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クラーラはバルシュミーデ人としては比較的ランドル文化に好意的な人なのかも知れない。
ランドル王国風のドレスや小物・宝飾品に興味津々だった。
「ただ、ランドル王国風のドレスの既製服ってどれもサイズが小さいのね」
という点でガッカリしていた。
体格というか、骨格からしてバルシュミーデ人はがっしりしている。
なので既製服は入らない人が多いだろうし、何より似合わないかも知れない…。
ブルクハルトは姉の事が大好きらしく、たえずニコニコしている。
(女性の買い物に付き合う男性って露骨につまらなさそうだったり無表情になるものなのにね)
「そう言えば終戦記念パーティーには皇王陛下御夫妻も第二皇子殿下も招かれているのね?」
「まぁ、出席は難しく、おそらく代理を立ててくるだろうが招待だけは一応しておかないと失礼だからな」
「…本国では第二皇子殿下が出国の準備をしてると噂になってたけど?」
「そうか?今の時期は王太子として指名されるための根回しに忙しい時期の筈だから来ないと思うがな」
「…強欲だと、本国だけでなくランドル王国にまで色気を出したくなるものなんじゃない?」
「果たして、そうなのかな?…」
クラーラとブルクハルトの会話を聞きながら
私はジギスヴァルト先王と第二皇子フリートヘルムの事を考えた。
ジギスヴァルトからするならヴィクトール皇子は内孫の筈。
普通は孫を可愛いと思う筈。
なのに孫が戦って獲得した他国の領土まで自分の支配下に置いて、孫の取り分まで搾取しようと思ったりするものなのだろうか?
という疑問を感じたのだ。
(まぁ、私の場合は前世でも祖父母に愛されてなかったし、今世でも何故か祖母に疎まれていた…)
子供時代の祖母との思い出は苦いものだ。
庭にはえていた雑草に花が咲いていたので「キレイだな」と思って、花を摘んで祖母へとプレゼントしたのだが…
祖母は物も言わずに私の手を叩いて摘んだ花を叩き落とした。
「こんな毒花を持ってくるだなんて、恐ろしい子だ!」
と顔を思い切り顰めて、まるで自分が被害者とでも言わんばかりに私を責めた。
その時に、それまで漠然としていた他人の感情に対する察知が一つ明確になった。
そうーー
(何故だか分からないけど、お祖母様は私を嫌いなんだな…)
と、その時にハッキリ分かった。
5歳とか、そのくらいの頃の事だったので、かなりショックだった。
だけど、それから少しずつ周囲の事に注意を向けるようになって侍女や女中のお喋りに聞き耳を立てるようにもなったので
「お祖母様が私を嫌って、事あるごとに貶して冷遇しようとするのは今に始まった事ではなく、私が生まれてからずっとそうだった」
という事実を知った。
私の性格が、とか、そういう私個人の責任で生じる嫌悪感ではなく
祖母の中の何らかの妄想や心理的投影による嫌悪感。
今思えば前世での環境を彷彿とさせる一方的な嫌悪感。
その表面としての冷たい態度。無視。
陰口の流布。
祖母は
「やり返せない弱者をリスク無しでイジメて泣き寝入りを強いる」
という行為で自尊心を満たそうとする低次元な人達の一人だったのだと思う。
そういう性格は前世の祖母とも共通していた。
そして前世の祖父と父は意地悪というよりは我儘が突き抜けてる人達だった。
嘘をつく必要もない場面で何故か嘘をつく。
家で我儘を貫いて威張り散らしているくせに
「家で家族から嫌われて虐げられている」
と他人様の前で嘘をついて自分のついた嘘を自分で信じる。
そんな人達…。
今にして思うと、ああいう人達の在り方はあの国の偉い人達の在り方と同じだったのかも知れないと思う。
最低の人間性で社会的に通用している社会的強者がいれば
「ああいう人間性だとああいう良い思いができるのか」
と錯覚して、どこまでも自分自身を堕落させて転がり落ちていく人達が出てきて、社会全体の人間性の底下げが起こる。
同じ家族なのに
家族の中の弱者を苦しめる人達…。
それは同じ国民なのに
国民の中の弱者を苦しめる人達と似ていた。
悪い見本が一人でもいれば
すかさず低きへ流れる人達…。
そんな人達に振り回される苦労を子供の頃から強いられていた地獄…。
ああいう地獄は本当に
「ただ自分の国で暮らしてるだけの国民が味わうべき地獄だったのだろうか?」
と疑問に思う。
「敵へ向けるべき敵意を身内弱者へ向ける」
「敵へ行うべき欺きを仲間へ行う」
そんな倒錯した状態へと狂わされていた人達によって
人工的に生み出されていた地獄だったように私には思える…。
ただ、まぁ、そういう見方になるのもーー
私が霧島葉月であるだけでなく
リリアン・ベニントンでもあるからだ。
「国防の主要な一翼であった辺境伯軍を担っていた一族」
だったからだ。
葉月の人生だけでは何も悟れなかった。
世の中を知らず
人を知らず
不毛に生きて
搾取され卑しめられ
ただ息をして労働してただけの
「人生」(人間の生)と呼ぶのもおこがましい惨めな生涯だったのだから…。
あの不自然な内ゲバ社会…。
あの不自然さを不自然だと判るのも
リリアン・ベニントンとしての人生あってのものだ。
クラーラは
「終戦記念パーティーには間に合わないだろうけど」
と、オーダーメイドでドレスを仕立てる事に決めたようだった。
ブルクハルトは
「離婚記念品として俺から贈らせてもらうよ」
と笑顔で支払いを引き受けた。
私は2人を眺めながら
(悪い人達じゃないんだな…)
と思いながらも
(私とは違う人達だ…)
という疎外感を強めていた…。
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学院内では平和が続いた。
と言っても、ボルネフェルト嬢が睨み付けてきたりする状況はそのまま。
時折、またもイーノックが因縁を付けるべく話しかけようとしてきていたが、丁度そういうタイミングで
「担任が呼んでる」
と声が掛かって、職員室へ呼び出されていた。
担任のアボット先生は
「冒険者の知り合いがいるから今度紹介する」
「冒険者登録している生徒を対象に講習会が開かれるから詳細を説明する」
「冒険者ギルドへの申し込みを代行するから委任状にサインを」
などと、結構くだらない理由で呼び出してきた。
お陰でイーノックから因縁を付けられずに済んでホッとしてはいた。
だけど、そういう平和もいつまで続くか先行きは未定。
終戦記念パーティーはエスコートは夫のブルクハルトがしてくれる事になっているが、会場での過ごし方となると考えるのが怖い気がする。
大人しく壁の花をしていても、やっぱり誰かしら因縁を付けてくるのかも知れない。
身支度の間も心配だったが
「リリアン嬢は姉上と一緒にいるように」
とブルクハルトに指示された事で少し気が楽になった。
「夫が妻を『リリアン嬢』と呼ぶのも不自然なので、今後は『リリアン』と呼び捨てにするが、構わないか?」
と確認を取られたので
「お好きにどうぞ」
と了承した。
心なしかブルクハルトの顔が少し赤くなってる気がしたものの
(まさか、照れてるとか、そういう事はないよね?)
と思う事にした…。




