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翌日もまた変わらず夜が明けた。
なので早朝から厨房を借りて自分の昼食分の弁当を自分で作った。
朝食は普段通りにブルクハルトと一緒に少な目に食べて学院へ通学した。
(クラーラさんはまだ起きていなかったようで朝食には来てなかった)
終戦記念パーティーが3日後に迫っているので、近くの席の生徒達は
「どんな衣装で出席するか」
の話をしているようだ。
ボルネフェルト嬢とは反りの合わない感じのバルシュミーデ令嬢達は案外、私に対して好意的なのかも知れない。
「第二皇子派の連中は『ここがヴィクトール皇子殿下の支配地だ』という事を理解できていないのでしょうね。全く態度が大きいし顔も大きいし、見苦しい事この上ないわ」
「クンツ夫人もお気の毒に。頭の弱い連中から一方的に言い掛かりを付けられてああまで恥をかかされて…」
「そうね。私だったらボルネフェルト嬢のような虚言癖のある女など扇で折檻して二目と見られない顔にして差し上げてたわ」
などとボルネフェルト嬢の悪口をヒソヒソ囁いている。
(私への同情もどこまで本気か分からないが)
どうやら第一皇子派も第二皇子派も仲良くしているのは表面だけで、裏では着々と嫌悪を掻き立てて排除理由をせっせと探している様子。
「ランドル人をイジメることでバルシュミーデ人が皆仲良しこよし」という空気が今後も作られないままだという保証は無いが…
今のところ、ボルネフェルト嬢とそのお仲間以外の人達から悪意や嫌がらせが向けられる事はなさそうだ。
思わず
「ボルネフェルト嬢には虚言癖があるんですか?」
と訊きたくなったが…
聞き耳立てて聞いた話に横入りして質問するのは失礼だ。
こちらが余程上の身分じゃない限り許されない。
という訳で、話しかけたい欲求をグッと堪えた…。
よくよく観察してみると、やはり男子も女子も家の派閥に応じた人間関係を形成している。
(そういえば貴族の取り巻きって、漫画やゲームでは詳しい説明も無かったけど、実際の貴族社会では「分家の子が本家の子の取り巻きになる」「寄子貴族の子が寄親貴族の子の取り巻きになる」といった親同士の関係の縮図として生じる人間関係だから、親の側が我が子への過保護を抑制するとか、我が子を虐げているとかじゃない限り、高位貴族の子には普通に取り巻きができるんだよね…)
中等部で友人だと思っていた子達…。
今にして思うと、ブライトウェル辺境伯家麾下の貴族家の令嬢ばかりだった。
要は取り巻きで、必死に私に媚びて仲良くしてくれてただけだと判る。
(ニコニコ笑顔なのに目が笑ってない子達ばかりだったし…。アレは友達じゃ無かったんだな…)
改めて貴族の人間関係のイビツさを感じた。
友人が1人も居ない今の状態の方が本来の姿だという事なのかも知れない。
それを嘆いたところで何も良い事はない。
ただ疑問には思う。
(前世で私は「友達のいる普通の人達」を羨ましがって憧れてたけど…、ああいう人間関係にもやっぱりヒエラルキーや上下関係があったのかな?)
と。
本当は上下関係があったのに対等に見せかけられていたのだとするなら…
それは何のため?
