7:ブルクハルト・クンツ視点1
俺は何故か
子供の頃から強迫観念に取り憑かれていた。
「無為に過ごしてはならない」
「努力し続けるべし」
といった不思議な強迫観念に…。
強迫観念とは
「何かに恐怖を感じている」
「恐怖状態を避ける行動を衝動的に行う」
ようなもの。
それでいて
「自分が何に恐怖を感じているのか」
を自分で分かっていなかった。
ちょっと精神を病んでるのと同じだったのだが…
それを他人から看破されて同情されるような事もなかった。
しかしそうした状態は無自覚のうちに
他人を不快がらせる原因になっていたかも知れない。
その時もーー
無自覚に周りの嫌悪感を掻き立てていたのかも知れないと今では思う。
俺は騎士団に入団して早々ーー
同期の見習い達や先輩にあたる従士達に
取り囲まれて袋叩きにされたのだった。
昔から異常に体が丈夫な俺だったが…
流石に魔力で身体強化した連中による集団私刑に遭えば痛手を負った。
死にかけたのだろう。
顔の判別もつかない状態で気を失ったまま騎士団訓練用のダンジョン近くの森に丸二日程放置されていたらしい。
(よく魔物に喰われなかったものだと、自分の強運に驚いた)
普通なら消息不明になるヤツが出たら探す筈だが…
普通じゃない環境なら
「訓練が厳しくて逃げ出したんだろう」
などと濡れ衣を着せられて放置される。
それこそ慢性的に集団私刑を楽み、既に幾人かを陰で殺していたヤツらなら…
集団私刑被害者の消息不明を
「当人の自主的逃亡だろう」
と仕立て上げるのも
「いつもの事」
だろうし…
現にそんな手口による嗜虐殺人が罷り通っていた環境だった。
俺の身分が
「子爵家の庶子」
という後ろ盾の乏しいものだったので
「どうせバレない」
と安心して強行に及んだ事も予想がついた。
俺の方では誰からも手当されず
死にかけて
そのまま長い夢を見ていた…。
自分の前世らしき
とある惨めな人生の夢を…。
夢の中の俺の名前は不思議と覚えていない。
家族や知人の名前もだ。
偽名を複数持っていた人間は
「自分の名前を死後も持ち越す」
事が難しいのかも知れない…。
ただ夢を見て分かったのは
「自分が犯罪者一族の一員として生きていた」
という事。
生まれ落ちた瞬間からーー
盗み、詐欺、恐喝、強盗、殺人などの
「罪にまみれた家族や親戚に取り囲まれていた」
「自分も同じように染まるしか生き残るすべがなかった」
そんな人生を夢で見た。
夢の中では相当な数の親戚がいた筈だが…
大抵のヤツが
「刑務所で服役中」
だった事もあり
顔を見たこともない従兄弟やら再従兄弟やらもウジャウジャいた。
そんなクソみたいな人生も
これまたクソみたいな終わり方だった。
犯罪者一族の中では
「仲間割れは御法度」
だった。
だからこそ
「仲間に対して悪意を持つ者達は、ただシンプルに相手に悪意をぶつけるのではなく、相手を陥れる必要がある」
のだと思う。
最悪だ。
「仲間割れは御法度」
な環境で仲間から嫌われると
「やってもいない裏切りをやった事にされる」
のである。
そうして俺は
やってもいない裏切りをやった事にされて
「粛正」
されたのだった…。
バカらしい話だ。
俺は本当はーー
犯罪とは無縁に普通に暮らしたかった。
だが
「罪を犯さずに生きられる枠」
というものは枠内の人数制限がある。
そこから漏れた環境に生まれ落ちれば、生きるためには罪を犯すことが強いられる。
それでいて意にそまぬ罪を重ねて仲間との絆を保とうと努力しても、その仲間から陥れられて処分されるのだから、初めからそんな人生には地獄しかない…。
そんな救われない人生が
「何故あの世界の中に生み出されなければならなかったのか…」
意味が分からない。
だが人間には
「外集団には敵意を、内集団には好意を」
という感情傾向があるので
「それを考慮した現実認識が必要だ」
という事は分かる。
世の中が単純なら
「同じ集団からいつも敵意を向けられる」
「同じ集団からいつも好意を向けられる」
という外と内の区分も単純で不動なのだろうが…
敵意を向けられたかと思うと好意を向けられたり
好意を向けられたかと思うと悪意を向けられたり
環境が一定しない。
誰が仲間で味方なのか
誰が敵で餌食なのか
安定した位置付けを他人に付与できない。
信じれば裏切られる。
そんな環境はおそらく人間を
「魂レベルで狂わせる」。
要は、人間が正気であり続けるには
「このルールを守っていれば、いつも同じ人達から好意を向けてもらえる」
という何かしらのルールが必要だという事だ。
「ルールを守る事でルールに守られる」
という安定が無いと
心は、魂は、不安定な境界線上に囚われる…。
「たえず飛び回っていないと、捕食者に捕食されるので常に飛び回る臆病な小鳥」
のような心。
そうした盲目的不安が強迫観念を引き起こしている源だ。
俺が前世を思い出して、唯一良かったことは
「自分の強迫観念が前世での最期に対するトラウマで成り立っている」
という事に気付けたことだろう。
やってもいない裏切りをやった事にされた。
誰もそんな陥れの存在を疑いもせずに
陥れられた俺を無邪気に袋叩きにして
「裏切りの芽を潰した」
と安心しきっていたヤツら…。
そんな連中と仲間であり続けるためにそれまで犯した罪の数々。
苦しめた人達から伸びてくる黒い恨みの念。
「誰からも愛されない」
という根無し草的な人生の落とし穴。
俺はそういった魂レベルのトラウマを抱えた状態で
この世界に生まれたのだ…。




