで仕事を頼み、裏金を回すのだ。
そうして金を受け取る商会や業者も
「貴族家へ出向いた時に裏金を幾ら受け取ったか報告する」
ので、孤児院側が他の部署へ回すべき金を着服していたら直ぐにバレる。
貴族というのは政敵に付け狙われながら暮らしているので、裏金を直接出入りの商会や業者へ渡す事はしない。
寄付という事にして福祉業界の人員を間に噛ませる事で政敵が難癖付けてきても知らぬ存ぜぬで押し通せるのである。
基本的にどの派閥も裏部隊にギャンブルや違法薬物で荒稼ぎさせている。
一般人にはギャンブルが還元率の低い搾取だという事実は伏せられて
「儲けてる人達は儲けている」
と見せかけられている。
胴元が脱税のために稼いだ金の多くを隠蔽して裏金に変え、それらの金を表社会へ出す際に利用するコンテンツの一つが身内が経営する非営利団体への寄付という方法だ。
稼ぎを少なく申告して脱税。
隠した金を面へ出して仲間へ還元。
組織員の生活と活動を支援しながら
何も後ろ暗い事はないという顔をする。
そうした裏表が社会の上流層で生き抜いていく処世術なのである。
悪質な敵国軍属に至っては
「入り込んだ国の(標的国の)公金を仲間の生活費・活動資金として配る」
特殊軍事工作で
「天文学的金額の金を啜る」
事すらある。
そうしたカラクリについては「陰謀論」として語られる訳だが
「陰謀論」には「荒唐無稽な妄想話」も絡められるものだ。
此処の貴婦人達が
「所属派閥内で起きている仲間割れが第二皇子派による人心分断工作だとは思いたくない」
と言っているのも最もだ。
陰謀論には真実も含まれるが
それを鵜呑みにする者を社会内で嘲笑されるように仕向けるべく
荒唐無稽な妄想話も恣意的に混ぜられるものなのだから。
クラーラとアルムスター子爵夫人は
「今後どうするか」
といった事をヒソヒソ話で囁きあっている。
そこへ
「エルヴィーラ」
と話しかける男性が来た。
「ゲーアハルト」
「皇子殿下が見えられる前に、君の親戚の方々にも挨拶しておきたいんだが、友人とのお喋りはまだかかりそうかい?」
「あら、アルムスター子爵。気が利かなくて申し訳ありません。魅力的なエルヴィーラを私一人で独り占めし過ぎてしまいましたわね。
続きの話はまた後で、という事にさせていただきますので、夫婦仲良くご挨拶周りの続きをなさってください」
「ありがとう」
「ごめんなさいね。クラーラ、また後で」
「ええ」
こういう公式なセレモニーの場では、しょっちゅう個人的に連絡を取り合ってる友人との親睦より、滅多に連絡を取らない親戚との親睦の方が優先順位が高くなるのだろう。
アルムスター子爵夫人は夫らしき男性と一緒にテラス側の人の群れの方へと向かっていった。
2人を見送ってクラーラは
「貴族同士の普段の交流はどうしてもご近所同士に偏りがちだから、皇族主催のイベントでも無いと普段は会わない親戚なんかも多いのよ」
と説明してくれた。
「社交というのは地元間のものと中央のものとがあるのですよね?」
「ええ。私達南部貴族は普段からご近所同士で交流していて、それで地域の経済が回ってるけど、全国規模の事業に携わるなら、中央でも社交するしかないわ。
クンツ子爵家では領海で真珠が採れるし、領地の土質も果樹の栽培に適していて民の生活も税収も安定しているけど、アルムスター子爵領は特に資源にも恵まれず土質も良いとは言えないので農業も活発ではないの。
ウチと同じく海に面している土地という事もあって、海産物で身を立ててきているけど真珠程には潤っていない。
生産物の需要を生み出して値崩れさせない為にも領地持ち貴族は社交を大事にするものなのよ」
ブライトウェル辺境伯家は社交らしい社交をしていなかったけど経済的に安定していた。
それは多分「軍事力」が後ろ盾となり、悪人達の狡さを牽制していたのだろう。
軍隊を率いる訳でもなく暗部組織を私的に動かしてる訳でもない普通の貴族は社交を通じて味方を増やして、それを後ろ盾にしていくしかない。
そういう処世術をアルムスター子爵家は体現しているようだ。
「…夫人が仰っていた話、気になりますね」
「ええ。でも私達ではどうにもできないわ。一応ハルトの耳にも入れてみるつもりだけど、先に皇子の側近達が何か情報を仕入れているかも知れないわね」
「そうですね…」
クラーラの表情は幾分か明るくなっている。
敵が暗躍しているかも知れない、という話は
「敵がいるなら排除するべきだ」
という課題を生じさせる。
使命感であれ何であれ
夫の裏切りのみに心を縛られた状態より
何かに集中できるなら
その方が精神的に楽だ。
不実な他人を変える事など不可能。
そんな相手の事で悩むのは不毛。
人間は不可能でも不毛でもない目に見える課題に集中して取り組んでいた方が腐らずに生きていける。
(寄りを戻すのかは分からないけど、ちゃんと関係に決着がつくと良いですね…)
と内心でソッとクラーラの今後について祝福を送った…。