イジメというのは結局のところ集団私刑。犯罪だ。
犯罪強要や犯罪教唆があっての集団犯罪は強要・教唆を不可視化する事で、強要犯・教唆犯の姿を隠せる。
参加者全員の自己責任へと帰すために表向きだけ平等・対等に見せかけていたような…
そんな醜悪な図式が展開されていたのかも知れない。
(それだと…全然羨ましくはないな…)
自分達に悪影響を齎すリーダーの罪を自分達と同等にするために
「影響力や支配力の存在自体を存在してないように見せかける」
奉仕を行い、しかもそうやって庇ってやっても
リーダーの側は周りに感謝もせず罪悪感も持たないのだろうし…
リーダーの側は本気で
「自分が悪影響を齎して周りを罪に巻き込んでいる悪の元凶だ」
という事実を自覚もしないのかも知れないし…
そんな図式に巻き込まれるのは馬鹿らしい。
友達のフリをしたご主人様を庇っていながら
そうした奉仕すら認識せず認識されず
平等・対等・友情という欺瞞に耽るなんて…
しかも共同してやってる事は弱い者イジメだし
国民同士の運命共同体意識を壊す内ゲバだし
私には狂気の沙汰としか思えない。
その手のイビツな関係をあの世界のあの社会の人達が本当に友情だと錯覚していて、しかもそのイビツさに一生気が付かない程の慢性的欺瞞状態だったのだとしたら…
本当に、全く、羨ましくなどない。
友人がいない状態だと欺瞞に耽る必要がないし
集団で欺瞞に耽り続ける必要もない。
そういう意味では友人が1人もいない人生は
精神面で恵まれていたのかも知れない。
人間は集団で欺瞞に耽り
悪事を共有して馴れ合う事で
ジワジワ狂っていくのだろうから…。
(私はあの世界の圧倒的多数の人達と違って、親しい人の1人も作れなかった惨めで寂しい人間だった分、実はかなりマトモで正気だったんじゃないのかな?)
どんなにマトモそうな人達でも、他人と馴れ合って、馴れ合っている仲間に媚びて忖度するうちに嘘を信じて欺瞞に耽り、少しずつ感性に異常をきたしていくものなのだとしたら…
(友達が1人もいなかったお陰で前世の私は誰の事も傷つける事ができなかった。傷つける影響力を一切持てなかった。それは生き物としてクリーンな在り方だと思う…)
そう思うと、孤独な自分を少しは誇れるような気がした…。
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帰宅するとクラーラが待ち構えていたかのように
「王都観光がしたいの!案内してくれるわよね?」
と迫ってきた。
ランドル王国王都レンジリー。
区画によって景観がガラリと変わる都だ。
建物が建って100年も経過していなさそうな新しい区画があれば
数100年経過している区間もある。
貴族街は建国後にほぼ全ての建物が建て替わっているが、貴族街のど真ん中にある王城は建て替え部分と古い部分が入り混じっている。
といっても古い部分はペンキで塗って綺麗に見せたり腐った木の部分を新しくしたりと工夫はされている。
建国前から同じ場所に王都があった事もあり、非常に歴史がある。
外国の人達にとっては古い部分こそが歴史的価値があるように見えているらしい。
「ですが、学院から帰宅後に出かけると帰りが遅くなります。ブルクハルト様がお許しになられないのでは?」
「あら。ハルトが一緒に来れば問題ないでしょう?あの子の力は貴女も知ってるのよね?なんでも馴れ初めは貴女の救出だったんでしょう?護衛の従騎士がペラペラ話してくれたわよ…」
「………」
後から知った事だがーー
従騎士のギードは私を尾行してあの屋敷まで辿り着いていた。
オークウッド公爵家がバルシュミーデ侵攻後もしぶとく人身売買の商売を続けていたのはブルクハルトの方でも予想外だったらしく、捜査網の大半がワイアット侯爵家の方へ割かれていた中での出来事だった。
ギードは私が小汚い格好で冒険者登録をして、攫われて地下牢へ入れられてた事を知っている。
そしてその事をブルクハルトから口止めもされてないとかで
「いやぁ〜、あの時はビックリしました〜」
とヘラヘラ笑って事の顛末を知らせてくれたものだった…。
それと同じ話をクラーラにもしたのだろう。
(ギードって、なんかすごく軽薄だよね…。悪い人じゃないと思いたいけど、やっぱり軽薄だよね…)
侍女だけでなく女中にまで手を出している節がある。
おそらくかなり女にだらしない。
一見人当たりが良さそうなので警戒を忘れそうになるが、そういう人間こそが危ないし怪しい。
(この屋敷内で誰かがブルクハルト様を裏切ってるとかって事実が出たら真っ先に疑わしく感じる人間だよね…)
と思う。
まぁ、そう思ってしまうのは私がギードのような人間性に全く共感できないからなのかも知れない…。




