71:ブルクハルト・クンツ視点23
冒険者ギルドに顔を出すとーー
王立学院高等部に教師として潜り込んでいるエセル・アボットがギルマス執務室で俺を待ち構えていた。
先日の返事をしようとデール・フレッカーからの連絡を待っていたが、なかなか連絡がない。
なのでこちらから出向いた訳だが…
俺の行動パターンはお見通しだったらしくて、エセル・アボットが
「リリアン嬢の事で話をしたい」
と俺を待っていたのである。
(コイツらはコイツらで不気味だよな…)
と改めて思う。
「愛国派」ならぬ「ドミニク派」とでも呼ぶべき連中…。
首領だったドミニク・ケンジットだけは有名だが
その傘下の手下達に関する情報は一部の有名人以外は殆ど出ない。
だが愛国派を自称する以上、国内福祉には関心があるらしく
「ランドル王国の愛国派と知り合いになりたければ孤児院や救護院を度々訪問して寄付金を払い続ければ良い」
と言われるくらいにランドル王国内の福祉と裏で関連している。
そんなよく分からない組織の一員であるエセルがリリアン嬢を殊更気にするのが今更ながら不思議だ。
(やっぱりリリアン嬢の出生に関して真実を知ってるとか、そういう事なのか?)
と穿った見方をしてしまう。
なので
「アボット先生。アンタ、うちの嫁の何なんだ?実は本当の父親だ、とか言うんじゃないだろうな?」
と訊いてみたところ
「…クンツ閣下。貴方はリリアン嬢には『父親』なる存在がいない、という事実を既に知っている筈だ」
と返された。
「…『ロドニー・デュー』って、やっぱりアンタらのお仲間だったか」
「…ブライトウェル城の隠し部屋から夫人の残した文書が見つかったという情報を仕入れた時点で、禁忌魔道具の事が知られるのは想定していた」
「アンタはリリアン嬢が普通の子供じゃなくてクローンだから、憐れんで情けをかけているのか?」
「それもあるし、それ以外の意味もある。だが貴殿は言うまでもなく、我々がレベッカ夫人に多大なる恩義がある事も知ってる筈だ。
リリアン嬢はレベッカ夫人当人ではないものの、彼女の血を引き継いだ彼女そのものの肉体で生きている。
その精神も魂も違うものではあるが、『恩を返すべき恩人の代わりに』と配慮したくなるのは仕方ないだろう?我々に人間の心がある以上」
「…そうなのか?…別に、変な下心がある訳じゃないのなら、それで良い…」
「…若いな、貴殿は。まだ25だったか?」
「若くない。リリアン嬢より10も上だ。そのうち彼女は同世代の男に恋するようになってしまう」
「…それは…。望ましい変化なのじゃないか?少なくとも、親の仇と結婚して一生を終えるよりは、恋をして飛び出して、恋した相手と結ばれる方があの子にとって幸せだろう。それなら、それを妨げるべきじゃない。少なくとも貴殿にはそれを邪魔する権利はない」
「…ありがとうよ。知ってる。…誰も口にして責めてくれないが、俺はアンタの言う意見が正論だって事を嫌というほど知ってる」
「そうか…」
「それで?学院内で色々問題があるんだろ?リリアン嬢は相談してはくれないが」
「第二皇子派の大御所貴族家の侯爵令嬢ハンネローレ・グラッツェルがグラインディー侯爵家嫡男の婚約者におさまってるんだが、その令嬢がリリアン嬢に目を付けている。
グラッツェル侯爵令嬢の腰巾着のボルネフェルト伯爵令嬢のほうはリリアン嬢の元婚約者レディング伯爵令息の今の婚約者だ」
「そんなのに絡まれてるのか」
「リリアン嬢の元婚約者は『リリアンへの未練はない』と示すために、殊更彼女を嫌悪して虐げる言動で現在の婚約者であるボルネフェルト嬢に媚びる方針へ向かっている」
「糞ガキが。死ねば良いのに」
「今のところグラッツェル嬢もボルネフェルト嬢もその保護者達も、流言での風評加害くらいしかしてはいないが…そのうち物理的暴力を仕掛けてくる可能性もある。
それこそ第二皇子派は『同じバルシュミーデ人同士、気に入らないランドル人をイジメる事で仲良くしましょう』ってノリの懐柔を第一皇子派へ仕掛けている最中だ。
第一皇子派の中で変に嗜虐心旺盛な奴らが出しゃばって第二皇子派の誘いに乗っていくと、そこから本格的にランドル人への嗜虐が進んでいく事だろう」
「…随分と安い餌だな。ランドル王国への侵攻で実際に血を流したのは第一皇子派だ。
『一緒にランドル人をイジメる事で自分達も共に血を流した仲間気分を演じる』ような手口に乗る馬鹿が湧くとは思えないが…学生だと、わからないのか?」
「後ろ盾あってこその貴族人生だって事を理解できない奴が普通に湧くとは思えないが…通常では陥らない愚昧思考へと人を陥らせるのが諜報工作の怖いところだ。
第二皇子派は人心操作に関しては年季が入っている。敵側であり得ない程の馬鹿や平和ボケが生み出されるように持っていくのがその道のプロというもの。くれぐれも油断はしない事だ」
「…俺には第二皇子派の権力への執念が理解できないよ」
「…理解できる奴なんているのか?」
「さぁ?」
「ともかく、一応貴殿に通告しておきたかった。貴殿らが『ランドル人を虐げながらバルシュミーデ人同士は親睦を深める』などといった第二皇子派の策略を潰せずに、まんまとリリアン嬢に被害が出るようなら、当人の意志を尊重の上、こちらも手出しさせて頂く。
リリアン嬢が貴殿の元から出奔したいと思っているのなら、それを叶えるつもりでいるので、それはよくよく心得ておいて欲しい」
「…それは、随分と俺にとって不利じゃないか?こっちは学院内に関して手出しできないんだぞ?!」
「学院長は第一皇子派の筈だ。彼が本当に『第一皇子派で分け合う権益を第二皇子派にまで分け与える気はない』と思っている忠義者なら、そもそも第二皇子派が伸び伸びと学院生活を送れる現状自体があり得ないと思うんだが?」
「…ヴィクトール皇子へ諫言させてもらう…」
「ああ、そうしてくれると助かる。我々の方でも貴殿の恋路を邪魔するのは本意ではないからな。あくまでもリリアン嬢に関しては彼女の幸せが最優先だ」
「………(ハァァーッ)」
「それはそうと、アザール系闇ギルドの調査の経過報告があるんだが…」
エセルの表情が急に暗くなった。
「教えてくれるのか?」
「暫定的共闘関係は成立したと思って良いのだろう?」
「ああ」
「公開処刑の時の罪状読み上げで、バルシュミーデ側が詳しくアザール系の犯罪を調べたのだという事は理解できたが、構成員に関する情報が出揃ってなかったのか、主要人物が処刑もされず野放しにされていたのが気になった。
裏で結託してわざと見逃したのかと思って警戒していたが、どうやら単純に捜査が行き詰まっていたのだと分かったので、情報交換し合って、双方でアザール系を排除していけば効率が良いだろうと思った。
それが共闘関係を持ちかけた理由だが…。あまりガッカリさせてくれるなよ?」
「…善処する」
こうして俺はバルシュミーデ皇国の暗部が回収できなかった情報をエセル・アボット経由で仕入れる事ができたのだが…
それによって「俺達が粛正できたのは、蜥蜴の尻尾でしかなかった」「主要な悪党はまだまだ野放しだった」という世知辛い事実をも思い知る羽目になったのだった…。




