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挿絵(By みてみん)


「すみません。少し手元が狂ったみたいで、こぼす気はなかったんです」

とわざとらしい言い訳をする女のセリフが実に嘘臭い…。


「…わざと、なのかどうかは今は言及はしませんが、貴女は私に飲み物をかけようとしました。

私はせっかくの気分が台無しにされて精神的苦痛を感じています。扇子代の弁償金額と慰謝料を請求させていただく必要があるかも知れませんので、貴女が何処のどなたなのか、お名前とご住所をお伺いしても宜しいでしょうか?」

何か企んでいるのは間違いないのだから、身元を自白させたいところ。


しかし相手は流石確信犯。

「すみません。わざとじゃないんです」

女が嘘泣きに慣れた様子で涙ぐんで言い訳するので


「ですから、泣きたいのはこちらですわ」

と言って私も負けずに涙ぐんでみせる。


「…晴れの日にこうして着飾って参りましたのに、悪意ある見ず知らずの女性が故意にワインを掛けようとしてきて、名前と住所の開示を求めたら嘘泣きして、こちらを悪者に仕立て上げようとしてくるなんて災難も良いところ。

本当に悲しくて悔しいのは私なのに、悪意ある加害者が『些細な粗相を許してもらえない被害者』を熱演して泣き出すなんて、一体、この女性の不始末を誰が償ってくださるの?

謝罪もいただけず、こうして演技の嘘泣きで人目を引いて、私を晒し者にするこの女性の悪意を誰が代わりに謝罪してくださるの?」


周りの目が集まっているので、淑女の嗜みとして何気に言葉には状況説明を交えた。

世間の皆様は騒ぎが起きた時には状況理解したがるので、被害者ポジションで周りにも状況が分かるように悲しげに振る舞うに限るのだ。


「酷いわ…。辺境伯家という事を鼻にかけて、言い掛かりで弁償を要求するだなんて…」

と嘘泣き女が哀れを誘おうとか弱そうに泣き崩れているが…

そこは、体格的にガッシリしているバルシュミーデ人女性。


彼女より華奢な私が涙ぐみながらクラーラに寄りかかると

人々の目には私の方が被害者だという事実がキッチリと伝わったと思う。


「騒がしいですね。何事ですか」

と見知らぬ偉そうな男が登場すると


嘘泣き女が男の足元にひれ伏して

「わ、私がいけないのです。ど、どうか、そちらの女性の言い掛かりと恐喝罪に関して、ご容赦くださいませ!」

と嘘泣きで顔をぐちゃぐちゃにしながら訴え出た。


私は

(…死ねよ。この糞アマ)

と内心で嘘泣き女に激昂しながらも


「…申し訳ございません。虚言癖のある相手に誣告されるのは、おそらく私の不徳ゆえです。

私を恐喝犯呼ばわりした、その女性に関しては私の方では一切面識がありませんので、捕縛と事情聴取は全面的にお任せしても宜しいでしょーー」


「ーーですから、わざとではないのです。決めつけて金銭を要求する恐喝行為を貴族夫人がこのような場で行うのは王家への叛逆です」

私が言い終わる前に

嘘泣き女がこちらに罪を着せようと言葉をかぶせてきたが…


淑女教育での発声練習はこういう時のためにある。

声を張り上げずに声量を上げて他の人の耳に言葉を届ける

腹式の声の出し方。


嘘泣き女はウダウダと言葉をかぶせて、私が喋るのを邪魔する。

私はその雑音をものともせずに

「こういった言い掛かりで晒し者にされて精神的苦痛を受ける状況には不慣れなものでして、本当に疲れました。

この様な喜ばしいセレモニーの場を汚して騒ぎ立てるそこの女性が何故、新王家の皆様のお顔に泥を塗ってまで新生ランドル王国の門出にケチをつけるべくランドル人の私に目を付けてドレスを汚そうとしてきたのか、厳しい取り調べと処断をお願いできればと思います」

と青ざめた顔で状況説明と要求申告をした。


私が話している間にも女が金切り声で

「ランドル人がバルシュミーデ人へと悪意を持って私を陥れる嘘をついているのです」

とか何とかほざいていたが、彼女の声は不快で聞き取りにくい。

不快な声をわざわざ聞き取ろうとするのは彼女に好意的な彼女の仲間しかいないだろう。


クラーラが私の肩に手を置いて

「ユルゲン卿…」

と呟いたので


(この男も皇子の側近で、尚且つさっきのコンクウェスト侯爵に変な偏見を吹き込んだ奴だな)

と判った…。


「ユルゲン・マルトリッツ侯爵令息よ。今はーー」

と小声で教えてくれるクラーラの声を遮るように


「ユルゲン・マルトリッツ・キングズレイ。メイスフィールド公爵です」

とユルゲン自身が名乗った。


「クンツ子爵夫人と一緒の貴女はブライトウェル辺境伯夫人、という事であっているかな?」


「はい。ブライトウェル辺境伯夫人リリアンです」


「それで、そちらの這いつくばっている女性は誰かな?」


「ご存知でいらっしゃいませんか?」


「下位貴族の末端に関しては全員顔を知ってるという訳ではありません。衛兵。彼女を起こしてさしあげなさい」


「さて、特定の女性を狙ってドレスを汚す茶番というのは大抵、替えのドレスへ着替えに行かせる、休憩室へ染み抜きに行かせる、といった行動を取らせるための前振りです。

本当の言い掛かりと誣告犯罪は今からが本番だった筈。良かったですね。辺境伯夫人」

ユルゲンが、メイスフィールド公爵が

そう言いながら衛兵に目配せすると


衛兵の方で

「お前は着替え室へ、お前は休憩室へ、何か罠が仕掛けられていないか確認へ向かえ。女しか入れないと拒否される事態も想定して女官も連れて行くように」

と指示が為された。


「全く、辺境伯夫人の言う通り、今日という日はヴィクトール皇子殿下が新生ランドル王国の施政者として君臨する事を知らしめる喜ばしいセレモニーなんですよ。

それを何故、第二皇子派はすまして台無しにしようと画策して来るのか、理解に苦しみます。

まさかバルシュミーデ人同士で争っている所をランドル人には見せないようにするために、全てを大目にみる筈だと、こちらの対処が甘くなる事を期待しているのでしょうか?」


メイスフィールド公爵が嘘泣き女に問いかけた途端に

「す、全て誤解なのです。私はただ、手に持っていたワイングラスが傾いて溢れてしまって、過失で粗相をしてしまいましたが、それをその夫人が扇子を弁償しろ慰謝料を払えと恫喝してきたので恐ろしくて戸惑っていただけです」

と、またも被害者ぶった言い訳を捲し立てた。


「クンツ子爵夫人。この女性の言い分は正しいですか?」


「いいえ。リリアンは恫喝などしていません。見ず知らずの相手がワインを掛けてきたのに対して、弁償を要求するかも知れないと告知して『何処のどなたですか?』と訊いただけですわ。

そもそも何故、本当に貴族かどうかさえ怪しい女性がワイングラスを手に近付いて来て、ワインを掛けてきたのに対して身元を確かめもせずにうやむやに済ませる必要がありますの?

弁償金額や慰謝料を支払う能力が相手に無い場合には、支払いに関して情状酌量の余地が生じますが、何処の誰なのか分からない事には相手の経済状態も分かりませんし、支払い能力の有無も分かりませんよね?」


「まぁ、そうなりますよね。本物の貴族だと」


「わ、私はハルツェン男爵家の次女ですわ。小さな領地で経済的に豊かとは言えず、社交界へ出る余裕がなかったのでご存じの方も少ないと思いますが…」


「その、ハルツェン男爵令嬢が何故、わざわざブライトウェル辺境伯夫人を狙ってワインを掛けたの?」


「狙ってワインを掛けてなんかいません!酷いです!どうして過失だと信じてくださいませんの?!」


「泣けば、悪事を全て過失や偶然という事にできると思うのは、もっと容姿の優れた令嬢にのみ許される自惚れだわ。見苦しい…」


「酷い!私は何も悪い事はしていないのに!」


「ともかく、マナーも何もあったものではない、令嬢とも言えぬ女性が紛れ込んでしまっていた事、こちらの不手際です。

クンツ子爵夫人、ブライトウェル辺境伯夫人、せっかくの晴れの日を共に祝う気でおいでくださっていた所、ご不快な思いをさせてしまい、誠に申し訳ありません。

これ以上、ここでこの女性に好き勝手に言わせておいても無駄に場の空気を汚し続ける事にしかならないでしょう。

衛兵に連行させて、何故こうした犯行に及んだのか、背後関係もしっかり調べて、こうした不祥事が二度と起きないように注意するための参考にしていきたいと思います。では」


嘘泣き女は「酷い、酷いわ」と呪文のように繰り返し呟いて、嘘泣きがいつの間にか本泣きになってしまっているが…女の側の感情など誰も気に留めず


メイスフィールド公爵が衛兵と共に女を連行して何処かへ行ってしまうと、皆、騒ぎ以前のように自分の社交にだけ気を向けて、知人とのお喋りに興じだした。


「本当に災難だったわね」


「ええ…」

(全く…)


私とクラーラが顔を見合わせているとクラーラの友人アルムスター子爵夫人がいつの間にか近くに来ていて声をかけてきた。

「クラーラ。とんだ目に遭ったわね」


クラーラは微笑みながら

「ご心配ありがとう」

と答えた…。


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